54 / 90
櫂朔③
しおりを挟む
就職活動が始まって、事務所から遠のいていた。
それを考慮してか、作品に出演しないこともあった。
時々KANから、「プレゼント取りに来てや」「ファンレター溜まっとるで」と、連絡が入り、事務所に行くこともあったが、長居することは、あまりなかった。
それでも、そこで櫂や他のモデルに会うこともあって、変わらず笑って過ごして、季節が、巡って行った。
「ミツキ、最近バイト行ってないの?」
大学を出て、駅までの道のり。
リョウが後ろから追いかけてきた。
「たまに行くけど、一応な。ちゃんと就活とかもあるしな」
「へぇ……」
リョウは隣に並んで、すっかり葉の落ちた、枝だけになった並木道を歩く。
あの事件以降も、リョウは何もなかったかのように、朔良に話しかけた。何を言われるか相当構えていた朔良は、拍子抜けして反応に困ったほどだった。
「就職したらさすがに家出る?」
「そりゃなぁ……」
「俺とお前の関係も終わりかぁ」
「まさか就職先も同じじゃねぇよな?」
「さすがにそれはなぁ……」
「まぁ帰ってくりゃご近所だろ」
マフラーに顔を埋め、白い息を吐きながら、歩く。
かじかむ手をポケットに突っ込んだ。
その時、ブルブルとスマホが震えた。
そこには、KANからの着信があった。
「もしもし?」
『あ、朔良? 今話せる?』
「うん、平気だけど?」
『今日、事務所来れる?』
「うん? 今から?」
『うん、ちょっと大事な話あんねん』
「急だなぁ」
『全員集まれんの今日しかないねん』
「全員集まんの?」
『頼むわ。今大学の近く?』
「うん、駅に向かって歩いてる」
『その辺にさ、多分りっちゃんが車でおる』
「え?」
スマホに耳を当てながら、キョロキョロと辺りを見渡す。視線を落として歩いていたリョウは、それに釣られるように顔を上げた。
視線の先には、路肩に止まる真っ白の車。
白い車が、凌空によく似合っている。
「いた」
『やろ? 一緒に来いや』
「……わかった」
耳から、スマホを離す。
「ごめん、ちょっと呼び出し」
「え、今から?」
「うん、バイト。行ってくるわ」
「急なんだな」
「うん、じゃ、またな」
前方に止まる、白の車。
その車の横に凌空は、立っていた。
スーツを着て、背の高い凌空はよく目立っていて、道行く人が振り返るほど、注目を浴びている。
朔良はリョウに手を上げ、白いその車に駆け寄った。
「めっちゃ目立ってますよ」
「だって車ん中いたらわかんねぇだろ」
「白い車、すげぇ王子様感」
「うるせぇよ、早く乗れよ」
凌空はそう言って、助手席の扉を開けた。
「紳士だなぁ」
そういって笑って、朔良は凌空の車に乗り込もうと身を屈めた。
その時、「ミツキ!」と、後ろから呼び止められた。
そっと、振り返る。
そこには、追いかけてきたであろうリョウが、立っていて。
「お前今日、帰ってくんの?」
「え、なんで?」
「いや、最近あんまバイトなかったじゃん」
「まぁ……わかんねぇ。遅くはなるんじゃねぇかな」
「ふぅん……」
「じゃ、行くわ。じゃぁな」
煮え切らないリョウの表情に疑問を感じながらも朔良は、白い車の扉を閉めた。凌空はリョウにペコリと頭を下げて、運転席へと乗り込んだ。
見送るリョウを置いて、走り出す車。
「友だち?」
「幼なじみ。家が向かいで」
「へぇ。なんか俺、マウントとられてた?」
「へ? なんで?」
「んや、気のせいか」
窓枠に肘を置き、唇を触りながら凌空は、片手でハンドルを回す。
「何の話だろなぁ」
「え、凌空くん知らないんすか?」
「知らねぇよ、車なら朔良拾ってやってくれって」
「それだけ?」
「うん。いい話だといいけどな」
唇に触れる指を、小さく動かして、凌空は言った。
いい話だといい。
そう言った凌空の言葉の意味を、朔良はゆっくりと頭の中に、巡らせる。
モデルが集められる時。
それは、どんな時だったか。
朔良はそっと、窓の外に視線を移した。
すっかり葉の落ちた、木々たちに、一斉に光が灯った。色とりどりの、鮮やかな光。
光のトンネルの下を走って向かったその場所には、すでに全員が集まっていた。
事務所の窓からは、その光は、殆ど見えない。
申し訳程度に飾られている、小さなツリーが、ピカピカと光っている。
「全員揃ったな、話そうか」
朔良はそのツリーの光を視線の端に捉えながら、床にペタリと座った。隣に同じように、凌空が座る。
