職業、死神〜今夜、終わるいのち〜

狂気③

【side アオ】

静かな部屋で、サツキさんに髪を撫でられた。

アイツが貼ってくれたテープは所々剥がれて、傷なのかその周りなのか、ドクドクとその場所に血液が集まっているかのように、熱くて、痛い。

「アオ……綺麗やったで」
「綺麗？」
「アオは、綺麗なんだよ」
「自分ではわかんないけど」
「綺麗だから、綺麗すぎるから、痛そうにする顔が、堪らん」
「……まじ変態っすね……」
「それはアオもやろ？」

俺も？
俺は、されるがままなだけやけど。

なんて思考は静かにしまい込んで、真っ赤な部屋をくるりと見渡した。

「なんでこんな真っ赤なんすか」
「最初からや」
「嘘でしょ、自分でやったん？」
「俺やなくて、友達かなぁ」
「……友達……」

その一角に、乱雑に積み上げられた紙の山を見つけた。

「……なにあれ」
「まぁ気にすんなや」
「気になるけど……ゴミみたい」
「ゴミ言うなや」

サツキさんは笑って、ゴロンと大の字になった。
横目に、上を向いたさつきさんの横顔を見る。
鋭い目が、天井のもっと向こうの何かを見ているようだった。

「明日、俺用事あんねん、泊まってってええけど朝出るからな」
「ならもう帰ろかな」
「冷たいなぁー泊まってかへんの？」
「いつも自分も帰るやん」

俺も笑って、起き上がる。
ミシミシと、カラダ中が鳴る気がする。

すぐ拗ねる、サツキさんは可愛いと思う。
いつも自分はさっさと帰るくせに。
俺が帰ると言うと少しだけ寂しそうな顔をする。

いつもなら、泊まって行ったかもしれないけど。
今日は、帰りたい。
なんとなく、ひとりになりたかった。

バルコニーに出ようと窓際に立ち、自分にローブがないことに気づく。

「お前自殺する気か？」

それに気づき、サツキさんが笑う。

「知らんうちに飛び降りるとこでしたわ」
「流石に助からんやろ」
「ですねぇ」

そしてやはり気になる、あの紙の束を見やる。

「ねぇ、あれ見ていい？」
「あかん」
「なんで？」
「ええやん気にすんな」
「ええやん見してや」

サツキさんの「あかん」が本気じゃないような気がして、俺はゆっくりとそれに近づいた。

そこには、絵が、書いてあった。

「すご……なにこれ？」

その絵は、どこの誰か知らない人の顔で。
そこに生きているかのように、笑っている。

「なにこれ、サツキさん絵ぇ書けるん！？」
「芸術家やねん、俺」
「初耳やねんけど……すご！」
「おぉ褒められたわ」
「で、これ誰なんすか？」
「んーー誰でもないわ」
「へ？」
「俺の頭ん中の人」
「頭ん中……？……人だらけっすね……」

老若男女の、絵。
俺が、会ったこともない人。
パラパラと捲り、とある顔で、止まる。

「誰やっけ……この人……」

見たことあるような、ないような。
人なのか、死神なのかもわからない。
誰だかわからない。この人は、誰だ。
他の絵に比べて、ずいぶん雑に描かれていて、でもなにか、意志を感じる。この、絵に。

「サツキさん……」

この人誰ですか？と、聞こうとして、それを、やめた。

サツキさんは「風呂入ってくるわー」とスタスタと立ち去ってしまったのだ。

「……俺帰りますね？」
「はいよーお大事にー」

全裸で手を振りながらサツキさんは部屋の奥にあるシャワールームへと、消えて行った。
俺は、その絵をもとの場所に戻して、部屋を出た。