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帰還
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はーっと吐く息が白い。
遥香がリリーと入れ替わって、約三か月がたった。
クロードとの結婚式が一か月後に迫り、遥香はかねてから決められていた通り、グロディール国の城へと居を移した。
結婚にあたり、長く侍女を務めてくれていたアンヌは、グロディール国に連れてこないことになった。
アンヌは一緒に行きたがったが、両親の暮らす親元から離れて隣国へついてきてもらうわけにもいかない。
夢の中のリリーと書置きなどでやり取りした末、遥香は一人で隣国へ向かうことに決めた。
「最近、急に寒くなりましたわね」
遥香がグロディール国に移り、侍女を買って出てくれたのは、前回リリーが一月ほどこの国に滞在した時に侍女を務めてくれたセリーヌだった。
おいおい侍女の数を増やす手はずになっているが、知らない人間に取り囲まれると遥香が困るだろうとクロードが気を遣って、しばらくは、そばにはセリーヌだけ、必要に応じてセリーヌからほかの使用人に指示が飛ぶようにしてくれた。
そのセリーヌであるが、遥香が国で困らないようにと、クロードは遥香とリリーが入れ替わったのだと説明したため、彼女だけは遥香がリリーでないことを知っている。
最初は半信半疑だったセリーヌも、三日もたてば、遥香とリリーの所作の違いに気がついたのだろう、納得したらしかった。
リリーでない遥香にも、変わらずに親切にしてくれ、気を遣ってくれる彼女は、本当にいい人だと思う。
暖炉に薪を入れて、朝食前にハーブティーを煎れてくれる。
朝食時はいつもクロードが、続き扉からこの部屋に来るから、彼と一緒に食べることになっていた。
そう――、遥香の部屋とクロードの部屋は、壁にある部屋続きの扉でつながっている。ここは王太子妃の部屋だった。
「今日は、結婚式の手順の確認と下見に、大聖堂に行かれるのでしょう?」
セリーヌの煎れたハーブティーを彼女と一緒に飲みながら、遥香は小さく頷いた。
結婚式、と聞くと、遥香の胸が苦しくなる。
あれから、どうにかして完全に元の世界に戻る方法がないかと探しているが、まだわからずじまいだった。
弘貴が引っかかった、ホフマンの日記の一文。
――正午、同じ魂を持つ者同士が同じ行動を取ることで、同じ時空は呼びかけに応じだ。
この「同じ時空」が鍵だと推測した弘貴が、「時空」とは何なのかを探っているが、答えはまだ出ていない。
ホフマンの日記や著書を読み漁っているクロードも、謎めいた文が多すぎてよくわからないと言っていた。
(戻れるのかな……)
仕事は、これ以上迷惑はかけられないから、弘貴を通じて派遣会社へ契約更新なしでと伝えた。
家からほどんどでないリリーは、今のところうまくやっているようだが、一生このままでいられるはずもない。
遥香だって――、クロードと結婚して、彼の妻として、王太子妃として生きていく自信はなかった。
(弘貴さん……)
弘貴は遥香を元気づけるためか、毎日のように書置きでメッセージを残してくれる。夢の中でそれを読むたび、遥香は弘貴に会いたくて仕方がなくて、彼を思ってどうしても朝は気分が沈んでしまった。
ハーブティーを飲み終えたころ、朝食が運ばれてくると、続き扉からクロードが顔を出した。
テーブルの上に並んだ朝食メニューに満足そうに頷いて、彼が席に着く。
「今日は前にお前が美味しいと言っていたかぼちゃのポタージュを用意させたんだ」
結婚式が近づくにつれて遥香が不安になっていくことを知っているのだろう。クロードは明るく言って、遥香にかぼちゃのポタージュを勧めてくる。
それがわかっているから、遥香は無理やり笑顔を作った。
「ありがとうクロード」
いただきますと手を合わせてスプーンを手に取った遥香を見て、クロードがホッとしたように笑う。
