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二度目のキス

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秋月あきづきさーん」

 金曜日。

 遥香がデスクの上でお弁当を広げていると、同じ年の坂上由美子さかうえゆみこが、コンビニの袋を片手にニコニコしながらやってきた。

 いつもはカフェテラスで食事をすることの多い彼女がオフィスで食事をするのは珍しい。

 彼女は勝手に遥香の隣の席に座ると、コンビニの袋からサンドイッチと野菜ジュース、そしてヨーグルトを取り出した。

「ねぇねぇ秋月さん、今晩暇かしら?」

「今晩? 予定はありませんけど」

 坂上とは仲がいいが、こうしてプライベートで誘われたことはなく、遥香は何かあったのだろうかと不思議そうに首をひねる。

 すると坂上は「よし」とこぶしを握り締めて、椅子に座ったまま遥香との距離を詰めた。

「実はさぁ、今晩彼とご飯に行くんだけど、彼の同僚の橘さんも一緒に来るのよ。どうせなら、もう一人誘って四人で飲まないかってことになったの」

 その話を聞いて、遥香は途端にひるんだ。坂上と二人なら問題ないが、坂上の恋人の高橋とその同僚とは初対面だ。人見知りで面白いこと一つ言えない遥香がいては場の空気を壊すだけだろう。

 うまく断る方法はないかと考えていると、坂上が、がしっと手を握りしめてきた。

「お願い! 費用はあっちが持つって言うしさ、なんなら帰りのタクシー代も払わせるからさ、助けると思って! もともと彼と橘さんが飲むって言うのに強引にわたしが入り込んだから、ちょっと気まずいのよー!」

 拝み倒してくる坂上に、遥香は思わず苦笑してしまった。初対面の男の人のいる飲み会は緊張するが、ここまで言われては突っぱねることもできない。

「わかりました。今夜、大丈夫ですよ」

 遥香が頷けば、坂上はぱぁっと顔を輝かせて、手をつけていなかったヨーグルトを遥香のデスクの上においた。

「ありがとう! これお礼! 現地集合だから一緒に行こうね! 実は彼とは先週会えなくて。ようやく会えるわーっ」

 坂上は鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気でサンドイッチにかぶりつく。

 相変わらず頭のてっぺんから足の先まで完璧に手入れが施されていて、女子力の高い坂上を見ながら、こういう人がモテるのだろうなと遥香はしみじみと感じた。

 遥香は自分のまっすぐな黒髪を一房つかんだ。

 坂上とは違い、櫛でとかしただけの髪、爪切りで切っただけの爪、メイクは薄く、顔立ちは地味。

 ――君が好きだ。

 弘貴はそう言ってくれたが、やはり自信がない。

 遥香は小さく首を振ると、坂上にもらったヨーグルトの蓋を開けた。

 弘貴とデートをして、月曜日に熱を出した彼の様子を見に行ってから、少し自分がおかしなことに気がついていた。

 ふとした瞬間に、弘貴の顔が脳裏をよぎる。

(だめよ。釣り合わないもの……)

 釣り合わない恋愛はしない。傷つくのは二度とごめんだ。

 遥香は幸せそうに恋人ののろけ話をする坂上に相槌を打ちながら、弘貴の顔を頭の中から消し去った。
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