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災禍の音
八
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子之は宮殿の外に整然と並ぶ、一団を見遣って嫌悪感を隠せなかった。
三十人からなる一団は、一様に胡服を纏い、短剣や短弓を帯びて、完全な武装状態にある。翩翻と翻る黒の燕の旌旗があり、旗手の隣に威風堂々と騎乗する紅顔の若者の姿がある。
青年は見送りに出る官吏達の群れから、子之の姿を認め、馬を歩ませる。鞍上のまま、姫平は子之を見下ろした。
無感動の眼が、子之を睨みつける。
「これから交渉に向かう、使節の一団と思えない装いですな。これではまるで国境を侵し、略奪を働かんとする蛮族のようではありませんか」
子之は天輪と重なる、姫平を怖じることなく見上げた。
「此奴らは俺が自ら選別し、胡服騎射を教え、鍛え抜いた者達だ。たとえ、産土に今生の別れを告げることになろうとも、冥府の果てまで俺に付き従う」
「それは殊勝な心掛けです」
「ふん。貴様には一生かかっても理解できまい。志や忠義など、貴様からは掛け離れている」
嘲笑するような笑みに、腸は煮えくり返りそうであったが、今は堪えることができる。もうこの男が燕の地を踏むことはないのだ。可能ならば、この手で殺してやりたかったが、永遠の放逐を及第点とするしかない。
「子之よ、図に乗るな。必ず俺は帰ってくる。そして、次はお前の頸を刎ねてやる」
怜悧に告げる姫平の眼は、蛇蝎を睨み付けているようである。
颯と馬首を返す。
「王子」
子之が呼び止める。双眼は彼の腰にある、護国の剣を捉えていた。
「護国の剣を国外へ持ち出すことは叶いませぬ。其れは烏号、白虎裘と並ぶ、燕国の宝なのです。本来あるべき場所に還して頂かなければ」
馬首を返した姫平は怨顔を向けた。
跳躍して、鞍上から猿のような身のこなしで降り立つ。姫平の厚い手は、佩剣にあった。歩を進める度に、耳翼にある充耳が音を立てて揺れる。瞳孔は開かれ、黒い殺気が横溢している。耳を斬られた時の忌まわしい記憶が全身を駆け巡り、恐怖が総身を満たす。
「ひっ」と情けのない声を上げ、子之は下がる。
子之の近衛兵達が具足を鳴らし、割って入る。
姫平は鬼の形相で、鞘ごと剣を腰帯から引き抜いた。刹那。姫平は胸を大きく膨らますと、剣を振り上げた。近衛兵達が守りの態勢に入るより先に、岩をも砕く破壊力を持った強力な一撃が、近衛兵達を襲った。
高貴な者を守る近衛として、並の兵士より遥かに厳しい調練を乗り越えた猛者達五人が、一撃で宙を舞う。 一人残された子之は、迫る鬼人の姿を仰ぎ見るしかできない。胸の辺りに鈍器で殴られたような衝撃が走った。勢いのまま倒れ込む。胸の上に硬い感触がある。掴む。其処には鞘に納められたままの護国の剣があった。
姫平は茫然自失する己を睥睨している。
「そのような鈍らなど幾らでもくれてやるわ。だが、弟や俺の大切な仲間達に傷をつけてみろ。膾に斬り刻んでやる」
と唾を吐き捨て、「行くぞ」と姫平はよく透る声を張り上げた。
三十人からなる一団は、一様に胡服を纏い、短剣や短弓を帯びて、完全な武装状態にある。翩翻と翻る黒の燕の旌旗があり、旗手の隣に威風堂々と騎乗する紅顔の若者の姿がある。
青年は見送りに出る官吏達の群れから、子之の姿を認め、馬を歩ませる。鞍上のまま、姫平は子之を見下ろした。
無感動の眼が、子之を睨みつける。
「これから交渉に向かう、使節の一団と思えない装いですな。これではまるで国境を侵し、略奪を働かんとする蛮族のようではありませんか」
子之は天輪と重なる、姫平を怖じることなく見上げた。
「此奴らは俺が自ら選別し、胡服騎射を教え、鍛え抜いた者達だ。たとえ、産土に今生の別れを告げることになろうとも、冥府の果てまで俺に付き従う」
「それは殊勝な心掛けです」
「ふん。貴様には一生かかっても理解できまい。志や忠義など、貴様からは掛け離れている」
嘲笑するような笑みに、腸は煮えくり返りそうであったが、今は堪えることができる。もうこの男が燕の地を踏むことはないのだ。可能ならば、この手で殺してやりたかったが、永遠の放逐を及第点とするしかない。
「子之よ、図に乗るな。必ず俺は帰ってくる。そして、次はお前の頸を刎ねてやる」
怜悧に告げる姫平の眼は、蛇蝎を睨み付けているようである。
颯と馬首を返す。
「王子」
子之が呼び止める。双眼は彼の腰にある、護国の剣を捉えていた。
「護国の剣を国外へ持ち出すことは叶いませぬ。其れは烏号、白虎裘と並ぶ、燕国の宝なのです。本来あるべき場所に還して頂かなければ」
馬首を返した姫平は怨顔を向けた。
跳躍して、鞍上から猿のような身のこなしで降り立つ。姫平の厚い手は、佩剣にあった。歩を進める度に、耳翼にある充耳が音を立てて揺れる。瞳孔は開かれ、黒い殺気が横溢している。耳を斬られた時の忌まわしい記憶が全身を駆け巡り、恐怖が総身を満たす。
「ひっ」と情けのない声を上げ、子之は下がる。
子之の近衛兵達が具足を鳴らし、割って入る。
姫平は鬼の形相で、鞘ごと剣を腰帯から引き抜いた。刹那。姫平は胸を大きく膨らますと、剣を振り上げた。近衛兵達が守りの態勢に入るより先に、岩をも砕く破壊力を持った強力な一撃が、近衛兵達を襲った。
高貴な者を守る近衛として、並の兵士より遥かに厳しい調練を乗り越えた猛者達五人が、一撃で宙を舞う。 一人残された子之は、迫る鬼人の姿を仰ぎ見るしかできない。胸の辺りに鈍器で殴られたような衝撃が走った。勢いのまま倒れ込む。胸の上に硬い感触がある。掴む。其処には鞘に納められたままの護国の剣があった。
姫平は茫然自失する己を睥睨している。
「そのような鈍らなど幾らでもくれてやるわ。だが、弟や俺の大切な仲間達に傷をつけてみろ。膾に斬り刻んでやる」
と唾を吐き捨て、「行くぞ」と姫平はよく透る声を張り上げた。
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