この人を心配させないためにも、落ち込んでばかりいないできちんとリリーのかわりを務めようと、遥香はこっそりと反省した。
遥香がリリーと入れ替わって、約三か月がたった。
クロードとの結婚式が一か月後に迫り、遥香はかねてから決められていた通り、グロディール国の城へと居を移した。
結婚にあたり、長く侍女を務めてくれていたアンヌは、グロディール国に連れてこないことになった。
アンヌは一緒に行きたがったが、両親の暮らす親元から離れて隣国へついてきてもらうわけにもいかない。
夢の中のリリーと書置きなどでやり取りした末、遥香は一人で隣国へ向かうことに決めた。
「最近、急に寒くなりましたわね」
遥香がグロディール国に移り、侍女を買って出てくれたのは、前回リリーが一月ほどこの国に滞在した時に侍女を務めてくれたセリーヌだった。
おいおい侍女の数を増やす手はずになっているが、知らない人間に取り囲まれると遥香が困るだろうとクロードが気を遣って、しばらくは、そばにはセリーヌだけ、必要に応じてセリーヌからほかの使用人に指示が飛ぶようにしてくれた。
そのセリーヌであるが、遥香が国で困らないようにと、クロードは遥香とリリーが入れ替わったのだと説明したため、彼女だけは遥香がリリーでないことを知っている。
最初は半信半疑だったセリーヌも、三日もたてば、遥香とリリーの所作の違いに気がついたのだろう、納得したらしかった。
リリーでない遥香にも、変わらずに親切にしてくれ、気を遣ってくれる彼女は、本当にいい人だと思う。
暖炉に薪を入れて、朝食前にハーブティーを煎れてくれる。
朝食時はいつもクロードが、続き扉からこの部屋に来るから、彼と一緒に食べることになっていた。
そう――、遥香の部屋とクロードの部屋は、壁にある部屋続きの扉でつながっている。ここは王太子妃の部屋だった。
「今日は、結婚式の手順の確認と下見に、大聖堂に行かれるのでしょう?」
セリーヌの煎れたハーブティーを彼女と一緒に飲みながら、遥香は小さく頷いた。
結婚式、と聞くと、遥香の胸が苦しくなる。
あれから、どうにかして完全に元の世界に戻る方法がないかと探しているが、まだわからずじまいだった。
弘貴が引っかかった、ホフマンの日記の一文。
――正午、同じ魂を持つ者同士が同じ行動を取ることで、同じ時空は呼びかけに応じだ。
この「同じ時空」が鍵だと推測した弘貴が、「時空」とは何なのかを探っているが、答えはまだ出ていない。
ホフマンの日記や著書を読み漁っているクロードも、謎めいた文が多すぎてよくわからないと言っていた。
(戻れるのかな……)
仕事は、これ以上迷惑はかけられないから、弘貴を通じて派遣会社へ契約更新なしでと伝えた。
家からほどんどでないリリーは、今のところうまくやっているようだが、一生このままでいられるはずもない。
遥香だって――、クロードと結婚して、彼の妻として、王太子妃として生きていく自信はなかった。
(弘貴さん……)
弘貴は遥香を元気づけるためか、毎日のように書置きでメッセージを残してくれる。夢の中でそれを読むたび、遥香は弘貴に会いたくて仕方がなくて、彼を思ってどうしても朝は気分が沈んでしまった。
ハーブティーを飲み終えたころ、朝食が運ばれてくると、続き扉からクロードが顔を出した。
テーブルの上に並んだ朝食メニューに満足そうに頷いて、彼が席に着く。
「今日は前にお前が美味しいと言っていたかぼちゃのポタージュを用意させたんだ」
結婚式が近づくにつれて遥香が不安になっていくことを知っているのだろう。クロードは明るく言って、遥香にかぼちゃのポタージュを勧めてくる。
それがわかっているから、遥香は無理やり笑顔を作った。
「ありがとうクロード」
いただきますと手を合わせてスプーンを手に取った遥香を見て、クロードがホッとしたように笑う。
この人を心配させないためにも、落ち込んでばかりいないできちんとリリーのかわりを務めようと、遥香はこっそりと反省した。
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