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「朔ちゃん、大丈夫か?」
「まぁ……」
「前も言ったけど部署が違うねん。やり方も全然違うねん。よほどの事は言ったろうかと思ったけど基本的には口出せんねや」
「うん……わかってる」

KANの運転する車で、廃墟から事務所へ戻る。その道中、助手席で窓の外をぼーっと眺める朔良に、KANは穏やかに、ゆっくりと話しかけた。

激しい雨が打ち付ける車の窓からは、ほとんどなにも見えない。色鮮やかに光る横浜のネオンが、ぼんやりと見える。


なにを、夢見ていたのか
こんな世界に、なにを求めていたのか 

いや、こっち側のような人たちがいる一方で、そうではない人たちがいた、ただ、それだけのこと。

ただ知らなかった世界に舞い上がっていて、今日、現実を知った、ただ、それだけのこと。

自分はただの、商品であって。
その商品が壊れてもきっと、あのスタッフはなにも感じない。

痛みと苦しさと屈辱感。
そしてなにより、こんな世界に舞い上がっていた自分への、苛立ち。

朔良は、打ち付ける雨の音を聞いて、そして、ジッとそれを睨みつけた。

「朔ちゃん、家まで送るで」
「んや……事務所でいい……近いから」
「……ケツ、大丈夫か?」
「すげぇ痛い」
「だよなぁ……ごめんなぁ」
「なんでKANさんが謝るんすか」
「いや……予想はできたことやねん……」
「ふぅん……」

いつも陽気なKANも、今日は静かに話しかける。
雨の打ち付ける音、ワイパーが腕を振るリズミカルな音、それを遠くに聴きながら、朔良は、窓に映る自分の苛立つ顔から目を背けた。

「斗真くん……」
「ん?」

今日は事務所に泊まるという斗真は、後ろのシートでゴロンと寝転んでいる。

「ありがとう……ゴザイマシタ」
「なんでカタコトやねん」

斗真は乾いた声で、笑った。

「俺がデビューした頃はあそこしかなかってんで」
「え……そうなんすか」
「めちゃくちゃやったやろ? アイツが、のさばっとるの気に食わんわ」
「うん……」

狭い車内の、灰色の天井をじっと、斗真は見つめた。

デビューしたての頃を思い出す。
スカウトは、アイツだった。

成果主義。
徹底的な。

ただそれだけのこと。

アイツが間違っているわけではない。
むしろ、特殊なのはこっち。


「もう着くで」

事務所の隣にある駐車場。

「雨すげぇー」

バサッと傘をさし、斗真は事務所の入るマンションエントランスへと走る。

「ちょっと寄っていき。渡したいもんあんねん」
「今日じゃないとダメすか」
「今日渡したい」
「……」

力強いKANの声に、朔良はため息をついた。

「KANさんには逆らえないですね」
「なんでや」
「感謝してます」

仕方なしについてくる朔良を背中に感じて、KANは歩いた。


事務所に入り、パチンと電気をつける。
思わず、「ただいま」と言いたくなるこの部屋は、1年前にSUUとKANが立ち上げた部署。

ドサッとソファに横になり、斗真はまた、天井を見上げた。

「KANさん、なんすか」

ダイニングに腰掛けた朔良は、ドサッと荷物をテーブルに置いたばかりのKANを見上げた。KANは無言で一度立ち去ると、クリップ留めされた数枚の紙の束を持ってきた。

「これ、イベントの詳細や」
「イベント……10月の……」
「朔ちゃんと櫂には来て貰わんと困るでな」
「なんで?」
「こないだ撮ったやろ、温泉。アレ手売りすんねんから。サイン考えといてや」
「サインて……」

朔良はパラパラとその紙に目を落とす。日程、出演モデル、タイムスケジュールと演出など、誰が考えたのか、細かな予定が組み込まれていた。

「読んどきます」
「来れるやんな?この日。」
「まだわかんないです……」
「待っとるでな」

KANはテーブルを挟んでじっと、朔良を見つめた。朔良はその視線を避けるように、書類を見つめる。

「なんもなければ、行きます……今日は帰ります」
「朔ちゃん……待っとるからな」
「……お疲れっした」

引きつった笑みを浮かべ、KANを見る。
KANもまた、静かに笑う。その顔は、いつものKANの顔ではない。

部屋を出る直前、朔良は静かに振り返った。

「斗真くん、今日はありがとうございました」
「お疲れー」

ソファに横になったまま、手を上げた斗真は、ちらりと朔良に視線を移し、微かに、口角を上げた。

いつもと違う空気。
作っているのは自分なのか。
朔良は、ペコリと頭を下げ、パタンと扉を閉めた。


朔良の出て行った扉を、斗真はぼーっと見つめた。
その扉の手前には、KANの背中。

「KANちゃん、朔良よろしくなぁ」

KANの背中が、ピクリと動いた。
静寂が、空間を包む。

いつもなら、SUUがいて、凌空がいて、弦がいて。
煩いくらいに賑やかな場所に漂う、張り詰めた空気。

「KANちゃん、聞いとる?」
「……聞いとるわ!」
「ふっ……なに泣いとんねや……」
「泣いてへんわ!」
「泣いとるやん!」

小さく震えるKANの背中。
叫ぶように放ったKANの声は掠れていて、斗真は、小さく笑った。

「朔良、辞めさしちゃあかんで」
「わかっとるわ……」
「KANちゃんは泣き虫やな……」
「うるせぇわ!」

朔良の出て行った部屋に、啜り泣くKANの声が静かに響いた。

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