ヴァイオレント・ノクターン

乃寅

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濫觴の四月[April of Beginning]

Mission36 撤退中の3人

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紙越町GR占領地上空──
蹂躙されつくした無秩序な町を翳らせる機影があった。
ティルトローターだ。主翼の右側には黒ずくめの男が立っていた。

〈──商店街にあった神機は破壊されてしまったか〉
「ええ。ですが、新たなチップ所持者が判ったのは非常に大きな収穫です」

黒ずくめの男、志熊司はそう耳に取り付けた無線機の向こう側の人間に報告する。

〈ああ。アームズメイカーにいた研究開発部の部長……彼が作り出した24個のチップ。俺たちの悲願達成には全て要る〉
「ええ。そうですね」
〈それはそうと志熊、商店街の兵たちにはそこから撤退する様に言っておいてくれ〉
「了解です」

そう言って無線機から声は聞こえなくなる。

「それにしてもオレを負かしたあいつ……あいつもチップ持ちだったのか」

無線通信を終えると彼の右脇に抱えられている少女、速水沙々は言った。

「ああ。ただでさえイージスにはチップ持ちが多いのに……厄介な人間が増える」
「厄介ィ?オレとしては新しい楽しみができて嬉しいけどな」

そう言ってにやりと笑う。
それを聞いてやれやれと志熊は呆れる。

「君みたいな戦闘狂の考えは理解できないよ」
「戦いは楽しいだろ?で、敵を倒して勝つのがオレの行動原理って言っても過言じゃねえからな」
「そのくせ勝てなかったのはどういうことかな?」
「うるせえ。手加減したンだよ、て・か・げ・ん」

志熊の言葉にそう反論する。

「お前だって手加減したンじゃねえのか?お前の液体金属兵装リキッドメタル・アームズとやらなら勝てただろ」
「…………」

速水沙々の追加の反論に志熊は噤んだ。
それに満足し、言葉を続ける。

「まぁいいや。次からは手加減しなくてよさそうだって判ったしな。久々に大暴れできそうだ。次会ったらチップ持ちなのはイージスだけじゃねぇってこと、教えてやるよ」
「……沙々さん、その状態でカッコよさそうなセリフを言ってもダサいだけですよ」

志熊の左脇からそう声がする。
否、正確には志熊の左脇に抱えられた少女、太刀花優希からだ。
気絶から回復した彼女は開口一番、そう言った。

「あぁ!?てか、志熊、そろそろ降ろせよ!足ついてない状態で飛んでンの怖いんだよ!」
「お仕置きだって言ったろ?イタタ……殴るなって。余計危ないよ」

速水沙々は志熊の腹を両手で殴る。
しかし姿勢が姿勢なので本気で殴れない。
それでもサイボーグ化している彼女のパンチは常人のものに比べて相手にかなりのダメージを与えられるはずだが志熊は「痛い」と言うだけで痛がる素振りは見せない。

(相変わらずすっげぇ力……オレが暴れても片腕だけで押さえつけてるんだもんな)

──戦闘力も自分以上だ。
本来ならば第1部隊隊長の座は速水沙々ではなく、彼だろう。
GRの部隊は戦闘力のある部隊から順に第1部隊、第2部隊……と置かれている。
けれど彼はイージスを裏切ったばかりの人間であるため、GR総統としては優れた力を持っていてもGRそしきへの忠誠心を見るために第2部隊に配置されている。

「それにしても……次のミッションで“神殺しの少女”を見つけられるといいんだけれど」
「ああ確かそいつはまだどこの勢力にもついてないみたいだしな。しかもメチャクチャえぇみたいだし……会いたいぜ」
「……でも、管轄地区に入ってから姿が見えないんですよね?」

太刀花優希の言葉に志熊は2秒ほど間を置いてから「ああ」と言った。

「……もうかなり時間が経つ。イージスに保護されてしまったと考えるのが一番か……」
「へぇ?じゃあもしかしたら敵として戦えるってことか?」
「ワクワクして言うなよ……ただでさえチップ所持者が増えて困っているのに……」

溜め息を吐き、今後について考える。

〈もうすぐ“基地”に着きます〉

──無線機を介した短い報告。ティルトローターの操縦者からだ。

「ああ。判った」

志熊がそう返すとぷつりと切れる。
彼は彼らの“基地”とやらが近付くとようやく2人を離した。

「ふぅ、やぁっと離してくれたな……」
「次は負けない様にね」

志熊はそう軽く戒める。

「勿論さ。チップ持ちがチップ持ちに遠慮をする理由がねえからな」
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