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別荘に到着したとき、遥香はふらふらになっていた。
(失敗した……)
リリックとクロードに両脇から支えられて馬車を下りた遥香は、ひどく後悔していた。
料理長が、遥香にバスケットを渡す際、「くれぐれも、リリー様はフルーツケーキを食べすぎませんように」と念を押されていたことをすっかり忘れていた。
どうやら、フルーツケーキには洋酒がたっぷりとつかってあったらしい。多少洋酒が入っているとは思っていたが、二切れと半分ほど食べただけで、こんなにも酔いが回るとは思わなかった。
「お姉様、情けないわねぇ」
さらに馬車に揺られて、遥香が自分の足でもまっすぐ歩けないほどふらふらになっているのを見て、アリスがあきれたように言う。
「アリス、そういうことを言ってはダメだよ」
リリックにたしなめられて、拗ねてそっぽを向くアリスに苦笑しながら、遥香はクロードとリリックに部屋まで連れて行ってもらう。
ソファの上に横になると少し楽になって、遥香は額に手を当てて心配そうに顔を覗き込むリリックに微笑んだ。
「リリック兄様、大丈夫よ。少ししたら落ち着くと思うわ。クロード王子も、ご迷惑をおかけしてすみません……」
「リリー、あまり無理をしたら駄目だよ」
「水を飲む? 持ってくるが……」
二人に心配されて、遥香は眉を下げる。来て早々迷惑をかけてしまった。
そこへ、荷物をおいたアリスがパタパタと小走りでやってきて、リリックのそばまで寄ると、その腕をつかんで引っ張った。
「リリック、湖に行きましょう!」
「アリス……、今はリリーの調子が悪いから」
「あら、横になっていたら治るわよ。病気じゃないんだし。ね? お姉様」
「ええ」
「だからって、湖は逃げないんだから、今すぐ行く必要はないだろう?」
「いやよ! 今行きたいの!」
「アリス……」
「いいじゃない! お姉様にはクロード王子がついているわよ。そうですよね、殿下?」
クロードが苦笑を浮かべて頷くと、アリスは勝ち誇ったように笑った。
「ほら、リリックまでそばにいなくてもいいのよ! 行きましょう!」
リリックが半ば引きずられるようにしてアリスに連れ出されると、部屋の中にクロードと二人が取り残される。
リリーの調子が悪いんだから、とぶつぶつ言っているリリックと、早くと急かしているアリスの声が遠ざかると、部屋には奇妙な沈黙が落ちた。
クロードがゆっくりと近づいて、遥香のそばに膝をつく。
「大丈夫なのか?」
かぶっていた猫は取り払われたが、いつものような意地悪な顔ではなく、本当に心配しているとわかる表情を浮かべているので、遥香は少し驚きながら、コクンと首肯する。
「まったく、酒が弱いのは知っていたが、あの程度の洋酒ケーキで酔うとはな」
「すみません……」
「いや、俺も途中で止めるべきだった」
クロードがそっと手を伸ばし、遥香の額に触れる。クロードの手のひらはひんやりとしていて気持ちがよかった。
「少し寝ていろ。その方が楽だろう」
こういう時は優しいんだなと、遥香はホッとしながら目を閉じる。
額におかれていた手が、おずおずと遠慮がちに頭を撫でていく感触が心地よくて、しばらくすると、遥香は夢の中へと引き込まれていた。
(失敗した……)
リリックとクロードに両脇から支えられて馬車を下りた遥香は、ひどく後悔していた。
料理長が、遥香にバスケットを渡す際、「くれぐれも、リリー様はフルーツケーキを食べすぎませんように」と念を押されていたことをすっかり忘れていた。
どうやら、フルーツケーキには洋酒がたっぷりとつかってあったらしい。多少洋酒が入っているとは思っていたが、二切れと半分ほど食べただけで、こんなにも酔いが回るとは思わなかった。
「お姉様、情けないわねぇ」
さらに馬車に揺られて、遥香が自分の足でもまっすぐ歩けないほどふらふらになっているのを見て、アリスがあきれたように言う。
「アリス、そういうことを言ってはダメだよ」
リリックにたしなめられて、拗ねてそっぽを向くアリスに苦笑しながら、遥香はクロードとリリックに部屋まで連れて行ってもらう。
ソファの上に横になると少し楽になって、遥香は額に手を当てて心配そうに顔を覗き込むリリックに微笑んだ。
「リリック兄様、大丈夫よ。少ししたら落ち着くと思うわ。クロード王子も、ご迷惑をおかけしてすみません……」
「リリー、あまり無理をしたら駄目だよ」
「水を飲む? 持ってくるが……」
二人に心配されて、遥香は眉を下げる。来て早々迷惑をかけてしまった。
そこへ、荷物をおいたアリスがパタパタと小走りでやってきて、リリックのそばまで寄ると、その腕をつかんで引っ張った。
「リリック、湖に行きましょう!」
「アリス……、今はリリーの調子が悪いから」
「あら、横になっていたら治るわよ。病気じゃないんだし。ね? お姉様」
「ええ」
「だからって、湖は逃げないんだから、今すぐ行く必要はないだろう?」
「いやよ! 今行きたいの!」
「アリス……」
「いいじゃない! お姉様にはクロード王子がついているわよ。そうですよね、殿下?」
クロードが苦笑を浮かべて頷くと、アリスは勝ち誇ったように笑った。
「ほら、リリックまでそばにいなくてもいいのよ! 行きましょう!」
リリックが半ば引きずられるようにしてアリスに連れ出されると、部屋の中にクロードと二人が取り残される。
リリーの調子が悪いんだから、とぶつぶつ言っているリリックと、早くと急かしているアリスの声が遠ざかると、部屋には奇妙な沈黙が落ちた。
クロードがゆっくりと近づいて、遥香のそばに膝をつく。
「大丈夫なのか?」
かぶっていた猫は取り払われたが、いつものような意地悪な顔ではなく、本当に心配しているとわかる表情を浮かべているので、遥香は少し驚きながら、コクンと首肯する。
「まったく、酒が弱いのは知っていたが、あの程度の洋酒ケーキで酔うとはな」
「すみません……」
「いや、俺も途中で止めるべきだった」
クロードがそっと手を伸ばし、遥香の額に触れる。クロードの手のひらはひんやりとしていて気持ちがよかった。
「少し寝ていろ。その方が楽だろう」
こういう時は優しいんだなと、遥香はホッとしながら目を閉じる。
額におかれていた手が、おずおずと遠慮がちに頭を撫でていく感触が心地よくて、しばらくすると、遥香は夢の中へと引き込まれていた。
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