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ライブ

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一体なにが始まったというのか。

「ライブ始まるで! 準備せなあかんやん!」

そう言ってバタバタと用意されたのは、撮影用スペースに置かれた数台のカメラと、モニターと、そしてダンボールから取り出されたいくつかの花。

取り合うように洗面所でドライヤーをかけ、ヘアワックスで毛先を遊ばせた凌空と斗真が、椅子に腰掛けた。

不思議な空間だ。

事務所がいくつか入るが、恐らく普通の人も生活しているであろうマンションの一室。
ドアを開けるとそこは、普通の家のようで。
廊下に続く広いリビングにはダイニングテーブルとソファ。そこには、いつもスタッフとモデルが集う。

その周りにあるのが、撮影スペース。
撮影スタジオのような広い空間と、絡み撮影用であろうベッドスペース。
そして、もうひと部屋が編集作業用であろう機材の詰め込まれた部屋。


その、撮影スタジオのような一室に置かれた机。そこに彩られた花。そこに座る凌空と斗真は、なにやら書類に目を通している。

「俺はどうすれば……」
「凌空と斗真が場を回してくれるから、それに乗っかればいいよ。私たちも声では出演可能だから、困った時は言って」

カメラの後ろで、そっと囁くようにSUUに助けを求めたが、空気に乗れと、その回答しか得られず朔良の顔は、強張ったまま。

「大丈夫やて、りっちゃんも最初はド緊張やったで」

KANが、凌空を見つめながら言った。
真っ白な顔をした朔良は、KANの横顔を見つめ、そしてその視線を、凌空へと移す。



「おっ、何人? 150人くらい?」
「ありがとね~金曜の夜にごめんなぁ」
「お花、今回もありがとう~!」
「んじゃ、始めるで!」
「STAR LIVE! 始めま~す!」

赤くライトの光る正面のカメラに向かって、ふたりが話し始める。その様子を、カメラ調整しながら見守るKANと、腕組みをしながら見守るSUU。そして、その横に立つ、朔良。

朔良の目の前にも小さなモニターがあり、おそらく、そのファンの人とやらが見ている画面が、映し出されている。

「斗真、最近忙しそうだな? 連絡しても全然返ってこないんだよ~ひどくない?」
「忙しいねんて~バリ忙しいねん」
「寂しいなぁ~浮気してんじゃねぇの?」
「はぁー? しとらへんわ! 凌空こそ最近弦ちゃんと仲良いらしいやん。」
「あーこないだ買い物行ったー。KANちゃんと3人で。弦ちゃん久々に会ったらさ、すげぇ男前だったよ相変わらず」
「弦ちゃんは男前よなぁ。雰囲気あるよな」

軽快なトークが進む。
小さなモニターと、目の前のふたりの間を朔良の視線が泳ぐ。

「入るの後半だから、まだ緊張しなくて大丈夫だよ。」

気持ちを見透かしたSUUが、またそっと耳元で囁く。

「今日はな、お知らせがありまーす!」
「じゃじゃーーんっ!」

2人が取り出したのは、先ほどじっと見つめたあの、DVD。

「おっとこまえやな~弦ちゃんかっこえぇ~!」

DVDにどんな作品が収録されているのか、誰が出演しているのか、裏面を見ながら話している。

「俺も出てんだけどさ、これまたできた新人くんと絡んだよ。なんかお前人間?みたいなレベルのモデル体系だった。」
「あ、これ凌空出てるん?」
「おぅ、出てるよ。ほら」
「あ、ほんとだ。あ、この子新人なん?」
「そうそう、これ新人ふたりデビューなんだよね?今までなくなかった?2人同時デビュー。」

2人同時デビューという言葉に、朔良はキョトンとした。そういえば、自分のことで精一杯で、このDVDに誰が出ているのか、なにも知らなかった。

そもそも、この事務所には何人くらいのモデルが所属しているのか、それすら、知らなかった。


「あ、なぁ、今日新人くん出るんやろ?」
「そうそう、おいすげぇ緊張してるけど大丈夫か?」
「出る? まだ早い?」

突然、目配せをした凌空と斗真と目が合い、冷静になった朔良の思考はまた一気に、現実に引き戻された。

「えー、先にお知らせもう1個してよ。」
「あ、そっち先?」
「当たり前でしょ、今日の2大メインだから」

助け舟なのか予定通りなのか、SUUの言葉を受け、先ほど目を通していた書類に2人が視線を落とした。

「えっとー、もう1個お知らせがあって……」
「あーもう貸せや凌空! えー秋! 10月末に、イベントやりまぁーす!」
「いえーい! みんな予定開けといてね?」
「出演モデルは今のところ、俺、斗真、弦、新人くんも出れんの?わからん?あと……」

