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情事の翌朝
しおりを挟む気づけば眩しい光が差し込み、顔をしかめた。
大きなベッドに小さく丸まって眠る、昔からの癖。
隣には誰も、いない。
ペタっと足をフローリングにつくと、ひんやりとした感覚が伝う。
昨夜起きた出来事は、夢ではない。
腕に残る、女の子より少し大きい、それでも腕の中にすっぽりと収まる朔良のカラダ。
その腕を眺めて、そして窓の外に視線をやる。
眩しい光に、目を細めた。
朝の光が嫌いだった。
夜の、皆が寝静まった時間が好きだった。
朝の光を見て、朝が来てしまった。
そう思う、毎日だった。
かちゃりと扉を開けた。
ソファには、ぐだりと横たわり眠る小さなカラダ。
テーブルには、ビールの空き缶が数本転がっている。
「そのまま寝たんか……」
櫂はちらりとその顔を横目に、朔良のそばを通り過ぎ、洗面所へと向かった。
パシャパシャと顔を洗う。
セット前のふわふわの髪。
その前髪だけが、少しだけ濡れて、水が滴る。
鏡に映るその顔を、じっと見つめた。
大嫌いだった、この顔。
人より高い背も、長い手足も、全てが、嫌いだった。
コンプレックスの塊。
あの日、街で声をかけられて、そして、生活が変わった。
「君、君だよ背の高い君。モデルとか興味ない?」
そう声をかけてきたのが、この事務所の責任者のSUUだった。
『怪しさ』しかなかった。
世の中、そんなうまい話があるわけなくて。
基本的に、世の中を信じていない自分には、ホイホイと乗るような話ではなかった。
「怪しすぎて無理です」と言って、その場を立ち去った。しかし何度も、何度も何度もなぜか現れるSUUに、最後は根負けした。
その頃には、SUUのいる世界がアダルトな世界であることもわかっていた。
「確かに怪しいかもしれない。でも、君が思っているような場所ではない」
そう言って見せられたのは、凌空や斗真、弦が映るDVDのオフショットだった。
その辺を歩いていたら思わず振り返ってしまうような容姿で、眩しいほどの笑顔でふざけあっていて、普通と違うのは、彼らは全裸であるということ。
こんなにも、笑ったことはあっただろうか。
こんなにも、誰かと近い距離で触れ合ったことはあっただろうか。
「犯罪は嫌です。あとは、金が良ければやります」
それだけで言って、この世界に入った。
ガシガシとタオルで顔を拭きリビングへ出た。
ふと顔をあげると、パチンとその視線がぶつかった。
「おぉ……起きてたんか……」
「今起きた……おはよ……」
ゆったりと話す声。
重そうにカラダを捻り、寝返りを打つ。
白い指先が、宙を舞い、そしてはらりとソファに落ちた。
「朔良ってさ……」
「んん……?」
「寝起きからエロいのな」
「は?」
「天性のってやつやな」
「天性のエロ? それ褒め言葉?」
「褒め言葉やろ、完全な」
ハハハと笑い、櫂は事務所の部屋着から私服へと着替える。
流れる静かな空気。
櫂が着替える音が、静かに鳴る。
服と肌が擦れる音。
脱いだ服を床に落とす音。
カチャカチャと、ベルトを締める音。
捲り上げた服の裾から覗く腹の筋肉から朔良は、そっと視線を逸らした。
「朔、今日大学?」
「うん……昼から」
「ええなぁ大学生……」
「……顔洗お……」
ボーッとする頭と、目に飛び込む櫂のカラダ。
夢ではなかった出来事。
自覚してしまったココロ。
未だ、その事実をどう処理すれば良いのか見えぬ現実。のっそりと朔良はソファから立ち上がり、伸びをした。
「櫂ってさー、関西出身?」
「へ? なんだよいきなり」
「たまに訛りあるよな?」
「あぁ……結構転々としてて。関西は長かったかも」
「そうなんだ……」
