瓦礫の国の王~破燕~

松井暁彦

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破燕

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 鐘鴻を含む娼婦達を娼館の裏庭に埋葬した。駆け付けた市被と麾下達が、何も聞かず手伝ってくれた。麾下達は利星として、負郭にくだっていた時に伴っていた供であった。彼等も負郭に思い入れはあり、誼を通じていた者も邑にいた。姫平が差配するようになって負郭には活気が生まれ始めていた。だが、今はー。生者のいない負郭には、果てのない虚無が漂っている。

 瞼を赤く腫らした姫平は、暫く盛り上がる土を眺めていた。市被は黙して、隣に立っている。不器用な市被なりの気遣いが嬉しかった。

「俺を愛してくれた女だった」
 涙が込み上げてくる。だが、懸命に堪える。彼女の無念を涙で晴らしてはならない。

「そうですか」
 ぼそりと市被は返す。

「可哀想なことをした。お前、家族はいるのか?」

「はい。妻帯しています」

「子は?」

「男の子が一人」
 市被のえらの張った横顔を見遣る。心なしか武骨な軍人然とした表情から、父親の顔が覗いた気がした。

「幾つだ?」

「十になります」

「そうか。可愛くて仕方ないだろう」
 市被の頬が赤らみ、はすを向いた。そして、無精髭を撫ぜ、「まぁ」と恥じらいながら答えた。

「家族は何処に?」

「今は妻の故郷である中山に」
 中山は燕の西にある百乗の国である。燕と中山は必ずも、友好的な関係にあるとは言えない。だが、今の燕に身を置くより遥かに賢明である。

「ならば安心だ。市被よ。愛する者を亡くすと云うのは辛いものだな。俺が餓鬼の頃、母を亡くした。分かっていたはずなんだ。喪失の痛みは。だが、時の流れとは恐ろしい。俺はこの胸の抉るような痛みを、今の今ままで忘れていた」
 姫平は屈み、鐘鴻の骸に被せた土に掌で触れた。

「俺達は死ぬ訳にはいかない。お前が死ねば、お前の妻と子が、俺と同じ痛みを味わうことになる」
 背中越しに、市被は剣把を叩いた。

「生きて帰りましょう。私達の大王の元に」

「ああ。そうだな」
 微笑を零し、盛り上がった土を掴み、立ち上がる。

「こうしている間にも、愛する者を失い、苦しんでいる民がいる」
 一陣の風が吹いた。姫平は掌を広げ、掴んだ土を気紛れな風に委ねる。

(見ていてくれ、鐘鴻。俺は必ずこの国を奪り戻し、姫職と共に万民が泰平を享受できる国を創り上げてみせる)

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