42 / 145
好き
3
しおりを挟む
夕食前になると、遥香の体調はすっかりよくなっていた。
湖でとれた鱒をメインとした夕食を堪能し終えたあと、食後のワインを楽しみながら、アリスが湖であったことを話すのを聞いていた。
遥香はワインのかわりに、香辛料で香りづけし、沸騰させた赤ワインベースのホットジュースを堪能している。また酔って醜態をさらしてはいけないからだ。
「リリー、体調は本当に大丈夫?」
リリックが心配そうに訊ねる。
遥香はにっこりと微笑んで頷いた。
「ありがとう、兄様。少し休んだら平気になったわ」
「だから言ったじゃない、病気じゃないんだから心配する必要なんてないのよ」
「アリス、そういう言い方はないだろう」
「だって……」
リリックにたしなめられて、アリスは不貞腐れて赤ワインをあおった。遥香と違ってお酒に強い妹だが、それでも無茶な飲み方をするとよくない。
「アリス、一気に飲むと酔っちゃうわよ」
心配になって遥香が注意するが、機嫌が悪いのか、キッと睨まれてしまった。
「お姉様と一緒にしないでよ」
ふん、と鼻を鳴らして、アリスはグラスに注ぎたしたワインをまたあおる。
助けを求めるようにリリックを見たが、リリックも匙を投げてしまったようで、好きにさせておけと目で言われた。
困り果てていると、クロードが笑顔を浮かべてアリスに話しかけた。
「それで、さっきボートに乗ったと言っていたね。どうだったのかな? 風も穏やかだし、少し肌寒かったけど天気もよかったようだし、楽しめたかな」
話を振られて、不機嫌だったアリスは途端に機嫌を直した。
「ええ、とっても楽しかったわ! リリックがボートを漕いでくれて、湖を二周もしたんですよ!」
二周もつきあわされたのか。遥香は心の中でリリックに同情した。さぞ疲れたことだろう。
「そう。じゃあ、天気がよければ俺たちも行こうかな。ねえ、リリー?」
話を振られて、遥香はぎこちなく首を振った。クロードと二人きりで、どこにも逃げ場のない湖の上に二人きり。――正直言って、少し怖い。
「ねえ、リリック! わたしたちもまた行きましょう?」
ぐびぐび赤ワインを飲み干しながら、一転上機嫌のアリスはリリックを誘う。
オールを漕ぎ続けて筋肉痛なのか、リリックは腕をさすりながら嘆息した。
「もう充分だろう?」
「全然満足してないわ!」
アリスはくるくるに巻いているハニーブロンドを指先に巻き付けて、拗ねたように口を尖らせた。
「今日だって、本当はもっと遊びたかったのに、リリーお姉様が心配だって言って帰っちゃったじゃない! いっつもお姉様! お姉様ばっかりずるいわ!」
「リリーは調子が悪かったんだから仕方ないだろう」
「自業自得じゃない!」
またご機嫌斜めになったアリスに、リリックは眉間をおさえる。
「アリス、頼むから、ここではもう少し我儘を控えてくれないか……」
たまりかねたようにリリックが言えば、眉を跳ね上げたアリスは、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。
「わたし、酔っちゃったみたい。部屋に戻るわ。リリック、部屋まで送って!」
リリックはため息をつくと、すたすたと先に部屋から出て行ったアリスを追いかけるため席を立った。
「騒がしくてすみません。―――リリー、僕は先に部屋に戻るよ。おやすみ」
「おやすみなさい、兄様」
一言クロードに詫びを入れ、遥香に就寝の挨拶をすると、「リリック!」と大声で呼ぶアリスの元へ歩いていく。
リリックの姿が見えなくなると、ワイングラスをおいたクロードがあきれたように言った。
「お前の妹はすごいな。あれが婚約候補だったなんてゾッとする……」
これには遥香もアリスのフォローができなくて、困ったように眉を下げる。
「いつもあんなふうなのか?」
「い、いつもは、もう少し聞き分けのいい子なんですけど……、たぶん」
「たぶん?」
「リリック兄様には、いつもあんな感じだったとは思います……」
クロードは考え込むように視線を落とし、給仕にワインを注ぎたさせると、それを口に含みながらぼそりとつぶやく。
「なるほど、リリック、ね」
「え?」
含みのあるクロードのつぶやきに遥香は首をひねった。
クロードは目を細めて遥香を見やると、口の端を持ち上げる。それは、いつもの意地悪な笑みではなく、どこか愉快そうな微笑みだった。
「お前は、本当に、ほわんとしているな」
遥香はどうしてそんなことを言われるのかさっぱりわからず、何度も首をひねる。
クロードがたまりかねたように吹き出すと、今日の彼は機嫌がよさそうだと思いながら、遥香は彼の笑いが収まるまで、ぼんやりとそれを見つめていたのだった。
湖でとれた鱒をメインとした夕食を堪能し終えたあと、食後のワインを楽しみながら、アリスが湖であったことを話すのを聞いていた。
遥香はワインのかわりに、香辛料で香りづけし、沸騰させた赤ワインベースのホットジュースを堪能している。また酔って醜態をさらしてはいけないからだ。
「リリー、体調は本当に大丈夫?」
リリックが心配そうに訊ねる。
遥香はにっこりと微笑んで頷いた。
「ありがとう、兄様。少し休んだら平気になったわ」
「だから言ったじゃない、病気じゃないんだから心配する必要なんてないのよ」
「アリス、そういう言い方はないだろう」
「だって……」
