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凌空と弦②

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「凌空くん、弦くんどうですか?」
「まだ連絡とれん……」
「仕事、終わります? 一緒に店行ってみましょ」
「うん……」

頻繁に凌空と連絡を取り合ったが、弦の足取りは、掴めなかった。大学の前に凌空の車が止まる。真っ白の車に駆け寄り、乗り込む。

もう殆ど大学もなくて、同級生ももう、殆ど登校していない。

「大丈夫すか?」
「うん……」

言葉少ない凌空の心は、完全に憔悴している様子が、見て取れた。弦の店は、事務所と大学から歩いて行ける距離。あっという間に店の前に車をつけた。

やはりオレンジのランプは消えていて、今日は店の前に貼り紙があった。

『都合によりしばらくお休みさせていただきます』

血の気がひいていくのを、朔良は感じた。
凌空もまた、同じだろう。

「凌空くん、家とか……行っていいすか? それか事務所とか……」
「え?」
「ひとりだと……心細いじゃないすか、明日休みでしょ?」
「あぁ……うん、そうだな、いいよ」

再び車に乗り込み、出発する。

明らかに凌空は動揺していて、その姿を目の前に放っておけないと、朔良は思った。そして何より、自分自身が、落ち着くためにも時間を共に過ごしたいとも思った。
 
凌空の家は綺麗ではあるが庶民的なマンションで、カチャリとドアを開けると、洒落た家具で統一されていた。

「お邪魔しまーす……」
「どぉぞ~」

殆ど反射的に声を発し凌空は、朔良を部屋に招き入れた。

「晩飯どーする? デリバリーでも頼むか?」
「そうっすね……なんでもいいですよ」

しばらくして届いたピザを口に運ぶ。
テレビに映し出されるバラエティ番組が、賑やかにチカチカ光る。

テレビの脇には観葉植物。
ホコリひとつない部屋は、掃除が行き届いているのだろう。

「凌空くん、部屋綺麗すね」
「あぁ……汚いと弦ちゃんに怒られる」
「え?」
「あ、一緒に住んでるとかじゃないよ? よく遊びに来る」
「へぇ……」

出会った頃、弦を心底カッコいい人だと思った。そして、凌空と弦の間にある何か特別なモノを感じて、少しだけ、羨ましいと思った。あの頃はその気持ちがなんなのかわからなかったけれど、きっとあれは、2人にしかわからない絆のようなものに対して、羨ましさを感じていたのだと思う。

「こんな時さ、弦ちゃんになんかあったとしてさぁ、俺らに連絡なんてあるわけないじゃん……事務所にも……あんなに一緒にいるのにさぁ……俺らの関係って、なんなんだろうなぁ……」

俯き加減に凌空は、朔良に語りかける。
笑ってふざけてばかりだが、誰より真剣にあの場所で作品をつくり、トップモデルとしてあの場所を支えてきた。そして、同じ時間を弦と共に過ごしてきた。

「あそこはさ、なんだろうな……家族なんだよな……」

その横顔をじっと見つめながら、朔良は温かい声を聞く。凌空の、まぁるい声が、朔良に染み込んでくるようだった。

「それわかる……本当に家族みたいで、居心地がいい」
「家族なのに……なんでこんな時、なんもできないんだろうなぁ……あぁ、櫂のことも、そうだよなぁ。結局、なんもしてやれない……」
「凌空くんは、いっつもみんなのこと考えてくれて、みんなのこと見てくれてる兄貴みたいすよ……」
「頼りない兄貴だなぁ……」
「なに言ってるんすか、弦くんとふたりで、あそこ支えてきてくれたじゃないですか」
「うん……」

凌空は静かに、目を閉じた。
込み上げる想いを抑えるように、細く長く、息を吐いた。

「凌空くん、眠れてる? ちゃんとご飯食べてた?」
「寝てたし食べてたよ…仕事行かなきゃいけないしさ、なんも変わらないんだよ。弦ちゃんだけがいないんだよなぁ……」
「……凌空くんと弦くんて……さ……」

凌空の蒼白な顔。
か細い呼吸。
俯くその姿。

それは明らかに、大切な人を失った姿。


「……なに?」
「いや……」
「なんもないよ」
「うそ……」
「なんもないんだよ、あまりに一緒にいすぎて、なんもない。デビューも近くてさ……でも別に固定でカップリングされてたわけでもない。だからちょうどいい距離感で、ただいつも一緒にいた」


凌空は丸い目の奥の瞳を潤ませながら、そう言った。隣に座りながら凌空は、その瞳を覗き込むように見上げる。

「弦はさぁ、あの店開けるのが夢でさ。あそこが、誰かの居場所になればいいって。この仕事もさ、最初は多分、店開けるための金だったんだろうな……店開けたら辞めるって言うかなって思ってた……けど辞めなかった。俺すごい嬉しくてさ……店開いて、事務所もいろいろあったけどモデルも増えてさ……弦ちゃんがいて、朔良がいて……弦ちゃんはさ、どんな時も隣にいてくれたんだよなぁ……」

言葉に詰まりながら目を赤くして、それでもしっかりと凌空は話した。それは、ずっとあの場所でエースとして立ち続けた凌空の素直な心のウチだと、朔良は思った。

そしてそこに、ずっと共に立ち続けた弦に対する想い。

「凌空くん……、弦くん戻ってきたら、ちゃんと言ってくださいね」
「なにを?」
「その気持ちですよ……」
「なんで?」
「言わなきゃ……わかんないすよ……言わなきゃ伝わんない。どうしたいかはその後でいいから……ちゃんとその嬉しかったって気持ち、伝えてください……」

素直に、思った。

弦がもし帰って来なかったら。
そんなこと微塵も考えていなくて、このふたりにどうなって欲しいかなんて、それこそなにも考えていなくて。

ただ、そんな大切な想いをちゃんと伝えるべきだと、そう思った。
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