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永遠④
しおりを挟む不思議な感覚が、朔良を襲う。
櫂が、隣にいて笑っている。
「俺さぁ、1回だけ朔のこと見たんよ」
「え? どこで?」
「んー……事務所の近く? 男と歩いとった」
「声かけてくれたら良かったのに」
「無理やん……俺本当に怖かったんやって」
「もう……怖がんないでよ、俺にはさ」
「うん……」
すっかり空は暗くなって、太陽の光は消えて、鮮やかな色が空に浮かび上がる。
「俺はココからあの光ずっと見てた」
「ちっかいなぁー」
「櫂んトコが遠いんだよ」
「ハハッ……俺、1個だけ朔に言っとらんことある」
「……なに?」
「SUUさんに聞いたかな……妹……」
「妹?」
「死んだ」
櫂は少し俯いて、言った。
いつか櫂が言っていたことを朔良は思い出した。
「入院してる」
「あんまり長くないって言われてる」
「いつか朔も会ってやってよ」
そんな話をする時も櫂は、いつも笑っていた。
「イベント遅刻した日、あったやろ? あの日に運ばれて、そのまんま。あの日さ、朔、俺に大丈夫?って聞いたやん。朔はきっと、俺のことなんでもわかっとるって思った」
「……」
「朔にな、嫌われたくないって本気で思った」
「……どういう意味?」
櫂はかつてSUUに話した『嫌われたくない理由』を朔良に話した。
やっと、自由になれると思った。
これで、やりたいことができると思った。
そんな自分が、最低だと思った。
「櫂、俺があの作品の中で言ったことは、嘘じゃないよ?」
「なに?」
「デンキウナギ。どんな櫂も受け止めるからって」
「あぁ……あれ嬉しかったなぁ」
「あの頃さ、本心なのか演技なのか自分でもわかんなくなるっていうか、本心を押さえるのを必死だったというか……」
「あーわかるー! 俺もそんな感じやった!」
「公私混同か!って思ってた」
「ハハッ! ……もっと早くこういう話できとったら良かったなぁ……」
すっかり暗くなって、吐く息が白くて、世の中が鮮やかに彩られていて。
そっと周りを見渡した。
少し離れたその距離を、朔良は縮めた。
絡めたままの小指を解いて、手を重ねた。
「櫂、ずっと、好きだった……一緒にいたい……」
「うん……俺も朔が好きや……」
暗い夜に、うっすら届く光の中で、唇を重ねた。
カメラもない。
スタッフもいない。
ただ、感情のままに。
「あっ……」
触れた唇が少しだけ離れた。
「どした?」
朔良の目の前に、櫂の顔があって、キョトンとしたくりくりとした瞳はあの頃と変わらない仔犬の瞳。
「あのさ、なんでSUUさんには言えたの?」
「それ!」
「は?」
「わかんねぇの!」
「はぁ?」
直接何かを聞いたわけではない。
でもSUUが櫂から何かを聞いていて、それをもとに凌空や弦、KANが動いてくれていたことは明らかだった。
「なんやろ? おかんみたいな感じ? おかんみたいな感じがどんなんかわからんけど……」
男同士だからなのだろうか。
作られた世界でスイッチの切り替えを学んだからだろうか。
甘い空気があっという間に、男友達との関係性のような、そんなやりとりに変わる。
「おかんってなんだよ」
「知らへんよ、でもSUUさんっておかんっぽくない? おとんやないねんなぁ」
「まぁ、わかる気はする。見守ってるよーなんでも受け止めるよーってオーラしかないよな」
「そうそう、おかんオーラ」
ハハハと笑って、櫂は言う。
櫂が少しずつ、心開ける人が増えればいい。
朔良は素直に、そう思った。
少しずつ、心を開く恐怖感をなくしていければいい。
そのひとりにSUUがいて、それが、朔良には嬉しかった。
・
店の前に立つ。
オレンジの光が灯る。
中からは、賑やかな声。
「なんか緊張すんねやけど」
「なんで?」
「俺怒られへんかな」
「そん時は一緒に怒られよ」
櫂が、そっと扉に手をかける。
そっと開けた隙間から、大きな声が漏れる。
「おい誰だよ!」
「教えろよKAN!」
「いやいや確定やないから言えへんって!」
「はぁ!? 朔良誰連れてくるんだよ!」
「櫂? まさかの櫂!?」
「まじで!? 櫂会いたいなぁ」
「つぅかこれでSUUとかないよな?」
他に客はいないのか。
音楽はなく、ただ、賑やかな声だけが、漏れ出てくる。
「櫂に会いたいって」
朔良は、櫂を見上げた。
櫂は少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「行くよ」
手を重ねた。
グッと手に力を入れ、その扉を開けた。
「え、まじか……」
「櫂! 櫂じゃんっ!」
「櫂ぃーー会いたかったでぇぇ!」
手荒い歓迎を受け、肩を竦めるその姿は、いつかステージの上で見た光景。
懐かしさと、再びこのメンバーが集った奇跡。
「朔ちゃん、なくならんもんもあったな……」
KANが目尻に涙を浮かべながら、朔良に言う。
「わかんないよ、この店もいつまであるかわかんないしな」
イタズラ顔をして、朔良はすぐ隣ではしゃぐ弦を見上げた。
「お前なに言ってんだよ、俺がこの場所守ってやるよ」
やはりどこまでも、弦はカッコ良くて、朔良は思わず下を向いて、光る涙を、そっと隠した。
モデルとしての活動は終わっても、弦の守る、この場所に集う。
「俺たちは、終わんねぇよ?」
ガシッと朔良の肩を抱く弦に、凌空と櫂が騒ぐ。
「ほらまたあのふたりさぁ、なんなん!?」
「そーゆー特別感やめろよなぁ?」
あっという間に、あの頃に戻る。
あの頃のように笑うみんながいる。
そこに、櫂がいて、自分がいる。
朔良の瞳から、堪えきれない涙が、一筋落ちた。
それは綺麗な、綺麗な涙だった。
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