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つかの間の…
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ドーリッヒ・ホフマンの孫娘であるシュリーの営む花屋は、城下の東にある商店の並ぶ一角にあり、小さいながらも活気のある店だった。
店頭には可愛らしい草花の寄せ植えが並んでいる。
クロードはシュリーに事前に行くと伝えていたそうで、午後の昼下がり、客足が減る時間を見計らって店に向かえば、三十半ばだろうと思われる丸顔の愛嬌のある女性がにこやかに出迎えてくれた。
「おじいちゃんのお話を聞きたいっていうのはあなたたち?」
身分を明かしていないためか、シュリーはクロードと遥香に気さくに話しかけてくれる。
店の奥にある小さなテーブルを勧められて、遥香たちが腰を下ろせば、シュリーはすぐに香りのいいローズティーを煎れてくれた。
「それで、おじいちゃんの何が知りたいの?」
クロードは城から持って来たホフマンの本をテーブルの上においた。
「実は、あなたのおじいさんが研究していた、夢の世界についてお聞きしたいんです」
すると、シュリーは途端にくすくすと笑いだした。
「ああ、ごめんなさい。でも、夢って聞くとおかしくって。おじいちゃんったら、昔っから、夢の中には別の世界があるって言って、その話をすると長かったから! もしかしてあなたたちも夢の世界を信じている人?」
「ええ……、まあ」
遥香が言葉を濁すと、シュリーはまだ笑いながら、
「そうねぇ、夢の中に別の世界があったら、それは素敵なんでしょうけど。残念ながら、わたしのはその辺の話はさっぱりなのよ。だって夢なんてめったに見ないし」
「そうなんですか……」
これは手掛かりになりそうなことは何もないかもしれないと、遥香が肩をすくませると、クロードがその肩を軽く叩きながら話を続ける。
「おじいさんは、夢の世界についてなんと?」
「んん? そうねぇ……、夢の中にはこの世界と全然違う世界があって、その世界には自分とそっくりなもう一人の自分がいるんですって。わしはそこに行ったことがあるって言っていたわねぇ。おばあちゃん以外、誰も信じてなかったけど」
「おじいさんがその夢の世界に行ったという話について、詳しく覚えていますか?」
「うーん、そうねぇ。その話を聞いていたのは小さいころだったし、正直はっきりとは覚えていないわ……。おばあちゃんのことを本当に愛していて、会いたかったから戻ってこれたんだ、なんて言っていたけど……」
自分の祖父ながら可愛いと思っちゃうわねぇ――、とシュリーは笑いながら、ローズティーを一口すすり、それから思い出したように顔をあげた。
「そうだ。ちょっと待っていてくれる?」
シュリーは席を立つと店の奥へ向かって、しばらくして一冊の古い本を持って戻って来た。
「これ、おじいちゃんの日記なの。おじいちゃんが死んだあと、捨てるに捨てれなくって取っておいたんだけど、夢の世界のことばっかり書いてあって正直よくわからなくって。よかったら差し上げるわ。夢のことについてはわたしはお役に立てないけど、これなら少しは役に立つんじゃないかしら?」
「いいんですか?」
遥香が目を丸くして分厚い日記帳を受け取れば、シュリーは笑顔で頷いた。
「ええ。うちにおいていても、倉庫の奥で埃を積もるだけだし。捨てるには忍びないけどあっても困っていたのよね。もらってくれると嬉しいわ」
遥香は一度クロードと顔を見合わせたのち、礼を言って日記帳を受け取った。
帰り際に、小さなコスモスのブーケを買って、遥香たちはシュリーの花屋をあとにする。
帰りの馬車の中で、クロードは日記帳の表紙を撫でながら、「手がかりがあるといいな」とつぶやいた。
そのつぶやきが淋しそうで、遥香は城につくまでの短い時間のあいだ、クロードの手にそっと手を重ねたのだった。
店頭には可愛らしい草花の寄せ植えが並んでいる。
クロードはシュリーに事前に行くと伝えていたそうで、午後の昼下がり、客足が減る時間を見計らって店に向かえば、三十半ばだろうと思われる丸顔の愛嬌のある女性がにこやかに出迎えてくれた。
「おじいちゃんのお話を聞きたいっていうのはあなたたち?」
身分を明かしていないためか、シュリーはクロードと遥香に気さくに話しかけてくれる。
店の奥にある小さなテーブルを勧められて、遥香たちが腰を下ろせば、シュリーはすぐに香りのいいローズティーを煎れてくれた。
「それで、おじいちゃんの何が知りたいの?」
クロードは城から持って来たホフマンの本をテーブルの上においた。
「実は、あなたのおじいさんが研究していた、夢の世界についてお聞きしたいんです」
すると、シュリーは途端にくすくすと笑いだした。
「ああ、ごめんなさい。でも、夢って聞くとおかしくって。おじいちゃんったら、昔っから、夢の中には別の世界があるって言って、その話をすると長かったから! もしかしてあなたたちも夢の世界を信じている人?」
「ええ……、まあ」
遥香が言葉を濁すと、シュリーはまだ笑いながら、
「そうねぇ、夢の中に別の世界があったら、それは素敵なんでしょうけど。残念ながら、わたしのはその辺の話はさっぱりなのよ。だって夢なんてめったに見ないし」
「そうなんですか……」
これは手掛かりになりそうなことは何もないかもしれないと、遥香が肩をすくませると、クロードがその肩を軽く叩きながら話を続ける。
「おじいさんは、夢の世界についてなんと?」
「んん? そうねぇ……、夢の中にはこの世界と全然違う世界があって、その世界には自分とそっくりなもう一人の自分がいるんですって。わしはそこに行ったことがあるって言っていたわねぇ。おばあちゃん以外、誰も信じてなかったけど」
「おじいさんがその夢の世界に行ったという話について、詳しく覚えていますか?」
「うーん、そうねぇ。その話を聞いていたのは小さいころだったし、正直はっきりとは覚えていないわ……。おばあちゃんのことを本当に愛していて、会いたかったから戻ってこれたんだ、なんて言っていたけど……」
自分の祖父ながら可愛いと思っちゃうわねぇ――、とシュリーは笑いながら、ローズティーを一口すすり、それから思い出したように顔をあげた。
「そうだ。ちょっと待っていてくれる?」
シュリーは席を立つと店の奥へ向かって、しばらくして一冊の古い本を持って戻って来た。
「これ、おじいちゃんの日記なの。おじいちゃんが死んだあと、捨てるに捨てれなくって取っておいたんだけど、夢の世界のことばっかり書いてあって正直よくわからなくって。よかったら差し上げるわ。夢のことについてはわたしはお役に立てないけど、これなら少しは役に立つんじゃないかしら?」
「いいんですか?」
遥香が目を丸くして分厚い日記帳を受け取れば、シュリーは笑顔で頷いた。
「ええ。うちにおいていても、倉庫の奥で埃を積もるだけだし。捨てるには忍びないけどあっても困っていたのよね。もらってくれると嬉しいわ」
遥香は一度クロードと顔を見合わせたのち、礼を言って日記帳を受け取った。
帰り際に、小さなコスモスのブーケを買って、遥香たちはシュリーの花屋をあとにする。
帰りの馬車の中で、クロードは日記帳の表紙を撫でながら、「手がかりがあるといいな」とつぶやいた。
そのつぶやきが淋しそうで、遥香は城につくまでの短い時間のあいだ、クロードの手にそっと手を重ねたのだった。
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