上 下
130 / 145
つかの間の…

3

しおりを挟む
 ドーリッヒ・ホフマンの孫娘であるシュリーの営む花屋は、城下の東にある商店の並ぶ一角にあり、小さいながらも活気のある店だった。

 店頭には可愛らしい草花の寄せ植えが並んでいる。

 クロードはシュリーに事前に行くと伝えていたそうで、午後の昼下がり、客足が減る時間を見計らって店に向かえば、三十半ばだろうと思われる丸顔の愛嬌のある女性がにこやかに出迎えてくれた。

「おじいちゃんのお話を聞きたいっていうのはあなたたち?」

 身分を明かしていないためか、シュリーはクロードと遥香に気さくに話しかけてくれる。

 店の奥にある小さなテーブルを勧められて、遥香たちが腰を下ろせば、シュリーはすぐに香りのいいローズティーを煎れてくれた。

「それで、おじいちゃんの何が知りたいの?」

 クロードは城から持って来たホフマンの本をテーブルの上においた。

「実は、あなたのおじいさんが研究していた、夢の世界についてお聞きしたいんです」

 すると、シュリーは途端にくすくすと笑いだした。

「ああ、ごめんなさい。でも、夢って聞くとおかしくって。おじいちゃんったら、昔っから、夢の中には別の世界があるって言って、その話をすると長かったから! もしかしてあなたたちも夢の世界を信じている人?」

「ええ……、まあ」

 遥香が言葉を濁すと、シュリーはまだ笑いながら、

「そうねぇ、夢の中に別の世界があったら、それは素敵なんでしょうけど。残念ながら、わたしのはその辺の話はさっぱりなのよ。だって夢なんてめったに見ないし」

「そうなんですか……」

 これは手掛かりになりそうなことは何もないかもしれないと、遥香が肩をすくませると、クロードがその肩を軽く叩きながら話を続ける。

「おじいさんは、夢の世界についてなんと?」

「んん? そうねぇ……、夢の中にはこの世界と全然違う世界があって、その世界には自分とそっくりなもう一人の自分がいるんですって。わしはそこに行ったことがあるって言っていたわねぇ。おばあちゃん以外、誰も信じてなかったけど」

「おじいさんがその夢の世界に行ったという話について、詳しく覚えていますか?」

「うーん、そうねぇ。その話を聞いていたのは小さいころだったし、正直はっきりとは覚えていないわ……。おばあちゃんのことを本当に愛していて、会いたかったから戻ってこれたんだ、なんて言っていたけど……」

 自分の祖父ながら可愛いと思っちゃうわねぇ――、とシュリーは笑いながら、ローズティーを一口すすり、それから思い出したように顔をあげた。

「そうだ。ちょっと待っていてくれる?」

 シュリーは席を立つと店の奥へ向かって、しばらくして一冊の古い本を持って戻って来た。

「これ、おじいちゃんの日記なの。おじいちゃんが死んだあと、捨てるに捨てれなくって取っておいたんだけど、夢の世界のことばっかり書いてあって正直よくわからなくって。よかったら差し上げるわ。夢のことについてはわたしはお役に立てないけど、これなら少しは役に立つんじゃないかしら?」

「いいんですか?」

 遥香が目を丸くして分厚い日記帳を受け取れば、シュリーは笑顔で頷いた。

「ええ。うちにおいていても、倉庫の奥で埃を積もるだけだし。捨てるには忍びないけどあっても困っていたのよね。もらってくれると嬉しいわ」

 遥香は一度クロードと顔を見合わせたのち、礼を言って日記帳を受け取った。

 帰り際に、小さなコスモスのブーケを買って、遥香たちはシュリーの花屋をあとにする。

 帰りの馬車の中で、クロードは日記帳の表紙を撫でながら、「手がかりがあるといいな」とつぶやいた。
そのつぶやきが淋しそうで、遥香は城につくまでの短い時間のあいだ、クロードの手にそっと手を重ねたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

【完結】4人の令嬢とその婚約者達

cc.
恋愛
仲の良い4人の令嬢には、それぞれ幼い頃から決められた婚約者がいた。 優れた才能を持つ婚約者達は、騎士団に入り活躍をみせると、その評判は瞬く間に広まっていく。 年に、数回だけ行われる婚約者との交流も活躍すればする程、回数は減り気がつけばもう数年以上もお互い顔を合わせていなかった。 そんな中、4人の令嬢が街にお忍びで遊びに来たある日… 有名な娼館の前で話している男女数組を見かける。 真昼間から、騎士団の制服で娼館に来ているなんて… 呆れていると、そのうちの1人… いや、もう1人… あれ、あと2人も… まさかの、自分たちの婚約者であった。 貴方達が、好き勝手するならば、私達も自由に生きたい! そう決意した4人の令嬢の、我慢をやめたお話である。 *20話完結予定です。

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...