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*外伝*【リリーside】もっとあなたが好きになる
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甘い花の香りがする。
花びらが散らされたベッドを他人事のように眺めながら、リリーはソファでセリーヌが煎れてくれたハーブティーを飲んでいた。
戻ってこられたことが嬉しくて、頭がいっぱいで理解できていなかったが――、今日は、クロードとの結婚式だったのだ。
祝賀会のあと、クロードよりも先に部屋に戻ったリリーは、セリーヌに風呂に押し込められ、薔薇の香油をせっせと体に塗りこめられた。
そして、体の線が透けるほど薄い夜着に着替えさせられたが、風邪を引くといけないからとその上にガウンを羽織らされた。
セリーヌはハーブティーを煎れたあと「何かあれば呼んでくださいね」と言い残してさっさと部屋を出て行ってしまったのだ。
(結婚式……、だったのよね)
先ほどこの世界に戻って来たばかりだからか、まったく自覚がないが、――ベッドの上に散らされた花びらや、漂う香油の香り、ガウンの下の薄い夜着を思い出すと、今更ながらにじわじわと顔が熱くなってくる。
つまりは――、そういうことだ。
(どうしよう……)
リリーはティーカップをテーブルの上におくと、両手で頬をおさえた。
もうじきクロードが来る。今日、夫となったクロードが来るのだ。
(どうしようどうしようどうしよう……)
クロードとの婚約が決まったとき、夜のマナーはそれなりに教えてもらったはずだが、正直言って覚えていない。
母のヴァージニアは笑いながら「頭で覚えたところで全然役になんて立たないんだから、殿方に任せていればいいのよ」なんて言っていたが、本当だろうか。
というか、緊張と羞恥で気絶しないでいる自信がない。
せめて一週間――、いや、三日でもいい。心の準備期間がほしかった。
リリーはソファの上のクッションを取ると、膝に抱えて顔をうずめる。
今日からこの部屋で、毎日一緒にクロードと眠るのだと思うと、ドキドキして心臓が壊れそうだ。
(お酒、飲んでおけばよかった……)
リリーは酒が弱いが、もしも酔っていたら、もう少し気が楽だっただろうか。
気を遣ったクロードが、すすめられる酒をすべてかわりに飲んでくれたらか、リリーは一滴も酒を口にしていなかった。
「部屋にお酒、あったかしら……?」
リリーがクッションから顔をあげて、クロード用の寝酒が用意されていないか探してみようと立ち上がったときだった。
ガチャリと前触れなく部屋の扉が開いて、リリーは飛び上がりそうになった。
「リリー、悪い。遅くなったな」
そう言いながら入ってきたクロードを見て、リリーの鼓動が大きく跳ねる。
風呂に入ってきたのだろう、まだほんの少し湿った髪をかき上げながら歩いて来たガウン姿のクロードは、いつもと違いどこか無防備で、それでいて少し色っぽくて、リリーの脳は沸騰しそうになる。
あうあうと言葉も発せられずにおろおろするリリーのそばまで歩いて来たクロードは、茹蛸のように真っ赤になっているリリーを抱きしめて、はーと息を吐きだした。
「やっと二人きりになれた……」
ぎゅうっと力強く抱きしめられて、リリーはクロードの腕の中で硬直する。
「会いたかった。お前が戻って、本当によかった」
リリー、とささやくように呼ばれて、リリーの目に、一度は引っ込んだはずの涙が盛り上がる。
会いたかった。
リリーも、ずっとクロードに会いたかった。
戻って来てすぐ結婚式にパレードに祝賀会と続いて、ゆっくり感動に浸る暇もなかったけれど、クロードの腕の中で、ようやく戻ってこられたのだと喜びをかみしめた。
トクトクと聞こえてくるクロードの鼓動が、たまらなく嬉しい。
おずおずとクロードの背中に手を回すと、クロードはなおも強く抱きしめてくる。
あれほど恥ずかしくて、どうしようもなく緊張して、少し逃げ出したいさえ思ったのに、クロードに抱きしめられると無性に安心してしまい、リリーは彼の腕の中で目を閉じる。
号泣するほどではなかったが、じわじわとあふれる涙に、ぐすんと鼻を鳴らしていると、また泣いているのかとクロードに笑われた。
「……甘い香りがするな。香油か?」
首元に顔をうずめられて、リリーはビクッと肩を揺らした。
「えと、えっと、これは……」
「言わなくてもわかる、セリーヌだろう。……いい香りだ」
「う……」
顔を真っ赤に染めて、ぎゅっと体に力を入れたリリーを、クロードは突然抱き上げた。
「え?」
ひょいと抱え上げられたリリーは、クロードの腕の中できょとんと目を丸くする。