出演モデルが発表され、そして詳しい場所やイベント内容が発表されていく。

「トークショー、写真撮影、握手会……」

内容だけ聞くとまるでアイドルのイベントのような、それがこの世界でも行われていることに、衝撃を受ける。

「そろそろやで。心の準備しといてや」

ポンと、背中に暖かさを感じた。
それがKANの手の温もりだと気づく。
その温かさに、朔良は少し、頬を緩めた。

コクリとうなずく。
だいたいこれを見ているのは誰なのか。
俺は誰に紹介されるのか。

腹を括るしかなかった。

空気に乗れ

その教えを頭に浮かべ、「紹介しまーす!朔良くーん!」と、呼ばれた名前に弾かれるように、朔良は用意された椅子に座った。


朔良の視線に映るものが、変わった。
こちらを向くカメラのレンズ。
横顔だったSUUの顔は、先ほどより少し険しくて、じっとこちらを見つめていて。
KANはコクコクと頷きながら、カメラを調整している。

「はい、じゃあ自己紹介してや」
「あーえっと……朔良です。よろしくお願いします」
「……それだけかーい!」
「え……」
「趣味は?」
「あー……サッカー?」
「サッカーやるんや!」
「好きな食べ物は?」
「えっとー……ハンバーグ?」
「お子ちゃまやん!」