ローテーブルを囲うように、聖也と碧生がいて、そしてソファの端に、弦が膝を立てて座っている。
正面には、櫂がいて、隣にSUUがいた。
嫌な、予感がした。
前にも、こんな空気。
こんな、SUUの表情を見た気がした。
それは、当人はすでにいなくて、その場に新人を呼ばなかったことに、凌空が怒った時。
あれは、斗真が、引退した時だった。
朔良は、ゴクリと唾を、飲み込んだ。
ギュッと、拳を握った。
なにを言われても、受け止められるように。
心に、バリアを張った。
そして、その言葉が、放たれた。
「俺、引退する」
その言葉を放ったのは、櫂だった。
それを考慮してか、作品に出演しないこともあった。
時々KANから、「プレゼント取りに来てや」「ファンレター溜まっとるで」と、連絡が入り、事務所に行くこともあったが、長居することは、あまりなかった。
それでも、そこで櫂や他のモデルに会うこともあって、変わらず笑って過ごして、季節が、巡って行った。
「ミツキ、最近バイト行ってないの?」
大学を出て、駅までの道のり。
リョウが後ろから追いかけてきた。
「たまに行くけど、一応な。ちゃんと就活とかもあるしな」
「へぇ……」
リョウは隣に並んで、すっかり葉の落ちた、枝だけになった並木道を歩く。
あの事件以降も、リョウは何もなかったかのように、朔良に話しかけた。何を言われるか相当構えていた朔良は、拍子抜けして反応に困ったほどだった。
「就職したらさすがに家出る?」
「そりゃなぁ……」
「俺とお前の関係も終わりかぁ」
「まさか就職先も同じじゃねぇよな?」
「さすがにそれはなぁ……」
「まぁ帰ってくりゃご近所だろ」
マフラーに顔を埋め、白い息を吐きながら、歩く。
かじかむ手をポケットに突っ込んだ。
その時、ブルブルとスマホが震えた。
そこには、KANからの着信があった。
「もしもし?」
『あ、朔良? 今話せる?』
「うん、平気だけど?」
『今日、事務所来れる?』
「うん? 今から?」
『うん、ちょっと大事な話あんねん』
「急だなぁ」
『全員集まれんの今日しかないねん』
「全員集まんの?」
『頼むわ。今大学の近く?』
「うん、駅に向かって歩いてる」
『その辺にさ、多分りっちゃんが車でおる』
「え?」
スマホに耳を当てながら、キョロキョロと辺りを見渡す。視線を落として歩いていたリョウは、それに釣られるように顔を上げた。
視線の先には、路肩に止まる真っ白の車。
白い車が、凌空によく似合っている。
「いた」
『やろ? 一緒に来いや』
「……わかった」
耳から、スマホを離す。
「ごめん、ちょっと呼び出し」
「え、今から?」
「うん、バイト。行ってくるわ」
「急なんだな」
「うん、じゃ、またな」
前方に止まる、白の車。
その車の横に凌空は、立っていた。
スーツを着て、背の高い凌空はよく目立っていて、道行く人が振り返るほど、注目を浴びている。
朔良はリョウに手を上げ、白いその車に駆け寄った。
「めっちゃ目立ってますよ」
「だって車ん中いたらわかんねぇだろ」
「白い車、すげぇ王子様感」
「うるせぇよ、早く乗れよ」
凌空はそう言って、助手席の扉を開けた。
「紳士だなぁ」
そういって笑って、朔良は凌空の車に乗り込もうと身を屈めた。
その時、「ミツキ!」と、後ろから呼び止められた。
そっと、振り返る。
そこには、追いかけてきたであろうリョウが、立っていて。
「お前今日、帰ってくんの?」
「え、なんで?」
「いや、最近あんまバイトなかったじゃん」
「まぁ……わかんねぇ。遅くはなるんじゃねぇかな」
「ふぅん……」
「じゃ、行くわ。じゃぁな」
煮え切らないリョウの表情に疑問を感じながらも朔良は、白い車の扉を閉めた。凌空はリョウにペコリと頭を下げて、運転席へと乗り込んだ。
見送るリョウを置いて、走り出す車。
「友だち?」
「幼なじみ。家が向かいで」
「へぇ。なんか俺、マウントとられてた?」
「へ? なんで?」
「んや、気のせいか」
窓枠に肘を置き、唇を触りながら凌空は、片手でハンドルを回す。
「何の話だろなぁ」
「え、凌空くん知らないんすか?」
「知らねぇよ、車なら朔良拾ってやってくれって」
「それだけ?」
「うん。いい話だといいけどな」
唇に触れる指を、小さく動かして、凌空は言った。
いい話だといい。
そう言った凌空の言葉の意味を、朔良はゆっくりと頭の中に、巡らせる。
モデルが集められる時。
それは、どんな時だったか。
朔良はそっと、窓の外に視線を移した。