クロードが笑って、
「寝ようか」
と告げた瞬間、リリーの思考回路はフリーズした。
花びらが散らされたベッドを他人事のように眺めながら、リリーはソファでセリーヌが煎れてくれたハーブティーを飲んでいた。
戻ってこられたことが嬉しくて、頭がいっぱいで理解できていなかったが――、今日は、クロードとの結婚式だったのだ。
祝賀会のあと、クロードよりも先に部屋に戻ったリリーは、セリーヌに風呂に押し込められ、薔薇の香油をせっせと体に塗りこめられた。
そして、体の線が透けるほど薄い夜着に着替えさせられたが、風邪を引くといけないからとその上にガウンを羽織らされた。
セリーヌはハーブティーを煎れたあと「何かあれば呼んでくださいね」と言い残してさっさと部屋を出て行ってしまったのだ。
(結婚式……、だったのよね)
先ほどこの世界に戻って来たばかりだからか、まったく自覚がないが、――ベッドの上に散らされた花びらや、漂う香油の香り、ガウンの下の薄い夜着を思い出すと、今更ながらにじわじわと顔が熱くなってくる。
つまりは――、そういうことだ。
(どうしよう……)
リリーはティーカップをテーブルの上におくと、両手で頬をおさえた。
もうじきクロードが来る。今日、夫となったクロードが来るのだ。
(どうしようどうしようどうしよう……)
クロードとの婚約が決まったとき、夜のマナーはそれなりに教えてもらったはずだが、正直言って覚えていない。
母のヴァージニアは笑いながら「頭で覚えたところで全然役になんて立たないんだから、殿方に任せていればいいのよ」なんて言っていたが、本当だろうか。
というか、緊張と羞恥で気絶しないでいる自信がない。
せめて一週間――、いや、三日でもいい。心の準備期間がほしかった。
リリーはソファの上のクッションを取ると、膝に抱えて顔をうずめる。
今日からこの部屋で、毎日一緒にクロードと眠るのだと思うと、ドキドキして心臓が壊れそうだ。
(お酒、飲んでおけばよかった……)
リリーは酒が弱いが、もしも酔っていたら、もう少し気が楽だっただろうか。
気を遣ったクロードが、すすめられる酒をすべてかわりに飲んでくれたらか、リリーは一滴も酒を口にしていなかった。
「部屋にお酒、あったかしら……?」
リリーがクッションから顔をあげて、クロード用の寝酒が用意されていないか探してみようと立ち上がったときだった。
ガチャリと前触れなく部屋の扉が開いて、リリーは飛び上がりそうになった。
「リリー、悪い。遅くなったな」
そう言いながら入ってきたクロードを見て、リリーの鼓動が大きく跳ねる。
風呂に入ってきたのだろう、まだほんの少し湿った髪をかき上げながら歩いて来たガウン姿のクロードは、いつもと違いどこか無防備で、それでいて少し色っぽくて、リリーの脳は沸騰しそうになる。
あうあうと言葉も発せられずにおろおろするリリーのそばまで歩いて来たクロードは、茹蛸のように真っ赤になっているリリーを抱きしめて、はーと息を吐きだした。
「やっと二人きりになれた……」
ぎゅうっと力強く抱きしめられて、リリーはクロードの腕の中で硬直する。
「会いたかった。お前が戻って、本当によかった」
リリー、とささやくように呼ばれて、リリーの目に、一度は引っ込んだはずの涙が盛り上がる。
会いたかった。
リリーも、ずっとクロードに会いたかった。
戻って来てすぐ結婚式にパレードに祝賀会と続いて、ゆっくり感動に浸る暇もなかったけれど、クロードの腕の中で、ようやく戻ってこられたのだと喜びをかみしめた。
トクトクと聞こえてくるクロードの鼓動が、たまらなく嬉しい。
おずおずとクロードの背中に手を回すと、クロードはなおも強く抱きしめてくる。
あれほど恥ずかしくて、どうしようもなく緊張して、少し逃げ出したいさえ思ったのに、クロードに抱きしめられると無性に安心してしまい、リリーは彼の腕の中で目を閉じる。
号泣するほどではなかったが、じわじわとあふれる涙に、ぐすんと鼻を鳴らしていると、また泣いているのかとクロードに笑われた。
「……甘い香りがするな。香油か?」
首元に顔をうずめられて、リリーはビクッと肩を揺らした。
「えと、えっと、これは……」
「言わなくてもわかる、セリーヌだろう。……いい香りだ」
「う……」
顔を真っ赤に染めて、ぎゅっと体に力を入れたリリーを、クロードは突然抱き上げた。
「え?」
ひょいと抱え上げられたリリーは、クロードの腕の中できょとんと目を丸くする。
クロードが笑って、
「寝ようか」
と告げた瞬間、リリーの思考回路はフリーズした。
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