夢の中でも愛してる

狭山ひびき@バカふり160万部突破

文字の大きさ
上 下
72 / 145
婚約式

6

しおりを挟む
 ヴァージニアと国王、祖父、コレットが立ち去ると、遥香は控室の窓から見える聖堂の裏庭に視線を落としていた。

 色とりどりの花が植えられているが、どこか落ち着いた雰囲気の裏庭は、婚約式の開始時刻が迫るにつれて緊張してきた遥香の心を落ち着けくれる。

 誓約書にサインをして、婚約指輪を指にはめてもらい、退場した後は馬車で城下町を一周する。そして城に戻って、夜に舞踏会が開かれる予定だった。

 遥香はそっと左手の薬指に視線を落とした。何もはまっていないこの指に、クロードが指輪をはめてくれことを想像すると、顔が熱くなる。

 婚約者であったことは間違いないが、少し曖昧だった婚約が、今日、確固たるものになるのだ。

「リリー様、クロード王子がいらしています」

 アンヌに教えられて、遥香は顔をあげた。

 青と金の刺繍が入った、式典用の白の襟詰めの服に身を包んだクロードが、扉からまっすぐこちらへ歩いてくる。

「よく似合うな」

 装いを褒められて、遥香は赤くなった。

「クロード王子も……、よく、お似合いです」

「ありがとう」

 クロードは遥香のそばの椅子に腰を下ろすと、遥香の手を取った。手のひらを開かせて、その上に小さな箱をおく。

「指輪だ。……俺の、他界した母―――前王妃の指輪だ」

 遥香は驚いて目を丸くした。

 クロードが箱を開くと、海の底のような深い青をした大きな宝石が輝く指輪が姿を現す。青い石の周りには小粒のダイヤがあしらわれており、遥香の小さな指には、少々石が大きすぎるように見えるが、リングのサイズは遥香に合わせて調整したようで、クロードが試しに遥香の指に通すと、ぴったりとはまった。

「逃げられないぞ」

「え?」

「婚約式で、こうしてお前の指にこの指輪をはめたら、もうお前は逃げられない」

 クロードは、まるで遥香を試すように言う。

 重量感のある指輪を見下ろして、遥香が言葉に迷っていると、クロードにその指輪を指からそっと抜き取られた。

「逃げたいか?」

 遥香は抜き取られた指輪を追うように視線を動かし、クロードを見上げた。クロードの目を見ながら、無言で首を横に振ると、どこかホッとしたようにクロードが笑う。

「リリー、俺は、俺の婚約者がお前で、よかったと思っている」

 クロードは指輪を小箱に戻し、ぎゅっと握りしめながら言った。

「お前はぼんやりしていて、とろいし、鈍いし、すぐ泣くし、頼りなくて内向的でどうしようもないが、俺はほかの誰でもなく、お前がいい」

 遥香は息を呑んだ。照れたような、それでいて少し怒っているようにも見えるクロードの顔を見上げていると、じんわりと目が潤んでくる。

「泣くな。頼むから。……俺では、化粧が直せない」

 こくこくと頷いて、遥香が泣くのを我慢していると、ゆっくりと抱きしめられる。

「お前はどうしようもなく頼りないから、俺が隣で支えていてやる。だから、あまり不安がるな」

「はい……」

 クロードの腕の中で、遥香が小さく返事をすれば、ほめるようにポンポンと背中を叩かれた。

 やがて、婚約式の開始時刻が近くなり、侍女が呼びに来ると、クロードは立ち上がって遥香に手を差し出した。

「行こうか、リリー」

 ――俺が隣で支えていてやる。

 クロードのその言葉を胸に、遥香は頷く。

「はい」

 クロードの手を取ることに、もう、何の不安もなかった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します

大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。 「私あなたみたいな男性好みじゃないの」 「僕から逃げられると思っているの?」 そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。 すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。 これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない! 「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」 嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。 私は命を守るため。 彼は偽物の妻を得るため。 お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。 「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」 アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。 転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!? ハッピーエンド保証します。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

処理中です...