ヴァイオレント・ノクターン

乃寅

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兵革の五月[May of Struggle]

Mission3 湖城家①

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「さて……着いたわね」

乗り物酔いで永劫とも思える苦しさとの戦いに終わりを告げる言葉が車内に響く。
その声を聞いた瞬間に俺と北見さんは車から真っ先に降りた。

「はぁ~……空気が美味しい……!」
「ボクたちは戦いに勝った……!」

精一杯肺を澄み切った空気で満たそうとする。
そうすると酔いが徐々に和らいでいく。

「はは……よかったね」
「マジで辛そうにしてたもんな。2人ともよかったな」

拓海姉と直巳も車から降りて、空気を全力で吸っている俺たちにそう言った。

「でも、確かにここの空気、美味しいかも……」

凛華がそう言う。
あまり酔っていなかった彼女がそう言うのだからきっとここの空気は普通に美味しいのだろう。
そんな時、俺たちの乗っていた車の前方に停めてある黒ワゴン車から黒髪青眼の白皙の美少女が降りてくる。

「あれ、東条くんも一颯ちゃんも顔色が悪いね。酔ったの?」

彼女──もり美波みなみは心配そうな目でこちらを見ている。
俺たち全員で

「ああ……ちょっと、ね……」
「前から見てたよ、ヤマト。メチャクチャな運転だったね」
「ああ。あれは酔って当然だろうな」

森さんに続いてレイと神崎かんざきさんも車から降りる。
──俺たちは全員合わせて13人だ。
湖城こじょう先生はこの人数を乗せられる車を手配しようとしたらしいができずに二つに分かれて車に乗ることになった。
前の黒ワゴン車を運転していたのは湖城先生だ。彼女の運転は至って普通だった。その証拠に降りてきた人の中で酔っていそうな人間は誰1人としていない。

「さて、先に行っていてくれ。荷物を持ったらすぐに行く。七菜、彼らの案内を任せた」

黒ワゴンの運転席から降りた1人の女性がそう言った。
黒いワークキャップにサングラス、迷彩柄のジャケットと黒タンクトップ、ジャケット同様迷彩柄のパンツ、タクティカルブーツ……そして首にかけられたドッグタグ。
その装いはまるで鬼教官だ。弾帯を前で交差させる様に巻いて、両手にサブマシンガンでも持たせれば似合いそうだ。
湖城先輩に聞けば「あれがゆずちゃん(湖城先生の下の名前)の私服」だそうだ。

「……判った」

こくりと頷くと湖城先輩は俺たちに「……ついてきて」と短く言って先導する様に駐車場から歩き始める。
彼女は黒い長髪を後ろで結っており、歩く度にそれが揺れるのが見えた。

「……大きいですね」

俺は数十メートル先に見える家を見てそう言った。
湖城先輩は歩きながらちらりと目線をやる。

「……田舎だし、昔の家だからね」
「や、七菜……田舎の家でもここまで大きな家は滅多にないと思うよ」

藍川先輩がそう言う。
若干ひび割れている築地塀ついじべいに囲われる様にして、その中央に鎮座している純和風の邸宅──
彼女曰く湖城家の所有する土地の坪数は3000坪くらいあるらしい。所有している土地を惜しみなく広々と使って建てられたのであろう家は開いた口が塞がらなくなるほどに大きい。
湖城家は武術の名家だと聞いてはいたがここまで大きな家だとは思わなかった。
家の大きさも敷地の広さも他の家に比べて遥かに凌駕している。

「へぇ……ニッポンの家ってこうなってるんだ」

家の中に入るとレイは辺りを興味深そうに見回しながらそう言った。

「そういえばレイちゃんは日本の文化が好きなんだっけ」
「うん。ニッポンのカルチャーって面白いからね。マンガとかアニメとかも。ニッポンの建物とかの歴史を感じさせる感じも好きだよ」