「こっちに来たばっかりのとき訛りが嫌でさぁ。結構隠したりもしてたから、すげぇ中途半端な関西弁」
「ハハッ隠さなくていいのに」
「なんか嫌やん。田舎くさくて」
「そう? 好きだけどなー」
寝癖のついた髪を気にもせず、朔良はバシャバシャと豪快に顔を洗った。
その間に櫂は、すっかり支度を終えていて、コートを手に少しだけハリの戻った朔良を見遣る。
「朔、ココ座って」
櫂はダイニングの椅子を引き、朔良を誘導した。
「なに?」
「朔って、真面目でしっかりしててさ、なのにこの無頓着さよな……」
「え?」
「寝癖。すげぇよ」
櫂は朔良の後ろに立ち、わしゃわしゃと髪に触れた。
「これ、このまま大学行く気?」
「んや……一応ちょっとはやるけど……」
「やったるよ……」
櫂はワックスを馴染ませた手で、朔良の髪に触れた。
柔らかくて、癖のない髪。
「櫂……仕事、なにしてんの?」
「服売ってる……」
「へぇ……似合うな」
「今度さ、店来いよ。服、選んだるわ」
「うん……頼むわ」
あえて、なのか。
意図的、なのか。
そのコトには、触れない。
わかっている。
欲に任せて、流れに任せて、行為に及んでしまうことが、男にはあって。
後日それに対して、あれはどんな意味があったの?
そんなふうに聞くこと。
そんなの、ただ、面倒なだけ。
「おしっ!できたっ!」
にんまりと満足げに笑って、櫂は朔良の肩をポンと叩いた。小さな置き鏡の中で朔良は、顔を横に振りその出来を確かめる。
「すげぇ~なんか撮影んときみたい。これで大学行くのなんか恥ずかしいわ」
「ええやん。朔良モード。エロ全開で」
「ハハッ櫂はいつも変わんねぇなぁ」
「そぉかぁ?」
少しずつ。
少しずつ戻る。
いつも通りに。
なにも、なかったことにはしない。
でも、少しずつ、少しずつ。
いつも通りに。
なにもなかったかのような、ふたりに。
「んじゃ、俺行くわ」
「ん、ありがと。頑張ってな」
「おぅ、大学サボんなよ」
「一応、真面目な大学生だから」
玄関で靴を履く櫂を、朔良は見送る。
「なんかさぁ……」
少しだけ気まずそうに、櫂は頭を掻いた。
「……思ってること言ってやろうか?」
そんな櫂を見上げて朔良はニヤリと笑う。
「「新婚夫婦みたい」」
声を揃えて。
そして、ふたりは顔を見合わせて、笑った。
「なんか俺さ、なんで朔に見送られてるんだろうって思ってさぁ!」
「いやいや俺もさ、いってらっしゃいって言いそうんなってちょっと戸惑ったよな」
「なんだよこの感じっ!」
腹を抱えて。
大きな口を開けて。
「じゃ、新婚夫婦ごっこでもしとく?」
「は?」
「朔、いってきます」
櫂は、朔良の唇にそっと、キスをした。
不意を突かれた朔良は、一瞬きょとんと固まりながらも、「ふっ……いってらっしゃい」と、笑って手を振った。
ガチャリとドアを開けて、櫂の背を見送る。
細くて、でも大きなその背中。
唇に残る柔らかな感触に、意識を残し。
パタンとドアが閉まる。
その直前。
「うおっ! ビビったーおはよーございます」
「おはよー仕事?」
「うん、行ってきまーす」
「頑張ってねー……ってあれ? 朔良?」
「おはよーございます」
閉まりかけた扉が開いて、そこにはSUUがいて、その向こう側に、小さくなる櫂の背があって。
「なになに? ココはホテルじゃないからね?」
「いや何言ってんすか」
「モデル同士の恋愛は禁止しないけど申告してね」
「申告制すか?」
「カメラ持たすから、撮影さしてな」
ハハハと笑いながら、SUUは朔良の横をすり抜けてリビングへと入っていく。
その背中を眺めながら、朔良は現場を押さえられた思春期の少年のように、心臓がバクバクと高鳴るのを必死で抑えようと、キュッと尻に、力を入れた。
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