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あっちとこっち
しおりを挟む「ねぇ、ミツキくんこないだ何してたの? モデルなの? てゆうか周りの人すごいカッコよかったね」
「たまたま声かけられただけ。周りの奴らもあんまり知らない」
リョウの言う通りなのか。
朔良には、頻繁にサクラからの連絡が入った。というより、今まで気にはしていなかったが重なる授業が多く、自然と距離は近くなっていった。
約束をして会うことは殆どなく、ラストの授業が重なった時、帰りに買い物をしたりカフェに寄ったりする程度であった。
「なぁんだー、モデルだったら自慢できるのに」
「自慢てなんだよ」
「友達がモデルってかっこいいじゃん。でもまぁ、それがミツキくんじゃちょっと違うか」
「どーゆう意味だよ」
頬杖をついてサクラは、悪戯そう笑った。
にぃっと笑う真っ赤な口元。自然とそこに目がいきエロいと思う、自分は男なんだと朔良は思う。
「スマホ、光ってるよ」
カフェに向かい合って座るサクラが、テーブルの端に置かれたスマホを見て言った。
「あ、リョウだ……」
スマホ画面に表示されたメールに思わず朔良は呟いて、「仲良しだね~」とまたサクラがニヤリと笑う。
『お前らいい感じじゃん、もう付き合ってんの?』
そのメールに朔良は、辺りをキョロキョロ見渡した。
「なに? どしたの?」
サクラは目を丸くしてその様子を眺める。
切れ長の目にかかりそうな、長めの前髪。短くすれば爽やかになりそうなのに、ずっと髪型を変えていないとリョウから聞いた。背は標準だが頭が小さくて、より小柄に見えるスタイルは、羨ましいとサクラは思う。
そんなサクラを、朔良は見つめ返す。
よく表情が変わる。よく喋って、よく笑って、この子は自分とは正反対で、そして素直に、可愛いと、朔良は思う。
「ん? 俺らのこと見てる風なメールきたから」
「見てるんじゃなーい? リョウくん暇そうだし」
「サークルじゃねぇの?」
「あぁ、そうかもー。ミツキくんはやってないの?」
「バイトやってたから」
「今は?」
「今もたまにやってる」
「へぇ。なんのバイト?」
居酒屋……と答えようとしたその時、久しく連絡をとっていなかった、あの世界の人からのメールに、スマホが光った。
『久しぶりやね。元気やった?次の撮影の話をしたいので、事務所来られるとき教えて欲しいです。』
KANからのメールだった。
メールを見られているわけでもないのに朔良はドキッとして、思わずちらりとサクラの顔を見た。
自分が質問したことをすでに忘れているのか、サクラはスマホを眺め、そしてタピオカ入りのジュースをちゅるちゅると吸っていて、少しホッとした。
旅もの撮影の後、弦のオモテの顔を見て、そして弦と凌空の見えない何かを感じた。
あれは、自分とリョウのような関係なのか、はたまた違った何かがあるのか。あの空間に1人、わからない感情があることに寂しさを感じ、その一方で、そこに居られたことに少し嬉しさも感じた。矛盾する気持ちに騒めきながら朔良は、2人から、目が離せなかった。
そしてあれから一切、あの世界からの連絡がなかった。その間にこっちの世界ではサクラと過ごす時間が長くなり、自分が朔良であることを忘れかけていて、そんな矢先の、メールだった。
「サクラ、俺この後ちょっと用事できた」
「えぇー?」
「ごめん」
「別にいいけどぉー」
付き合っているわけではない。
お互い時間のある時だけ会う。
たまにお茶をして、飯を食べて、買い物をして。
ただ、それだけの関係で。
「やっぱり無理」なんてことはよくあることで、この気を使わない自由な、自分勝手でいられる関係が朔良には心地良くて、これ以上にも以下にもなりたくない、それが事実だった。
『今日行けます』
『暇やな朔ちゃん』
サクラと別れ、すっかり日が落ちてから朔良は、事務所へ向かった。
ここへ来るのは、まだ数回。
灰色の扉を朔良は、いとも簡単に開けて部屋に入った。
なんとも簡単な奴だと、我ながら思う。
