ヴァイオレント・ノクターン

乃寅

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兵革の五月[May of Struggle]

Mission25 湯船にて語らう②

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「いやぁ~……いい湯だなぁ……」

俺の隣で直巳が気持ちよさそうにそう言った。
普段よりも熱めのお湯でのぼせそうだが温かくて気持ちがいい。

「ああ……疲れてたけど風呂に入ったらなんか疲れが薄れた気がするよ……」
「疲労回復にも効果があるみたいだからね」

俺たちの前にいる青年はそう言うと心地よさから「ふぅ」と息を漏らした。

「……あれ、なんで環さんが湖城家ここにいるんでしたっけ?」
「ほら、和平を済ませて両家の交流が許される様になって……姉さんと来たんだよ」

環さんの姉……確か文香さんだ。
雰囲気的なものは親族だからなのか湖城先生に似ている女性だ。

「ああ……そうでしたね、せっかくだから裸の付き合いでもして親睦を深めようってのが目的でしたっけ」
「そう。それにしてもいいお湯だね。地下から湧いてていつでも入り放題っていうのも羨ましい……」

彼は湯を軽く手で掬いながらそう言った。
片手だけで掬ったので湯は指の隙間から零れ落ちていく。

「あれ、流城家は湧いてないんですか?」
「16年くらい前までは湧いてたんだけどね。震災で枯渇してしまったんだ」
「ああ……それは残念ですね……」

彼の言う震災というのは2011年の東日本大震災のことだろう。
世界銀行の推計だと自然災害による経済損失額が史上一位とされている最悪の大災害だ。

「ああ。だからいつもはその後に取り付けられたジェットバスに入っているんだ。それも悪くないんだけれど……やっぱりお風呂は温泉がいい」

そう彼はしみじみと言った。
普段はジェットバスに入っているのか。それも悪くなさそうだ。
けれど温泉に浸かりながら心地よさそうに肩までしっかりと浸かっている彼を見ると温泉の方が好きなのだということが知れた。

「それならこれからは湖城家に入りに来れるじゃないっスか。よかったっスね」
「ああ、好きな時に入りに来るといい。いつでも入りたい時に入れるのが温泉の長所だからね」

そう言って基綱さんは微笑んだ。

「うん……これまで険悪だった分、それを取り戻すためにも入りに来るよ」
「ああ。楽しみに待ってるよ」

微笑みを向けられた環さんも釣られて微笑む。
色々とあったが和平が成立してよかった。俺たちも和平を協力した甲斐があるというものだ。

『大丈夫!?七菜!』

そんな時、この風呂場を二分する木塀の向こう側から叫びに近い声が聞こえてくる。
この声は……藍川先輩か。女湯がなんだか騒がしい。

「……ん?七菜さんがどうしたんだろ……」
「なんだか騒がしいがなにかあったのかい?」

声を張って基綱さんは塀の向こうに問いかける。
すると湖城先生が彼の問いに答えた。

「ああ。七菜が少しのぼせてしまってな、藍川さんに冷やさせに行ってもらった」
「ふむ……のぼせたのか。そういや僕たちも入ってから結構時間が経った。そろそろ出るとしようか」

基綱さんの言葉に俺たちは頷いた。
確かに俺も軽く頭に血が上っている様な感じがしてきたところだ。
これ以上浸かっていては七菜さん同様にのぼせることになりそうだと彼は判断して言ったのだろう。
俺たちは脱衣所で身体に付いた水滴を拭い、着替えると縁側に座った。

「ふぅ、涼しくて気持ちいいな……」

熱めの湯で温められた身体を撫でる様に吹く風が心地よい。

「ああ。なんか飲みモンが欲しくなってくるな」
「それならばなにか取ってこよう。確か冷蔵庫にいくつか冷たい飲み物があった筈だ」

おもむろに立ち上がると基綱さんは取りに行く。
俺たちも行こうとしたが彼に「涼んでいてくれ」と言われたので俺たちはここで待つこととする。

「……ん。ちょっとトイレ行ってくる」
「ああ」

基綱さんが戻るのを待っていると直巳はそれだけ言って歩いて行った。
俺はしばらく一人で涼んでいると一人の人物がこちらへと歩いてきた。
七菜さんだ。彼女は右に左にふらふらとよろめきながら歩いていた。

「七菜さん、大丈夫ですか?」
「ん……」

彼女は微かに頷くがその千鳥足を見ていて大丈夫そうには見えない。
肩を貸そうと立ち上がろうとしかけた時だった。

「え、ちょ、ちょっと七菜さん……!大丈夫ですか……!?」
「ごめん……ちょっと横にさせて……」

彼女は倒れると立ち上がろうとした俺の太腿へと頭を乗せた。
つまり膝枕だ。彼女は俺の太腿の上に頭を乗せると小さく息を吐いた。

「しばらく横になってれば多分楽になると思うから……」
「ああはい、勿論いいですけど……」

こういったことは恋仲である男女がやることなのでは、と思ったが下は固い床だ。
床の上で寝かせるわけにもいかない。俺はしばらく太腿を彼女に貸すことにする。

「……だいぶ楽になってきた、ありがと……」
「そうですか、よかった」

しばらく夜風に当たってのぼせも治まってきたのだろう。
けれど彼女は俺の太腿からは頭をどかさないで乗せたままだった。

「……ねえ、もう少しこのままでいい?」
「ああはい。俺の太腿でよければ」

彼女は「……ありがと」と小さく笑うと太腿に頭をもっと預けてきた。

「……ありがとね。警備に来てくれて、それに敵討ちも手伝ってくれて」
「あれは……七菜さんと同じでせっかくの会議を台無しにしたあいつらに腹が立ちましたから」
「お陰で胸がスッとしたよ。両家の不和も冗談みたいにあっという間に終わったし……」

二世紀も冷戦状態だったというのにまさか一晩で、しかも俺たちが寝ている間に終わるなんて思ってもいなかった。

「はい、まさかお祖母さんが和平を認めるなんて……」
「……うん、昔の人間だし、頑固だから無理だろうなって思ってたのに……」

孫の考えに触れて、多様的な考えができる様になったのだろうか。
それとも彼女自身も不和が嫌だけれど自分から和平をするとは言えずになにかしらの契機を求めていたのだろうか。
どちらにせよ二世紀続いた冷戦はようやく終結したのだ。

「……君たちがいてくれてよかった。これで町全体の不和もそのうち……」
「……はい」

町全体の不和の近因となっていた両家の関係が修復されたお陰で徐々に町の不和も消えていくことだろう。
遠い日になるかもしれないけれどこの町にいつか真の安寧が訪れるだろう。

「おーい、七菜ー。コーヒー牛乳があったよー、飲むー?」
「ああはい、ありがとうございます」

藍川先輩はカフェオレの入った瓶を数本、胸に抱えてやってきた。
その後を追う様に基綱さんと直巳がやって来る。

「直巳、遅かったね」
「トイレからの帰り道が判ンなくてな……ちょっと迷ったぜ」
「ああ、彷徨している様だったから共に来たというわけさ」

直巳の言う通りこの家は広いのでどこに手洗場があるか、そこに行けたとしても帰るのが困難だ。
基綱さんに途中で会わなければここまで戻って来られなかっただろう。

「どれ、涼むとしよう」

俺と七菜さんの他に直巳と藍川先輩と基綱さんを加えて、縁側で夜風に吹かれることとする。
その後他の皆もやってきて騒がしく夜風に吹かれることとなった。
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