上 下
69 / 90

凌空と弦④

しおりを挟む

翌日、凌空と朔良は、KANと待ち合わせて弦のいる病院へと向かった。

そこは、事務所とは目と鼻の先にある大きな総合病院で、目と鼻の先に、弦は運ばれていた。

「こんな近くにいたんだなぁ」

真っ白の大きな建物を見上げ、凌空が言った。
その横顔を見やると明らかに、昨夜弦からの電話を受ける前とは違う凌空がいて、朔良は肩を小突いた。

「え、なに?」
「良かったねー」
「なにが?」
「凌空くんが嬉しそうで俺も嬉しいすよ」
「おい朔良なんかバカにしてる?」
「してないしてない! 本心!」

戯れ合うふたりを後ろから眺めるKANの顔は穏やかで、その背中をバシンと叩いて病院の中へと入って行った。

弦から聞いた病室へと向かう。

綺麗な建物。
すれ違う白衣を纏う医療者たち。

「今度病院もんやろかな……」

KANがボソリと呟き、その後頭部を凌空がパシンと叩いた。



病室の前に立つ。
すると中から声がして、扉に手をかけた凌空はその手をスッと引っ込めた。

「どした?」
「なんか誰かと話してる」
「家族かな……」
「ちょっと待つか……鉢合わせはダメだろ」

くるりと立ち去ろうとした時、中から一際大きな声が聞こえた。

「ほんとお前はしょうもない奴だな、家に帰ってくればいいものを……」
「帰りません。今日はありがとうございました」
「じゃぁ、もう来ないと思うから。またな」

扉を隔ててすぐ目の前に話し声が聞こえて、その瞬間扉がガラリと開いた。白髪の男性が、目の前に立つ凌空にジロリと睨みをきかせた。

スーツをビシッと決めた男性は、無言で視線を真っ直ぐに直すと、スッと凌空を避けスタスタと歩いて行った。



「おぉっ! 凌空! わぁお前らも!」

部屋の中から、明るい弦の声がした。

部屋から急に出てきた白髪男性の威圧感と迫力に、一瞬動きを止めた凌空は、遠くへ歩くその後ろ姿を確認した。

そして、

「弦ちゃぁぁーーんっ!」

と叫び激しく弦に抱きついた。

「おいちょっと待て! まだいろいろくっ付いてんだって!」

慌てた弦は凌空を宥め、そんな凌空を見てKANはケラケラと笑った。

伸びた髪を軽く束ねた弦は、少しだけやつれてはいるものの、顔色は悪くなく病院着を着ている以外はいつもの弦と変わりなかった。

ただ緑の病院着の隙間からは、モニターのラインが伸び、腕には点滴に伸びるチューブがついていた。

「病人やな、弦ちゃん」
「そうなんだよ、すっかり病人だよ……」
「何があった? もうマジで死んだかと思ったんだよ……本当に、もうさぁ……」

やっと弦の首に巻き付いた腕を解いた凌空は、椅子に座り直り言った。

「俺も本当にさぁ、死んだと思ったよ……」
「なにがあったんすか……」
「駅で倒れたらしい。意識なかったからなんもわかんないけど、起きたらココにいてさ、昨日やっとちょっと動けるようんなって、電話した」
「なんで倒れた?」
「心臓の関係らしい、処置してもらって今は平気」
「治るんすか? もう大丈夫なんすよね?」
「……」

朔良の問いに弦は、キュッと唇を噛んだ。
そして眉を下げ言った。

「今のまんまの生活じゃ死にますよって、言われた」

その言葉に凌空の顔はまた一瞬、白くなったように見えた。

「今回はさ、発見が早くてちゃんと処置してもらえた。でも例えば家で1人だったら死んでたかもしれないらしい。……あの日撮影でよかったわ……」
「弦ちゃん……」

凌空は、ベッドに座る弦の袖をキュッと握った。

「弦ちゃん……生きててよかった……俺さぁ、弦ちゃんいなかったら生きてけん……」
「なに言ってんだよ凌空……」
「弦ちゃん……もう、遠くに行かないでよ……」


キュッと弦の袖を掴む凌空の手は真っ赤で、その手に弦は手を重ねた。


「凌空……俺はどこにも行かねぇよ。こんな……震えた仔犬置いて行けるか」

弦は凌空の髪をくしゃっと撫でた。
それを見守るKANは、少しだけ寂しそうな顔をして、そして朔良を連れて、その部屋を出た。







「良かったなぁ……」
「うん、でもなぁ、弦ちゃん引退やろな」
「うん……」
「あんなところまで無理さしとったんやな……」
「KANちゃん……」
「朔ちゃんも無理しちゃあかんで。カラダ壊したらなんもならん……」

自分のつま先を見ながら歩いた。
一歩ずつそれは前に進んでいて、それでも自分はなにも変わらずそこに居続けているような気がした。


「さっきのあの人、親父さんやろなぁ」

KANは不意に口を開いた。

「え、弦くん敬語じゃなかった?」
「敬語やった。でも多分そうや」
「へぇ……」
「音楽一家なんよ有名な。そん中で弦ちゃんも英才教育受けとって。でもそれがうまくいかんくなって存在を否定されたような扱いされとったらしくてなぁ。前に話してくれたことあったわ。家には帰りたないって」
「あぁ、さっきだから、帰りませんって……」



あの場所は、寂しがりやの集まる場所。
そんな気がした。

さみしがりや

そんな簡単な、一括りにしてはいけないのかもしれない。でも結局、皆さみしがりやで、自分の居場所を探し、家族のようなあの場所を求めているような、そんな気がした。




弦は1週間後に退院し、そして引退を決めた。
最後まで「辞めたくない」と言ったのは弦本人で、周りがそれを、許さなかった。


「ここは俺の居場所なんだって、無くしたくない」

そう言い張る弦に、SUUは言った。

「ここはこれからも弦の居場所だから。いつでもおいで。モデルとしては、もう十分貢献してくれた」



そして俯く弦に、凌空が言った。

「俺が弦ちゃんの居場所んなるから……」

凌空の言葉に嘘はなくて、

「お前、なに言ってんだよ……」

耳を真っ赤にして弦は凌空を小突き、そして小さく、頷いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...