すっかり葉の落ちた、木々たちに、一斉に光が灯った。色とりどりの、鮮やかな光。
光のトンネルの下を走って向かったその場所には、すでに全員が集まっていた。
事務所の窓からは、その光は、殆ど見えない。
申し訳程度に飾られている、小さなツリーが、ピカピカと光っている。
「全員揃ったな、話そうか」
朔良はそのツリーの光を視線の端に捉えながら、床にペタリと座った。隣に同じように、凌空が座る。
ローテーブルを囲うように、聖也と碧生がいて、そしてソファの端に、弦が膝を立てて座っている。
正面には、櫂がいて、隣にSUUがいた。
嫌な、予感がした。
前にも、こんな空気。
こんな、SUUの表情を見た気がした。
それは、当人はすでにいなくて、その場に新人を呼ばなかったことに、凌空が怒った時。
あれは、斗真が、引退した時だった。
朔良は、ゴクリと唾を、飲み込んだ。
ギュッと、拳を握った。
なにを言われても、受け止められるように。
心に、バリアを張った。
そして、その言葉が、放たれた。
「俺、引退する」
その言葉を放ったのは、櫂だった。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
【R18】しごでき部長とわんこ部下の内緒事 。
枯枝るぅ
BL
めちゃくちゃ仕事出来るけどめちゃくちゃ厳しくて、部下達から綺麗な顔して言葉がキツいと恐れられている鬼部長、市橋 彩人(いちはし あやと)には秘密がある。
仕事が出来ないわけではないけど物凄く出来るわけでもない、至って普通な、だけど神経がやたらと図太くいつもヘラヘラしている部下、神崎 柊真(かんざき とうま)にも秘密がある。
秘密がある2人の秘密の関係のお話。
年下ワンコ(実はドS)×年上俺様(実はドM)のコミカルなエロです。
でもちょっと属性弱いかもしれない…
R18には※印つけます。
いじわる社長の愛玩バンビ
イワキヒロチカ
BL
倒産寸前の会社を放り出して失踪した父の負債を少しでも減らすため、完全会員制の高級クラブで男性キャストとして働くことになった万里の初めてのお客様は、華やかな見た目とは裏腹にやたらと意地の悪い社長様、久世だった。
「『初めてだから優しくしてください』って言えば優しくしてやるよ」などとのたまう男に万里は怒り心頭。
だがある日、偶然街で出会ったことで久世の素顔に触れ、距離が近付く。
心を許しかけていた矢先、久世が父の失踪に関わっているという噂を耳にしてしまい……。
※『溺愛極道と逃げたがりのウサギ』地続き設定あり。読んでくださった方には面白い、程度のリンクです。かぶっているのは主に月華周辺の人々。
田舎のヤバすぎる奇祭で調教される大学生
抹茶
BL
【特殊性癖もりもり注意】媚薬、拘束、無理矢理、睡姦、3Pなど、愛はあったりなかったり。大学生の澪は、サークルの先輩に誘われて、田舎の夏祭りの手伝いをすることに。そこでは子宝祈願の怪しすぎる儀式が受け継がれていた。境内に組まれた舞台の上で、衆目に晒されながら犯される……
ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~
みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。
成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪
イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)
【完結】スーツ男子の歩き方
SAI
BL
イベント会社勤務の羽山は接待が続いて胃を壊しながらも働いていた。そんな中、4年付き合っていた彼女にも振られてしまう。
胃は痛い、彼女にも振られた。そんな羽山の家に通って会社の後輩である高見がご飯を作ってくれるようになり……。
ノンケ社会人羽山が恋愛と性欲の迷路に迷い込みます。そして辿り着いた答えは。
後半から性描写が増えます。
本編 スーツ男子の歩き方 30話
サイドストーリー 7話
順次投稿していきます。
※サイドストーリーはリバカップルの話になります。
※性描写が入る部分には☆をつけてあります。
10/18 サイドストーリー2 亨の場合の投稿を開始しました。全5話の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる