ヴァイオレント・ノクターン

乃寅

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六月

Mission1 大和の従妹

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──六月、雨が多くジメジメとした季節だ。
陰暦では水無月みなづき、グレゴリオ暦でいうと一年で六番目の月だ。

「暑ぃ~……ジメジメする~……」
「……雨は冷たいのだけれどね」

そう言ってなぎさは傘の内側から手を出した。
ひんやりとした冷たさをまとった雨が彼女の白い手を濡らす。

「なら傘を差さずに歩くか?」
「いや……風邪引いたら大変だから止めよう」

直巳なおみの提案に首を横に振った。
濡れながら歩くのも気持ちよさそうだが風邪を引いたら大変だろう。
特に俺たちは学生戦闘員として戦っており、隊員が一人でも欠けたら大変なのだから。

「別に雨に濡れても風邪は引かんよ。体温が下がって免疫力が落ちて、風邪を引くってだけであってな」

神崎かんざきさんはそう俺たちに説明をする。
彼女は博識だ。その知識と技術で任務ミッションをサポートする。

「それにしても日本ってずうっと雨が降るんですのね……」

俺の後ろでベアトリクスは物珍しそうに降りしきる雨を見ている。

「ドイツじゃ降らないの?」
「いえ、ドイツでも降りますわ。でも一日中雨っていうのはなくて降ったり止んだり、晴れたり曇ったりの繰り返しですから。降り続けるのは珍しいですわ」
「へぇ、随分と気まぐれな天気なんだね」

あとで調べてみたがドイツでは特に四月は天気が変わりやすいらしい。
そのためドイツではころころと変わる天気のことを“四月の天気アプリルヴェッター”というくらいだ。

「まあ、住んでいれば慣れますわ」
「……ねぇ、東条くん」

俺の隣を歩いていたもりさんが肩を叩き、足を止める。
それに足を止めると彼女は一点をゆっくりと指差した。

「あそこ、東条とうじょう先生が誰かと話してる」

そこには白衣をまとった女性がいた。
姉さんだ。後ろ姿とはいえ、白衣と艶のある黒髪ですぐに判った。

「ホントだ。姉さん、誰と話して──……」

俺は彼女が話している相手の顔を見て、思わず固まった。
そして次の瞬間には彼女・・の元へと駆けていた。

つぐみ……!?」

姉さんとの会話を中断し、彼女は俺の方を見た。
そして「久し振りだね」とだけ言ってどこか寂しそうに、微かに笑った。

「なんでここに……!?」
「伯父さんのお陰で。それにしても初めてヘリに乗ったよ」

そう言えば俺もこの管轄地区に入る際にヘリに乗った。
──ここ、イージス管轄地区はテロリストの侵入や攻撃に備えて町全体を囲う様にして白い巨大な壁が屹立している。

「東条くん、いきなり駆け出してどうしたの?」
「あ、大和クンのお友達の方々ですか?初めまして、大和クンの従妹の東条とうじょうつぐみです」

そう名乗ると彼女は皆に一礼する。

「まさか紙越町がこんな風になってたなんて……虚構フィクションの出来事みたい」
「……残念だけど全部現実だよ」

俺も最初町に帰ってきた時には絶句した。ここが紙越町なのか疑った。
けれど疑ったところで事実がなかったことになるわけでもないのだと思い知った。

「それよりも鶫、なんでここに?」
「大和クンが心配で。伯父さんに電話したら『来てもいい、迎えは送る』って言ったから」
「父さん、なんで内緒に……サプライズ?」
「いや、ただ単に伝え忘れただけだと思うわ。あの人、そういうところがあるし……」

姉さんはそう言って苦笑する。
確かに父さんは厳格そうな見た目とは裏腹に意外と物忘れをしたりする。
鶫が紙越に来るというのを俺たちに伝えなかったのもそういうことなのだろう。

「そうそう……大和クン、元気にしてた?雨とかで風邪引いてない?」

彼女は傘を持ったままぐいぐいと寄って、そう俺に問うた。
そのせいで俺の持つ傘が後方へと押されて雨を遮るものがなくなる。
お陰で俺は雨に直に打たれることになった。

「引いてないけど……このままじゃ風邪を引きそうです」
「あ、ごめん」

そう言って彼女は傘ごと俺から離れる。
やれやれ。俺は雨を遮る傘を差し直す。

「……というか鶫は心配性すぎるよ。俺は元気だし、こっちに来て風邪は引いてないよ」
「ならいいんだけど……」
「へぇ、大和。いい人じゃない、鶫さんって」
「うん……」

俺は頷いた。
鶫は良くできた性格の持ち主だ。誰にでも優しく、平等に接する。
その優しさは才能と言っても過言ではない。

「あ、そうだ……家帰ったらやりたいことがあるんだった。先に帰ってるね」

そう言って俺は小走りでその場から去る。
突然その場から消えた俺を皆姿が見えなくなるまで不思議そうに見ていた。

「やりたいことってなんだろ?」
「さぁな、十代の男子らしくコンピュータゲームじゃないか?」
「……多分やりたいことはないと思いますよ」

鶫は静かにそう言った。
その声は雨でかき消されそうだったが皆の耳には辛うじて届いた。

「え?」
「この場から去る口実だと思います」
「なんでヤマトがそんなことを……」

その行動をとる必要性を皆考え始める。
しかし答えは出ないまま鶫の口から皆の耳へと伝えられた。

「大和クンが紙越に帰って来たのは……私のせいですから」
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