ヴァイオレント・ノクターン

乃寅

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兵革の五月[May of Struggle]

Mission2 打ち上げ、そして湖城家へ

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──さて、俺たちが車に乗ってどこに向かっているのか……それについて話そう。
時は神機破壊任務ミッションの打ち上げまで遡る。

「……それならよかった。よしよかったらウチに来てくれると助かる」

──直巳の母さんの店である“カフェ・サンクトゥス”で打ち上げをしていると|湖城|《こじょう》先輩がそう俺たちに言ったのだ。

「……?湖城先輩の家、ですか」
「そ。七菜ななの家」

湖城先輩に若干隠れるための物陰にされている藍川あいかわ麻季まき先輩が俺の確認に対してそう答えた。

「来てくれたら食べたいものをなんでも取り寄せるって」
「マジっすか!そんじゃあ俺は……」
「がっつくなよ、直巳。でも、いきなりどうして?」

遠慮なしに食べたいものを言い出しそうな直巳を制し、俺はそう問うた。
『来てくれると助かる』ということは俺たちが行くことで彼女になにかしらのメリットがあるからだろう。

「そこからは七菜に説明してもらうよ。七菜」
「うぅ……説明するんですか……?あんまり説明するのは得意じゃないんですけど……」

藍川先輩の背後に半分隠れていた湖城先輩がそう言って彼女の陰から出てくる。

「……説明するよ」

彼女は俺たちの隣の空いている席に座り、店員さんの持ってきた水で一度口を湿らせてからそう言った。

「……湖城こじょう家にはいくつか分家があって、その1つと仲が悪いんだ」
「……親戚同士の不和、ですか?」
「……うん。やっぱり君に言って正解だった」

彼女は少し緊張感を緩ませ、そう言った。

「俺にですか?」
「そう。東条くんも結構大きな家でしょ?絶対親戚同士の不和はあるだろうなって思って。七菜ん家も結構大きい家でね、お金持ちの家同士話しやすいんじゃないかって思って東条くんたちに話そうって七菜に提案したの」

確かにウチも親戚同士の不和はある。
親戚同士の付き合いというのは実に面倒なものだ。親戚にしろ近所にしろ付き合いのない世界に生まれたかったと何度思ったことか。

「……それで過去に何度か仲を直そうとしたんだけど両家の当主同士がお互いに激しく嫌い合ってるせいで全部失敗してる。それから長い間仲を直そうとはせずにお互い知らん顔をしたままの状態だったんだ」
「……まぁ、無理に構う必要なんてないでしょうし、それが一番でしょうね」

無理に親密でいるよりも疎遠でいた方がお互いに気が楽だろう。

「……そうだけど、嫌ってるのは両家の当主同士ってだけで別に両家は険悪なまま疎遠でいたい訳じゃないんだ。そこでなんとか両家とも当主を説得して話し合いに漕ぎ着けた。これまでは話し合いさえも許してくれなかったんだ」
「へぇ、それじゃあその話し合いで仲直りできるかもしれないんですね」
「そ。なんでも湖城家ってかなりの名家らしくて、両家の不和が町全体に結構大きな影響を与えているんだっけ」
「……はい、本当に町の人には申し訳ないです……」

町に影響を与えるくらいの名家とは相当なものだろう。
自分たちの不和のせいで町に悪影響を与えているのならそれは針のむしろに座らされている気分だろう。
我が家は流石に町に影響を及ぼすほど親戚と仲が悪い訳ではないが湖城先輩のその心中ん想像するのは容易かった。

「そこで君たちに七菜が依頼したいってわけ」
「依頼ですか……?」
「そう。イージスの戦闘員数名による警備をね」

警備だって?

「……両家の話し合いはかなりの大規模になる。過去に暗殺未遂事件もあるくらいにね。その会場は町のホテルの会議室を使って行う予定なんだ。そして君たちには両家の護衛を頼みたい」
「確かに身辺警護も個人がイージス戦闘員に依頼できる業務の1つではあるが……私たちはまだ結成して間もない部隊だ。護衛を頼むならば実力のある部隊の方がいいんじゃないのか」

神崎さんがそう言う。
それもそうだ。俺たちはまだ結成して1ヶ月経っていない真新しい部隊なのだ。

「もちろん考えなしに君たちに依頼しようとしてるわけじゃないよ。七菜もアタシもね」
「……それに最初に君たちに依頼しようとしたのはわたしでも麻季さんでもない」
「……?それじゃあ誰が?」
「私だ」

ヒールで床を叩く音と共に女性の声がする。
俺たちは側面を向くとレディスーツに身を包んだモデルの様な女性がこちらへと歩いてくる。

「湖城先生……」

彼女は俺たちの前でぴたりとその歩みを止める。
湖城こじょうゆず──イージス学園の教師の1人だ。
170センチはある長身とスリムでありながらも豊満な胸を持つ彼女はモデルの様だが、切れ長の涼やかな目と隙のなさからその雰囲気はまるで歴戦の軍人だ。

「私が今回の親族会議中における警備を依頼することを提案した」
「湖城先生が?どうして……」

そういえば湖城先生と湖城先輩は従姉妹だったっけ、と思い出した。

「君たちは前回の任務ミッションにおいて最も功績を挙げたからだ。真新しい部隊にも関わらず隊長2名を無力化し、神機を撃破した──」

改めて考えると新たな部隊である俺たちがあれだけの功績を挙げられたのは奇跡ではないかと思ってしまう。
次に似た様なミッションがあったとしてもそこまで功績を挙げられる気がしない。

「──その功績を見て私個人として君たちにはイージスにおける様々な業務を経験させておきたいと思ってな」
「それで身辺警護を?」
「ああ。もちろん報酬は払う。頼まれてくれるだろうか?」

湖城先生がそう言った。
俺が一瞬逡巡していると藍川先輩が「あ、そうそう」と思い出した様に手をぽんと打った。

「湖城先生、さっき彼らに言ったんですけど食べたいものとかなんでも取り寄せるんですよね?」
「ああ。注文してくれればなんでも取り寄せよう。例えば……そうだな、滅多に食べられない超人気スイーツとかな」
「……スイーツですって?」スイーツっ!」「スイーツだと!?」

渚、レイ、神崎さんの3名がスイーツという単語に食い付いた。

「あと、我が家には美肌効果のある温泉が湧いているんだ。それに好きなだけ入ってくれて構わない」
「……美肌?それに温泉……!」「Hot spring!」「温泉だと……!?」

再び3人が食い付く。
レイに至っては母語が出ている。
しかし女性陣の人身をスイーツ、美肌、温泉の三拍子で掌握するとは。湖城先生、恐るべし。

「それに4月から神機とり合って君たちは自分自身が思っている以上に疲れが溜まっているはずだ。私たちの生まれ故郷は穏やかだからな。きっとリフレッシュできるはずだ。どうだ、依頼を引き受けてくれるか?」
「全員OKみたいですし……はい、大丈夫です」

彼女たちの町は紙越とは違ってテロ組織が町を占拠していたりとかはなさそうだ。
それならば久々にテロや戦いとは無縁の時間を過ごせるだろう。
それにGWはどうせどこにも出かける予定はなかったのだ。それならば身辺警護について経験しておくのも悪くないだろう。

「そうか、よかった。ああそうそう、他に誘いたい人がいるならば遠慮なく誘ってくれて構わない」

──こうして俺たちは身辺警護という業務を経験、4月のミッションによる疲れを癒すという目的で彼女たちの町へと向かっていた。
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