ヴァイオレント・ノクターン

乃寅

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濫觴の四月[April of Beginning]

Mission1 帰郷

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 ──東京での生活はいつまで経っても慣れなかったな。

 俺──東条とうじょう大和やまとはそんなことを思いながら車窓を眺め、溜め息を吐いた。生ぬるい息が窓を白く曇らせた。
 窓外には田園が広がっている。あとは古民家が少しあるだけで典型的な田舎といった感じだ。

「……やっぱ人間、地元が一番なんだな」

 俺以外誰もいない車内でそう独り言ちた。
 中学時代を東京で過ごした俺は日々心のどこかで虚しさを感じていた。
 東京は誰もがせわしい日々を過ごし、余裕がある様には見えなかった。
 俺はその中で生活をするうちに息苦しいと感じる様になった。
 そんな生活に疲れた俺に父さんは『高校からは地元である紙越町かみごえちょうに住んだらどうだ』と提案し、俺はそうすることに決めた。

『まもなく沼松ぬままつ、終点です』

 俺は思わず「え」と洩らした。
 俺の聞き間違いでなければ今『終点は沼松』だとアナウンスされた。

(あれ……紙越駅まで行かないのか……?)

 この電車は前に乗った時、紙越町も通っていたはずだ。
 電車が停車し、扉が開くと俺は降りた。

「あ、すみません。あの電車って紙越町も通ってましたよね?」

 俺は駅員である男性の元まで歩み、そう問うた。
 彼は一瞬眉をひそめ、「君、もしかして紙越町出身かい?」と問うた。
 問うたのに逆に問われるとは思いもしなかった。
 けれど俺は「はい」と頷くと「……そうか」と残念そうな顔でそう言った。

「……?なにかまずいことが?」
「ああ。紙越町は……いや、私の口から言えん」

 駅員さんは帽子のツバを持ったまま横を向いた。
 ……一体なんなんだ?俺がいない間になにかが起こったのか?

「町が、なんですって?」

 俺はもう少し駅員さんに尋ねることにした。
 なにかが起こったのだとしたらそれを知らないままにしておくのは気持ちが悪い。
 彼は再び向き直り、「君はその町に帰るのかい?」と問うた。

「はい。どうにかして帰りたいんですけど……」
「やめておけ」

 やや食い気味に彼は俺にそう言った。
 俺が町に帰ることで自身が不利益を被ることにでもなるのだろうか。

「……はい?」
「紙越町に行くのはやめておけ。君のためだ」

 ……俺のため?

「と言われましても……僕も帰りたいんですよ、帰れないと困るんです」

 その言葉に駅員さんは一度溜め息を吐いてから「判った」と返事をした。

「君が町に行くのはもう止めない。だが、そこになにがあったとしても──生きてくれ」
「生きる……?もちろんです」
「よし、なら君にこれを渡す。返さなくていい。絶対に生きてくれ」

 そう言って彼は俺に黒い棒を渡した。
 長さは50センチくらいだろうか。まるで小さな剣の様だ。

「……これは?」
放電警棒スタンバトン。防犯用に置いてあるものだ。君が握ってる近くにボタンがある。それを押すと相手を気絶させられる」
「なんでそんなものを……」

 俺の手にはそんな武器が握らされていると知り、思わず落としそうになった。

「今の紙越に足を踏み入れるのならばそれは絶対に必要だからだ。銃でもあれば一番いいんだが……さすがに駅にそんなものは置いてないしね」
「銃ッ!?……一体なにが……」
「このまま駅を出て北に進んでいけば紙越町に入る。そこまでバスやタクシーはないからね。着くまでそれはしまっておいた方がいいだろう。そんなものを持って歩いていたら間違いなく捕まるだろうからね」

 それじゃあ、と彼は無理やり話を切り上げてどこかへと行った。
 まるで面倒ごとに巻き込まれるのは御免とでも言うかの様だ。

「……ホントになにがあったんだろう」

 まだまだ聞きたいことはあったが彼からはこれ以上なにかを聞き出せそうにない。
 俺は彼の言う通り、紙越町まで歩いた。
 春になったとはいえ、まだまだ寒い。コートを着ていて正解だった。

(結構歩いたな……1時間くらい経ったかな)

 スマホで現在の時刻を見ると15:35と表示されている。
 ふと空を見ると鈍色の空が広がっている。雨でも降ってきそうだ。

「……?あれは……」

 歩いていると緑色のフェンスバリケードが進路を塞いでいた。

(塞がれてる……でも地図は確かにここを通れって……)

 俺はスマホをいじって地図を表示する。
 けれど迂回路らしい迂回路もない。紙越町へと行くにはここを通るしかないだろう。
 俺は進路を遮るそれに手をかけ、先へと進んだ。

(なんか罪悪感が凄いな……もし誰かに見つかったら……)

 わざわざバリケードで塞いでいたということは通ってはいけない場所だということだ。
 そんな場所にいるところを誰かに見られたらなにを言われるか判ったものじゃない。
 けれどこのバリケードから徐々に住宅や店の数が減っていっている。
 更に人の気配も一切しない。幽霊都市ゴーストタウン化したのだろうか。

 ──なんだか不気味だ。

 俺は思い出した様にバックパックに入れたスタンバトンを取り出した。
 改めて握ってみると重厚な見た目とは裏腹に軽い。

(これが必要になるって……俺がいない3年間で紙越になにが……?)

 既に紙越に入ったが町に人がいる様な気配はない。
 元々そこまで活気のある町でもないし、人もそこまでいない。
 けれど今の紙越は異常なくらいの人の気配がない。

(……試しにマンションに入ってみよう)

 俺はなんとなく近くにあったマンションに入ってみた。
 どういうわけか屋上まで開放されていて、俺は慎重に屋上へと出て、町の様子を見た。

「──え……?」

 ここではない遠く、距離にすると1キロくらい先だろうか。
 思わず息を呑んだ。ありえない景色が広がっていたからだ。
 広がっていた景色は田舎町特有の長閑な田園と山、密集していない住宅や店……ではなく、倒壊した家屋、荒れ果てた田園、焼けた山──そして町の中央に穿たれた大穴だった。
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