ヴァイオレント・ノクターン

乃寅

文字の大きさ
上 下
87 / 92
六月

Mission11 bloody past 3

しおりを挟む
俺は鶫がいるであろう体育倉庫を覗いた。
すると一人の少年が彼女の首を絞めているではないか。

「な……ッ」

一瞬なにが起きているのか脳が理解してくれなかった。
しかし庫内にいる人物たちに見ていることを悟られてはまずいと思い、息を殺した。
そして少年は少女の胸倉を掴むと投げ飛ばす。

「ふんッ」
「ぐぅ……っ」

その際に背を打ったのか、彼女は呻いた。
そこで初めてその少女の顔を見ることができた。

(あれは……鶫!)

それは間違いなく、俺の従妹の顔をした少女だった。
更に彼女の首を絞める、胸倉を掴むなどという暴挙を振るう少年の顔もその時に目に入った。

(山下……!)

それは進学校でも珍しい不良たちのリーダー、山下マモルだった。
何故鶫と山下が共にいるのか……その答えは鶫の両手首と山下の持つスマホから導き出せた。

(……そうか、アイツ鶫を……)

──鶫を人質にして、取り巻きと共に俺のことを囲んで殴ろうという奸計なのだろう。
そう言えばこの間、学年でもトップクラスの成績を誇る男子生徒がある日顔面を酷く腫らしてやって来ていた。
……彼も山下の奸計による被害者なのだろう。

「来いよ、東条……お前もドン底に引きずり落としてやるからよ」

扉に身体を向けた時に慌てて、覗いていた顔を引いた。
恐らく彼らは誰一人として俺が覗き見ていたことに気付いていない。

(このまま逃げ帰るわけにもいかない……)

俺は今この場から去ることができる。
しかしそうしたならば鶫の安全は約束されない。
進むしかない、と開きかけている扉に手をかけた。
鉄でできたそれは重い音を立てて、俺によって開かれる。

「……山下」
「おぅ、東条。早かったじゃねえか」

奴はにやにやというなにかを企んでいる笑みを浮かべつつ、俺の近くに寄った。
だが、今の俺にとってはどうでもいいことだ。

「……なんで鶫がここに?」
「頭のいい東条クンなら判るだろ?」

──ああ。判ってる。

ゆっくりと首を縦に振った。
それを見て、山下は満足そうに「そうか」と言った。

「判ってるンならとっととボコられてくれよ」
「そーそー、死なねえ程度に手加減してやっから」

彼の取り巻きたちは鉄パイプやバッドを手に、下卑た笑みを浮かべている。
あれで殴られたら手加減もへったくれもないだろう。
しかし、

「……判った、それで鶫の安全が保障されるなら」

下手に騒ぐわけにはいかない。
この時期に暴力沙汰でも起こしたら内部進学の取り消しにもなりかねない。
鶫のことも考えて、そう言った。

「大人しく殴られるから……約束は守ってくれよ」
「ククク……安心しろよ、約束は守るからよ」
「マモルだけにか?」

ギャハハ、とけだものの様な笑い声が響く。
そして山下は俺の肩に手を置いた。

「それじゃあ……オラッ!」
「ぅぐっ……!」

早速腹に鈍い痛みが走った。
殴られたのだとその瞬間に理解した。
咄嗟に殴られてまっすぐ立っていられずに壁にすがった。

「大和クンッ!」
「おら、どうした?まだ始まったばっかだぜ。へたばンなよ!」

今度は右頬に衝撃と熱が与えられた。
同時に口の中に鉄の味が広がっていく。
更に彼の拳が顔面を打つ。

「オラッ、オラッ、死ねッ!」

恨まれる様なことをしたつもりはないが憎悪を吐き出されつつ、殴られた。
痛みはあるものの従妹つぐみのことを考えれば耐えられる。
それにまだ拳なんて生ぬるいものだろう。

「ザマァねえなァ」

殴られている様子を見ながら取り巻きの一人がそう言った。
彼は鉄パイプを肩に担いでいる。
あんな鉛の塊で殴打されたら生命にも関わるだろう。
しかもこういった連中は手加減や遠慮という言葉を知らない。

(痛いけど……仕方ない。しばらく耐えてくれれば終わる……)

心を殺して与えられる痛苦を受け流す。
いつまで続くかは判らない。けれどこれが鶫の安全を約束する確実な方法だと思った。
そんな時に──

「山下ッ!」

倉庫の中をつんざく叫びが轟いた。
それに殴っている山下も、殴られている俺も、笑っている取り巻きも皆等しく動きを止める。
それにまるで時でも止まったかと錯覚してしまう。

「なんだァ?」
「鶫……」

彼の名を叫んだのは鶫だった。
耳をろうする声が反響し終え、山下は俺から離れ、鶫の方へと歩いて行った。

「なんだ、鶫チャン?大和クンは今俺と遊んでるところだぜ」
「やめてッ!これ以上やったら大和クンが死んじゃう……!」
「クク、鍛えてるンだしそんな簡単に死なねえよ」

確かに俺は武道を学んでいるので鍛えてはいる。
けれど攻撃を和らげてくれる様な筋骨隆々といった身体付きではないので殴られればその分のダメージが入る。

「それに言ったろ、手加減はしてるって」
「鶫……ッ、俺は大丈夫……」

──嘘だ。本当はかなりキツい。

しかし涙目の鶫を心配させまいとなんとか血の味の広がる口で紡ぎ出した言葉だった。
それを聞いた山下はにたりと笑った。

「ホレ、本人が大丈夫って言ってンだ。大人しく見てろよ」

そう言って彼は俺との距離を詰めてくる。
再び殴られるのだと身構えるが、

「卑怯者ッ!」

鶫はそう裂帛れっぱくの声を放った。
それに山下は動きを止めた。

「ホントは弱いからこういう手段じゃないと勝てないくせに!そんなだから落ちこぼれ──」

彼女は言い切る前にそれは遮られた。
何故遮られたか?答えは簡単だ。
山下が鶫の首を両手で握りしめたからからだ。

「ッ……!」
「余計なこと、言ってンじゃねえ」

充血した目で鶫を睨む山下。
けれど彼の声音は先ほどよりも冷静ではあるが、怒気をはらんでいた。

「東条がボコられるだけで済むっていうのに……バカなヤツだ」

彼は首を絞めていた両手を放すと懐中からナイフを取り出した。
そしてそれを鶫の頬へと近付けた。

「顔と心に一生消えない傷を付けてやるよ」

徐々に近付けられていく刃、怯えつつも決して身を引こうとはしない鶫……
二つの距離は縮まっていき、その先端が頬の皮膚に触れた瞬間──

──俺の中でなにかが切れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性転換ウイルス

廣瀬純一
SF
感染すると性転換するウイルスの話

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

性転換タイムマシーン

廣瀬純一
SF
バグで性転換してしまうタイムマシーンの話

勇者再び!!

奈落
SF
TSFの短い話です

【VRMMO】イースターエッグ・オンライン【RPG】

一樹
SF
ちょっと色々あって、オンラインゲームを始めることとなった主人公。 しかし、オンラインゲームのことなんてほとんど知らない主人公は、スレ立てをしてオススメのオンラインゲームを、スレ民に聞くのだった。 ゲーム初心者の活字中毒高校生が、オンラインゲームをする話です。 以前投稿した短編 【緩募】ゲーム初心者にもオススメのオンラインゲーム教えて の連載版です。 連載するにあたり、短編は削除しました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

処理中です...