固まった表情をほぐそうと、引きつる笑顔。
緊張してガチガチで、とにかく隣に座る凌空の顔を見て、聞かれたことに答える。それで、精一杯だった。

「朔良、こっち見てーって言われてるよ。」
「え?」
「ほらコメント。あのカメラ見たらいいから。」

凌空は朔良の耳元で囁きながら、ひとつのモニターを指差し、それから赤く光るカメラへとその指を移動させた。

よく見るとそのモニターの横には、文字が流れていて、おそらくそれは見ている人が打ち込んだコメントなのだろう。

『朔良くんこっち見てー』
『可愛い~何歳?』
『お誕生日いつー?』

などの文字がどんどん上へと流れていく。
誰に聞かれているかもわからないまま、朔良はそれに答えた。

「えっと、もうすぐハタチです。誕生日は、10月20日です。」
「は?」
「え?」
「イベントの日やん!」
「あ、ホントだ。」
「はよ言えや~!」

凌空を挟んだ斗真が、身体を乗り出し朔良の頭をパシンと叩く。

「皆さん祝ってやってください!」

凌空が斗真をなだめながらカメラに向かって頭を下げた。それでも執拗に脇腹を突く斗真に、自然と朔良の笑みが溢れる。

「うぉっ! 朔良が笑った!」
「朔良、ほんま笑わへんねん!」
「朔良笑わせよーぜ!」
「うりゃっ! 笑え朔良!」
「ちょっ、やめてくださいよっ!」

なぜか2人からくすぐられ、せっかく整えた髪をわしゃわしゃと掻き乱される。普通ならキレて出ていきそうなこの状況。ふと朔良は、横目にモニターを見た。

カメラに収まりきらないほど乗り出し俺を押さえつけようとする凌空も、抵抗する自分に執拗に迫る斗真も、顔をくしゃくしゃにして笑う。

「だぁーーーもう動けねぇ!」
「おぉっ! 朔良の本音出てきたで!」
「くすぐれーいっ!」

完全に押さえつけられた朔良は、斗真にくすぐりをうけ笑いよじり、そして、突然パシンと頬を大きな手で挟まれた。

「朔良、お前、いい顔しとるで。」

そう言った斗真の顔が目の前に来たと思ったら、ふわっと、唇が触れた。

目を閉じる間もなく。

斗真の唇が、朔良の唇と、重なった。

パチパチと瞬きをした、目の前にある、斗真の鋭い瞳が、ニヤリと笑う。


「うわー斗真! 俺にもー!」
「はいはい」

ガッチリとホールドされていた朔良は、突如ふわりと身体が軽くなったのを感じた。そして次の瞬間、頭の上で今度は、凌空と斗真が、キスをした。

下から見上げるその姿は、2人の顎のラインが綺麗に映し出され、閉じたまぶたから覗く睫毛が影を落とし、それは、あの日見たアート、そのものだった。


『斗真かっこいい~』
『ちゅぅ出たーーー』
『ご馳走様ですー』
『さくちゃん洗礼うけたね』

バババッと、コメントが流れる。
SUUが、カメラの横で満足げに頷く。

「はい、じゃあ今日はこの辺までかな!」
「みんなDVDよろしくね~!」
「ばいばーい!」


凌空に促され、朔良は座り直し、笑顔を作って手を振った。そして「はい、お疲れ様ー」というSUUの声で、カメラの電源が落とされた。

「斗真かっこよかったで~なんなんあれ!」

カメラを下ろしたKANが斗真の肩をパシッと叩いた。

「あれは反則だよなぁ~斗真ずりぃ」

凌空は、椅子にのけぞるように腰掛け頬を膨らませた。

「だってなんかさぁ、すげぇ笑ってる朔良見たら嬉しくなっちゃってさ。つい?」
「俺あのー……まだドキドキしてんですけど」
「恋した!? 斗真に恋した!?」

へにゃへにゃと机に突っ伏して、朔良は腕の中に顔を埋めた。

そんな朔良に、凌空は突然、悪戯な笑みを消した。
真剣な、でも穏やかな顔で朔良の顔をじっと見つめる。

「なぁ朔良、自分出していいよ。俺ら、どんなんでも受け止めるからさ。自分さらけ出さないと、やってけないから、ここでは」


自分をさらけ出す

いつから、静かに自分の中で全てを完結するようになったのだろうか。こうしてひとりで考えて、いろんなことを自分に納得させるこが、いつしか当たり前になっていた。

いつから、人に心の内を見せなくなったのだろうか。

「ええ顔しとったで。くすぐりで笑わした顔やけどな」
「笑ってた方が楽しいって。絶対」

そう言って、ハハハと笑う声が響く。

そこへ、『ピンポーン』と、インターホンのなる音が聞こえた。

「え、誰?」
「ライブ中やなくてよかったなぁ」

KANがまた陽気な声で「はーい」とインターホン越しに声を投げる。

「あ、俺っす……」

ボソボソっと、小さな声が聞こえた。

「あぁそーやった! 呼んどったんやっ!」

ガチャガチャと音がして、玄関からなにやら話し声が聞こえる。

「え、忘れてたんすか?」
「いやいや、今までライブやっとってん!バタバタしとったんよ」

KANより頭何個分だろうか。

「来たで~もう1人の新人くん、櫂くんだよ」

随分と背の高い彼は、伸びる手足がスラリと長く、丸い瞳は少年のような可愛らしさがあった。

「うおっ! 櫂~久しぶりやな!」
「お久しぶりっす」
「彼が噂のモデルくんか⁉︎ 背高いな~」

凌空が駆け寄る。
凌空も背が高いがそれよりもさらに背の高い彼は180センチ以上あるのではないだろうか。

「お、来たな。みんなじゃぁ座って」

SUUが全員を集めた。

ダイニングテーブルに朔良と櫂が座り、ソファに、凌空と斗真がぽふんと音をたて座った。

「10月20日に渋谷でイベントを行う。その前に、朔良と櫂を大々的にプロモーションしたい。このメンバーと、弦の5人で、旅もの撮影をしたい。」
「え?」
「出たー旅もの~」
「旅ものってどこいくん?」
「急だから、近場かな」
「えー沖縄行きたい~」
「それをイベントで先行手売りしようかと」
「ハードやなぁ~間に合うん?」
「んや、だから、来週にでも行けない?」
「は?」


全員がポカンと顔を上げた。

「まぁ、そうなるよね」

頭を掻きながらも、「いやでも本気なんだけど」と、SUU。

戸惑い朔良はその視線を揺らし、目の前に座る櫂と目があった。ペコリと頭を下げると、櫂もペコリと頭を下げ、そして少し、口角を上げた。





この世界に足を踏み入れてほんの数ヶ月。
なにが待ち受けているのか。
どこに行こうとしているのか。
ここに集うこの人たちは、いったい何者なのか。

俺たちは来週、凌空と斗真の恐れる『旅もの』撮影に行くことになった。
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