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暗闇の抱擁
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こうなったら計画を立てなくちゃと、上機嫌でアリスが部屋を出て行ってしばらくして、クロードが部屋にやってきた。
その手にはオートミールの粥が入った皿があり、クロードはベッドサイドの椅子に腰を下ろすと、遥香に粥を差し出す。
オートミール粥を受け取りながら、遥香は表情が強張っているように見えるクロードを見つめた。
「今日は、ご迷惑をおかけして、本当にごめんなさい」
遥香が改めて謝罪を口にすると、クロードは高く足を組み、椅子の背もたれに頬杖をついてふんぞり返った。
「まったくだ」
フン、と鼻を鳴らすが、声のトーンは優しい。
寝る支度をしてきたようで、夜着の上にガウンを羽織っているだけというくつろいだ格好なので、いつもかっちりした服を着ているクロードとは印象が異なり、少し変な感じがする。品がいいことには間違いないのだが、なんというか、格好が違うだけで威圧感が半減していた。
「ほら、冷めないうちに食べろ」
「はい。……いただきます」
遥香はスプーンですくって粥を口に運んでいたが、三口ほど食べたところで、ふと手を止めた。
「そういえば……、どうして、わたしが湖にいるってわかったんですか?」
「湖に何か浮かんでいるのが見えたんだ」
「何か……?」
「白い、何かだったと思うが。それを確かめるのは忘れていたな」
もしかしたら、遥香がかぶっていた帽子かもしれない。小屋に入る前に入り口のところにかけておいたのだが、風で飛んで湖に落ちたのだろうか。
「……そんな、小さなものを見つけて、湖まで来てくれたんですか?」
土砂降りの中、そんな不確かな手掛かりだけで来てくれたのかと思うと、泣きたくなるような感動が胸の中に広がっていく。
「た、たまたまだ!」
クロードはふいっとそっぽを向いてしまったが、その頬がほんのり赤くなっていることに気づいて、遥香は目を見張った。
(この人でも、照れたりするのね)
いつも自信たっぷりで狼狽えることなんてなさそうに見えるのに。
そういえば、遥香を助けに来てくれたクロードは、いつになく動揺していたように見えた。遥香を抱きしめた腕も、力がこもっていたけれど微かに震えていたように思う。
(やだ、なんだか恥ずかしくなってきちゃった……)
抱きしめられた感触を思い出して遥香が顔を染めてうつむいていると、クロードが一つ咳ばらいをした。
「ほら、早く食べろ」
「え、ええ……」
遥香は思い出したクロードの腕の感触を振り払うように、無心になって粥を口に運ぶ。
「もう大丈夫なんだろう?」
「はい、もう寒くありませんし、大丈夫です」
オートミール粥を食べ終えると、クロードがその皿を持って立ち上がる。
「熱は、出てないな?」
「え?」
遥香が顔をあげた途端、上体をかがめたクロードの額がコツンとぶつかった。
近づいた体温と、クロードが使っているトワレだろうか、シトラス系の香りがふわっと香って、遥香の思考が停止する。
「よし、熱はないな」
満足そうに頷くと、クロードは遥香の頭をポンとひと撫でして身を翻した。
「早く寝ろよ。おやすみ」
クロードが部屋を出て行くと同時に、遥香はぽすんとベッドに突っ伏した。おそらく、耳まで赤くなっているだろう。
「急に、近づかないで……」
びっくりして、心臓がバクバクしている。
枕を掴んで顔をうずめた遥香は、先ほど香ったシトラス系の香りを思い出して、そのままの体勢で考え込んだ。
どこかで嗅いだことのある香りだった。
(……気のせい、かしら?)
頭の隅に引っかかったが、香りを思い出すとクロードの体温まで思い出しそうで、遥香はふるふると首を振って忘れることにした。
その手にはオートミールの粥が入った皿があり、クロードはベッドサイドの椅子に腰を下ろすと、遥香に粥を差し出す。
オートミール粥を受け取りながら、遥香は表情が強張っているように見えるクロードを見つめた。
「今日は、ご迷惑をおかけして、本当にごめんなさい」
遥香が改めて謝罪を口にすると、クロードは高く足を組み、椅子の背もたれに頬杖をついてふんぞり返った。
「まったくだ」
フン、と鼻を鳴らすが、声のトーンは優しい。
寝る支度をしてきたようで、夜着の上にガウンを羽織っているだけというくつろいだ格好なので、いつもかっちりした服を着ているクロードとは印象が異なり、少し変な感じがする。品がいいことには間違いないのだが、なんというか、格好が違うだけで威圧感が半減していた。
「ほら、冷めないうちに食べろ」
「はい。……いただきます」
遥香はスプーンですくって粥を口に運んでいたが、三口ほど食べたところで、ふと手を止めた。
「そういえば……、どうして、わたしが湖にいるってわかったんですか?」
「湖に何か浮かんでいるのが見えたんだ」
「何か……?」
「白い、何かだったと思うが。それを確かめるのは忘れていたな」
もしかしたら、遥香がかぶっていた帽子かもしれない。小屋に入る前に入り口のところにかけておいたのだが、風で飛んで湖に落ちたのだろうか。
「……そんな、小さなものを見つけて、湖まで来てくれたんですか?」
土砂降りの中、そんな不確かな手掛かりだけで来てくれたのかと思うと、泣きたくなるような感動が胸の中に広がっていく。
「た、たまたまだ!」
クロードはふいっとそっぽを向いてしまったが、その頬がほんのり赤くなっていることに気づいて、遥香は目を見張った。
(この人でも、照れたりするのね)
いつも自信たっぷりで狼狽えることなんてなさそうに見えるのに。
そういえば、遥香を助けに来てくれたクロードは、いつになく動揺していたように見えた。遥香を抱きしめた腕も、力がこもっていたけれど微かに震えていたように思う。
(やだ、なんだか恥ずかしくなってきちゃった……)
抱きしめられた感触を思い出して遥香が顔を染めてうつむいていると、クロードが一つ咳ばらいをした。
「ほら、早く食べろ」
「え、ええ……」
遥香は思い出したクロードの腕の感触を振り払うように、無心になって粥を口に運ぶ。
「もう大丈夫なんだろう?」
「はい、もう寒くありませんし、大丈夫です」
オートミール粥を食べ終えると、クロードがその皿を持って立ち上がる。
「熱は、出てないな?」
「え?」
遥香が顔をあげた途端、上体をかがめたクロードの額がコツンとぶつかった。
近づいた体温と、クロードが使っているトワレだろうか、シトラス系の香りがふわっと香って、遥香の思考が停止する。
「よし、熱はないな」
満足そうに頷くと、クロードは遥香の頭をポンとひと撫でして身を翻した。
「早く寝ろよ。おやすみ」
クロードが部屋を出て行くと同時に、遥香はぽすんとベッドに突っ伏した。おそらく、耳まで赤くなっているだろう。
「急に、近づかないで……」
びっくりして、心臓がバクバクしている。
枕を掴んで顔をうずめた遥香は、先ほど香ったシトラス系の香りを思い出して、そのままの体勢で考え込んだ。
どこかで嗅いだことのある香りだった。
(……気のせい、かしら?)
頭の隅に引っかかったが、香りを思い出すとクロードの体温まで思い出しそうで、遥香はふるふると首を振って忘れることにした。
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