リリックにたしなめられて、アリスは不貞腐れて赤ワインをあおった。遥香と違ってお酒に強い妹だが、それでも無茶な飲み方をするとよくない。
「アリス、一気に飲むと酔っちゃうわよ」
心配になって遥香が注意するが、機嫌が悪いのか、キッと睨まれてしまった。
「お姉様と一緒にしないでよ」
ふん、と鼻を鳴らして、アリスはグラスに注ぎたしたワインをまたあおる。
助けを求めるようにリリックを見たが、リリックも匙を投げてしまったようで、好きにさせておけと目で言われた。
困り果てていると、クロードが笑顔を浮かべてアリスに話しかけた。
「それで、さっきボートに乗ったと言っていたね。どうだったのかな? 風も穏やかだし、少し肌寒かったけど天気もよかったようだし、楽しめたかな」
話を振られて、不機嫌だったアリスは途端に機嫌を直した。
「ええ、とっても楽しかったわ! リリックがボートを漕いでくれて、湖を二周もしたんですよ!」
二周もつきあわされたのか。遥香は心の中でリリックに同情した。さぞ疲れたことだろう。
「そう。じゃあ、天気がよければ俺たちも行こうかな。ねえ、リリー?」
話を振られて、遥香はぎこちなく首を振った。クロードと二人きりで、どこにも逃げ場のない湖の上に二人きり。――正直言って、少し怖い。
「ねえ、リリック! わたしたちもまた行きましょう?」
ぐびぐび赤ワインを飲み干しながら、一転上機嫌のアリスはリリックを誘う。
オールを漕ぎ続けて筋肉痛なのか、リリックは腕をさすりながら嘆息した。
「もう充分だろう?」
「全然満足してないわ!」
アリスはくるくるに巻いているハニーブロンドを指先に巻き付けて、拗ねたように口を尖らせた。
「今日だって、本当はもっと遊びたかったのに、リリーお姉様が心配だって言って帰っちゃったじゃない! いっつもお姉様! お姉様ばっかりずるいわ!」
「リリーは調子が悪かったんだから仕方ないだろう」
「自業自得じゃない!」
またご機嫌斜めになったアリスに、リリックは眉間をおさえる。
「アリス、頼むから、ここではもう少し我儘を控えてくれないか……」
たまりかねたようにリリックが言えば、眉を跳ね上げたアリスは、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。
「わたし、酔っちゃったみたい。部屋に戻るわ。リリック、部屋まで送って!」
リリックはため息をつくと、すたすたと先に部屋から出て行ったアリスを追いかけるため席を立った。
「騒がしくてすみません。―――リリー、僕は先に部屋に戻るよ。おやすみ」
「おやすみなさい、兄様」
一言クロードに詫びを入れ、遥香に就寝の挨拶をすると、「リリック!」と大声で呼ぶアリスの元へ歩いていく。
リリックの姿が見えなくなると、ワイングラスをおいたクロードがあきれたように言った。
「お前の妹はすごいな。あれが婚約候補だったなんてゾッとする……」
これには遥香もアリスのフォローができなくて、困ったように眉を下げる。
「いつもあんなふうなのか?」
「い、いつもは、もう少し聞き分けのいい子なんですけど……、たぶん」
「たぶん?」
「リリック兄様には、いつもあんな感じだったとは思います……」
クロードは考え込むように視線を落とし、給仕にワインを注ぎたさせると、それを口に含みながらぼそりとつぶやく。
「なるほど、リリック、ね」
「え?」
含みのあるクロードのつぶやきに遥香は首をひねった。
クロードは目を細めて遥香を見やると、口の端を持ち上げる。それは、いつもの意地悪な笑みではなく、どこか愉快そうな微笑みだった。
「お前は、本当に、ほわんとしているな」
遥香はどうしてそんなことを言われるのかさっぱりわからず、何度も首をひねる。
クロードがたまりかねたように吹き出すと、今日の彼は機嫌がよさそうだと思いながら、遥香は彼の笑いが収まるまで、ぼんやりとそれを見つめていたのだった。
10
お気に入りに追加
514
あなたにおすすめの小説
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました
Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、
あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。
ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。
けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。
『我慢するしかない』
『彼女といると疲れる』
私はルパート様に嫌われていたの?
本当は厭わしく思っていたの?
だから私は決めました。
あなたを忘れようと…
※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
なんでそんなに婚約者が嫌いなのかと問われた殿下が、婚約者である私にわざわざ理由を聞きに来たんですけど。
下菊みこと
恋愛
侍従くんの一言でさくっと全部解決に向かうお話。
ご都合主義のハッピーエンド。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる