上 下
55 / 145
暗闇の抱擁

6

しおりを挟む
 こうなったら計画を立てなくちゃと、上機嫌でアリスが部屋を出て行ってしばらくして、クロードが部屋にやってきた。

 その手にはオートミールのかゆが入った皿があり、クロードはベッドサイドの椅子に腰を下ろすと、遥香に粥を差し出す。

 オートミール粥を受け取りながら、遥香は表情が強張っているように見えるクロードを見つめた。

「今日は、ご迷惑をおかけして、本当にごめんなさい」

 遥香が改めて謝罪を口にすると、クロードは高く足を組み、椅子の背もたれに頬杖をついてふんぞり返った。

「まったくだ」

 フン、と鼻を鳴らすが、声のトーンは優しい。

 寝る支度をしてきたようで、夜着の上にガウンを羽織っているだけというくつろいだ格好なので、いつもかっちりした服を着ているクロードとは印象が異なり、少し変な感じがする。品がいいことには間違いないのだが、なんというか、格好が違うだけで威圧感が半減していた。

「ほら、冷めないうちに食べろ」

「はい。……いただきます」

 遥香はスプーンですくって粥を口に運んでいたが、三口ほど食べたところで、ふと手を止めた。

「そういえば……、どうして、わたしが湖にいるってわかったんですか?」

「湖に何か浮かんでいるのが見えたんだ」

「何か……?」

「白い、何かだったと思うが。それを確かめるのは忘れていたな」

 もしかしたら、遥香がかぶっていた帽子かもしれない。小屋に入る前に入り口のところにかけておいたのだが、風で飛んで湖に落ちたのだろうか。

「……そんな、小さなものを見つけて、湖まで来てくれたんですか?」

 土砂降りの中、そんな不確かな手掛かりだけで来てくれたのかと思うと、泣きたくなるような感動が胸の中に広がっていく。

「た、たまたまだ!」

 クロードはふいっとそっぽを向いてしまったが、その頬がほんのり赤くなっていることに気づいて、遥香は目を見張った。

(この人でも、照れたりするのね)

 いつも自信たっぷりで狼狽えることなんてなさそうに見えるのに。

 そういえば、遥香を助けに来てくれたクロードは、いつになく動揺していたように見えた。遥香を抱きしめた腕も、力がこもっていたけれど微かに震えていたように思う。

(やだ、なんだか恥ずかしくなってきちゃった……)

 抱きしめられた感触を思い出して遥香が顔を染めてうつむいていると、クロードが一つ咳ばらいをした。

「ほら、早く食べろ」

「え、ええ……」

 遥香は思い出したクロードの腕の感触を振り払うように、無心になって粥を口に運ぶ。

「もう大丈夫なんだろう?」

「はい、もう寒くありませんし、大丈夫です」

 オートミール粥を食べ終えると、クロードがその皿を持って立ち上がる。

「熱は、出てないな?」

「え?」

 遥香が顔をあげた途端、上体をかがめたクロードの額がコツンとぶつかった。

 近づいた体温と、クロードが使っているトワレだろうか、シトラス系の香りがふわっと香って、遥香の思考が停止する。

「よし、熱はないな」

 満足そうに頷くと、クロードは遥香の頭をポンとひと撫でして身をひるがえした。

「早く寝ろよ。おやすみ」

 クロードが部屋を出て行くと同時に、遥香はぽすんとベッドに突っ伏した。おそらく、耳まで赤くなっているだろう。

「急に、近づかないで……」

 びっくりして、心臓がバクバクしている。

 枕を掴んで顔をうずめた遥香は、先ほど香ったシトラス系の香りを思い出して、そのままの体勢で考え込んだ。

 どこかで嗅いだことのある香りだった。

(……気のせい、かしら?)

 頭の隅に引っかかったが、香りを思い出すとクロードの体温まで思い出しそうで、遥香はふるふると首を振って忘れることにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。 お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。 これからどうやって暮らしていけばいいのか…… 子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに…… そして………

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

悪役令嬢は毒を食べた。

桜夢 柚枝*さくらむ ゆえ
恋愛
婚約者が本当に好きだった 悪役令嬢のその後

処理中です...