騙されやすいんだろうかと、初めて自分に対して疑いを持つほど、この数回で事務所の見方が大きく変わっていた。
「朔ちゃん、暇なん?」
「友達といましたよ。でも別にいつでも会える奴なんでこっち来ました」
「なんやそれ。友達は大事にしぃや」
KANは元々細い目がなくなるくらいに目を細めて笑い、ダイニングに座るよう促した。
「コーヒーでえぇ?」
「あ、はい。すいません……」
「いつまでそんな風に言うてくれるかな」
「どういう意味っすか?」
「りっちゃんも最初はそんな感じやってんで。いつの間にかあんな自由人や」
コンとテーブルにアイスコーヒーを置き、そしてバサッと、その隣に資料を置いた。
今まで、撮影前に呼ばれたことなどない。撮影に呼ばれて初めて、絡む相手を知り、そして内容を知るスタイルだった。
「今回はな、ちゃんと説明せないかん。」
「なんでですか?」
「ちょっとだけハードなやつやから。これ知らんでやれ言われたら俺でも辞めたくなるわ」
KANはスッとその資料を差し出した。
「構えんでええんやけどな……今度は襲われる系や」
「襲われる? 誰が?」
「朔ちゃんや」
「は?」
最近、言葉を理解するのに時間がかかる。
襲われるとは、いったいどういうことか。
誰に、襲われるのか、どこにその、需要があるのか。
確かに、そんなAVが世の中に溢れていることは知っている。演技なのか本当なのかわからないようなものもたくさんあって、それを好む人もいるんだろうが、自分には、見ていて気持ちの良いものではない。
朔良の頭の中を、ぐるぐると思考が巡る。
「え、それ誰得ですか? 需要あるんすか?」
いつでもKANは、穏やかに丁寧に、疑問に答える。
面倒見が良くて、気を遣えて、常に明るくその場を盛り上げる。
この仕事ぶりが、信頼を厚くする。
・
ウチの作品には2種類の客層がいる。
ホンモノ志向の人たち。これはゲイの人が多いな。
それから、男性同士の恋愛を好む女性たち。
「ちょっと待って、女性?」
「知らん? 腐女子ってやつ」
「知らん」
腐女子ってのは、BLを好んで漫画を読んだり小説を読んだりしている女性たち。
「そんな人いるんすか?」
「おるよ、結構多いで」
「まじか……」
で、今まで朔ちゃんが作ってきたのは腐女子よりのBL色の強い作品。今度のは、ガチ向けの作品や。
モデルのタイプも全然違う。
モデルの顔や体格とか、まぁ色々あんねんけどな、大体出る作品は決まっとる。でもたまぁに畑チェンジすることもあんねん。弦ちゃんは最初あっちに出てたんやで。1回こっちの作品に出たら人気出ちゃって、最近はすっかりこっちにおる。
「あっちとかこっちとか……スタッフも違うんすか?」
「違うで。朔ちゃんやるなら初めてやで俺も立ち会うけど、んー普通の会社で言う部署違いみたいなもんやな」
「知らなかった……」
「こっちはこじんまりとやっとるでな。まぁでも、こっちのファンにもガチなゲイはおるし、こっちのファンの子らもあっちの作品見とる子もおる」
「なんかすごい世界っすね……」
「金は、多めに出せるで、部署は小さいけど会社は大手やねんで、ウチ」
*
知らない世界が、この世にはどれだけあるんだろうと思った。自分がいかに、狭い世界で生きてきたかを思い知らされる。
「言っとくけどな、断ることもできんで」
キツイ撮影ということだろうか。
提示された金額も、今までよりも多い。
それの意味するところは、そういうことだろう。
『結構キツイこともやらされたけど』
この前凌空が言っていた。
それでも、ここの人たちが好きだと。
「やります」
断ることもできるのに。
断らない理由が、自分でもわからない。
この世界に入った時からずっとそうで、ただ、流されているだけなんだろうか。
迷わずやりますと言った朔良を見たKANは、「朔ちゃんなにを目指しとんのや」と苦笑いして、そして、「ええ子やな朔ちゃんは」と、コーヒーをコクリと飲んだ。
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