レイはそう嬉々として言う。
日本人としては日本の文化を喜んでもらえるのは嬉しいことだ。

「……ここが寝室ね。ここの襖で男女に分けられる」

そう言って左右端に寄せられている襖を軽く動かしてみせる。

「えー?別に俺ぁ、雑魚寝でもいいですけど?」
「君の様な禽獣と同じ寝室で寝られるものか」

神崎さんがそう氷点下の視線を向け、いかにも「無理だ」と言う様な表情を浮かべる。
禽獣って。辛辣すぎる。

「じょ、冗談だって……ンな、冷たい目で見るなって」
「冗談には見せなかったがな。……まぁいい」
「……ああそうだ。伯母さんたちが今ご飯作ってるから、手伝ってくる」

湖城先輩はそう言って部屋から出て行く。
しかし部屋から出て1歩目で止まって、俺たちの方へと振り向く。

「……できたら呼ぶね」
「あ、アタシも手伝うよ。七菜」
「……大丈夫です。お客さんに手伝わせるわけにはいきませんから」

そう丁寧に断ると彼女はそのまま廊下を歩いて行った。

「七菜、張り切ってたなぁ」

その後ろ姿を見て、藍川先輩はそう言った。

「え、そうなんですか?」

とてもそうは見えなかった。彼女はあまり表情を変えたりしないから。
けれど今俺たちの中で付き合いが最も長いのは藍川先輩だろう。
そんな彼女なら湖城先輩の機微も判るのだろう。

「うん。長年悪かった両家の仲が改善するかもしれないせっかくのチャンスが巡ってきたんだもん。そりゃあ嬉しいし、改善するために張り切りもするよ」
「それもそうか……良くなるといいですね」
「うん。それでとりあえず……暇だし、昼食ができるまでなにしよっか?」
「あ、それならあたしトランプ持ってきてます」

レイはそう言って鞄からトランプを取り出す。

「それじゃあ彼女が戻ってくるまで時間を潰せそうね」
「よーし、いっちょゲームに興じるとしますか」

俺たちは様々なトランプゲームでしばらくの間暇を潰していた。
大富豪、神経衰弱、ページワン……皆様々なトランプゲームについて知っていた。
──そしてババ抜き。

「あっ、またババ……!」

ジョーカーを引いてしまったのかレイは「しまった」という様な表情を浮かべる。

「そういうのは引いても顔に出さない方がいいんじゃなかったかしら?」
「……レイには無理な話だ」

渚の指摘に神崎さんがそう言ってくすりと微笑む。
確かにレイは隠し事とかが向いていないタイプの人間だ。

「それにしても姉さんと神崎さん、結構強いね……」
「まぁこれでも科学者の端くれだから。人情の機微に触れるのは得意なのよ」
「ああ。瞬き、癖、目線……それらから選ぶべきカードを判断することは容易だ」

事実、彼女たちはこれまでに一度もジョーカーを引いていない。
最初からジョーカーを持っていたとしても上手く誘導し、相手に引かせている。
彼女たち2人がババ抜き世界大会にでも行ったなら余裕で大勝を博せるだろう。

「……失礼いたします。お食事が出来上がりました」

着物に身を包んだ女性が静かに障子を開けて、ゲームに興じていた俺たちにそう報告をする。
湖城家の女中さんだ。この家に入ってから既に数人見かけている。

「ああはい。判りました」
「ではお茶の間まで案内させていただきます」

俺たちは準備をすると女中さんに先導されてお茶の間まで行く。
……それにしても広い家だ。どこになんの部屋があるのか覚えられない。
もしトイレにでも行ったなら元の場所に戻って来られなさそうだ。それくらいに広い。

「……あ、来たね」

茶の間に入ると既に湖城先生と先輩、2人とも座っていた。
そして2人以外に食卓を囲んでいる人々も俺たちの姿を見るなりぺこりと軽く会釈をした。
俺たちもそれに応じる様に会釈をする。

「うむ、これで全員揃ったな。とりあえず君たちも座ってくれ」
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