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イベント〜開幕〜
しおりを挟むあれから、撮影はしばらくなくて、事務所はイベントの準備に追われていた。
「STAR LIVE! 始めまーす!」
「イベントまであと少しだねぇ。チケット買ってくれた方、ありがとうございますー」
「今日は、俺ら新人ふたりでお送りしまーす!」
「櫂と朔良でーす!」
イベントまでに顔を売れというSUUの指令をもとに、朔良と櫂は何度かライブに出演した。
あれから朔良は、辞めるとも辞めないとも話はせず、ただ、事務所に来ることは苦ではなく、むしろ居心地が良くて、その感覚に身を委ねた。
考えないことも、なかった。
ふとした瞬間によぎる嫌な感覚。
と、同時に湧き上がる、ココの人たちに対する、温かい感覚。
同時に湧く2つの感情が朔良を襲い、どちらとも決断できぬまま、時が流れていた。
「初めてだからさぁ、想像がつかないんだよな」
「わかるー! そもそもこういうイベントって行ったことある?」
「芸能人とかの? ないよ」
「俺も。だから全然わかんない。」
ふたりの進展のない会話に、SUUが笑う。
「ちょっとちゃんとお勉強したでしょ? やること! リストと詳細あるでしょ」
カメラに顔が映らないよう、位置に注意しながら書類をふたりに提示する。
「あー……あ! こないだのアレ、売るんよね?」
「いやいやそれ当日発表でしょ!?」
「あ、言っちゃった!」
「櫂さぁ、書類見てよ、今もらったじゃん」
「ごめんってー!」
考えなしの櫂のトーク。
コメントがバババッと入る。
『櫂くん天然ー』
『可愛いなぁ~なに売るのー? 新作ー?』
『朔ちゃん冷静だねー』
どこの誰ともわからないその反応に、なぜかほっとして会話を進め、イベントのお知らせをなんとか行い、ライブを終えた。
「櫂って、NGワード言いそうで怖いわー」
「言わんてー! でもちょっとリスト化だけしといて?」
眉を下げて、櫂は笑う。
それを見た、朔良も笑う。
ココを離れると襲われる嫌な感情は、ココにいると洗い流される。朔良は、そんな気がしていた。
・
「なぁーKAN~、化粧水かなんかある?」
「あるよー、あれ? 誰やここから持ってった人!」
「俺さぁ今日めっちゃ乾燥してんねんけど」
「あかんやーん! あ、あった! これ塗って!」
「服、これでいい? ネクタイ変?」
「KANちゃーーーん! 俺の靴がないー!」
イベントの日。開演15時。
大きなバンに荷物とモデルとスタッフが乗り込み、会場入りした。
200人程度が入れるイベント会場。
そこにはしっかりとしたステージがあり、見下ろす客席は、前から見ると、実際の数よりも多く見える。
会場入りしてすぐ、SUUの説明のもと動きの説明を受ける。
トークショーの時の並び順、立ち位置、ハグ会の注意点、手売りやDVDへのサイン位置など。ステージの中央に集まり、それを聞いた。
「ちょっとサイン練習しよや」
「久々やとスペル間違えるよな」
「書き慣れん名前やからな」
凌空と斗真が工程表の裏にサインをすらすらと書いていき、朔良と櫂も、それに続く。
まだぎこちないサインに、その場が沸く。
「弦くんは平気なんすか?」
「弦のサイン、アルファベットでGENって、ふっとく書いて終わりやねん」
「間違えようがないな」
「らしいっすね」
そして、ダラダラとケータリングの軽食を食べたり、届いたスタンドの花を眺め、開演30分前、楽屋ではバタバタとモデルの準備が行われていた。
「もうお客さん入場しとるでなー! 下降りちゃいかんよ?」
KANの声に、朔良はピクリと反応した。
「ファンって、どんな人なんだろなー」
そんな朔良に、櫂が話しかける。
「全然想像つかねぇな」
「つーか朔良、髪もうちょいやれば?」
「へ? これじゃダメ?」
「いやぁ、ダメじゃないけど。やったろか?」
朔良を座らせた櫂が、スプレーを手に朔良の髪を触る。
「朔良の髪、柔らかいんやなぁ」
「そう、寝るんだよね、髪」
「短くしてみれば?」
「ずっとこの髪型だからなぁ」
「まぁいいわ。俺がセットしたる」
鏡ごしに、朔良は櫂を見る。
朔良の視線に気づかない櫂は、眉間にシワを寄せ髪を固めていく。
「櫂ってさぁ、真剣な顔する時眉間にシワ寄るな」
「え? 寄らん人なんかいるの?」
「そんな険しい顔しなくても」
「いいじゃん別にー!」
シュッシュッと短くスプレーを鳴らしながら、櫂は笑った。今度は、目尻にシワが寄る。
「櫂は見てて飽きねぇわ」
「いやそれはこっちのセリフだからな!?」
笑いながら言い合うふたりに、後ろから弦が顔を出した。櫂の肩に腕をまわし、鏡ごしに朔良を覗き込む。
「いつの間に仲良しんなってんの?」
「色々あったんすよ、俺ら」
「まじ? あんなこととかこんなことがあったの?」
「あったなぁ、なぁ朔」
鏡に映る弦は、いつもと変わらない髪型。
いつもと変わらない気怠い雰囲気を纏わせて、いつもと違うのは、ジャケットを着ていて、気怠さの中にパリッとした芯があること。
「モデルくんたち~そろそろ行くよ」
会場の2階にある楽屋。1階から階段を上ってきたSUUが叫ぶ。
「おっしゃ、集合」
凌空の声に、全員が集まる。
モデルと、スタッフが、凌空の周りに集まった。
慣れたように、凌空、斗真、弦が手を差し出す。
「あぁ、そーゆー感じね」
櫂と朔良も、それに手を重ねる。
「今日は誰?」
「斗真で行こ」
「おっしゃ、行ったろ」
全員の視線が、斗真に集中する。
「やったろや。ファンの子ら全国から集まっとる。楽しましたろ。俺らも、楽しむで。 行くぞっ!」
斗真の声に、腹から声を出す。
全員の声が重なって、円陣が解かれた。
「おっしゃ楽しも」
「自然体でな」
背中を、パシパシと叩かれ、1階へ向かう。
会場の声が、聞こえる。
ザワザワと騒めく声。
暗いステージの、張られた大きな幕の内側に、立つ。
真ん中に斗真、その脇に弦と凌空、そしてさらにその外側に、朔良と櫂。
会場全体が、暗くなり、騒めく声が静まり返る。
オープニングムービーが映し出され、モデルからは見えない映し出された映像に、歓声が上がっている。その声は甲高い、所謂、黄色い声。
豪華な音楽が途切れ、一瞬の静寂が訪れる。
会場に走る緊張感。
会場に聞こえそうな程、心臓の音がバクバクして、朔良はキュッと、手を握った。
その静寂を破る大きな効果音。
と、共にステージの幕が落ちて、真っ暗な視界が、突然開けた。強い光が正面から突き刺さり、思わず朔良は、目を細めた。
その瞬間、会場を駆け巡る、悲鳴のような歓声。
光の眩しさに人の顔はほとんど見えない。
でもそこから溢れ出る熱気。熱量。
この世界はいったい、なんなのだろう。
自分はなぜここに、立っているのか。
とんでもない世界に、来てしまった。
朔良はゴクリと、唾を飲んだ。
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