上 下
29 / 145
仮面舞踏会

4

しおりを挟む
 午後になって、巷で人気という焼き菓子持参で、姉のコレットがやってきた。

 遥香が編んでいたレースのショールを覗き込んで、コレットは感嘆したように息を吐く。

「相変わらず、あなたは器用ねぇ。わたしではこうはいかないわ」

 遥香の手元には、細かな花模様のショールあった。もうほとんど仕上がっていて、あとは飾り紐をつけるだけで完成である。

 遥香は昔から手先だけは器用だった。王族として必要な社交性、華やかさ、その他の能力が備わってないかわりに、神様が手先だけは器用にしてくれたのかもしれない。

 コレットは侍女に紅茶を煎れさせると、持参した焼き菓子をテーブルの上に並べはじめた。

「この木の実の焼き菓子、城下町に最近できたお店らしいんだけど、いつも行列で買うのが大変なのよぉ」

「……まさか、お姉様。ご自分で買いに行かれたの?」

「まさか。スチュアートが持ってきてくれたのよ」

「スチュアートって、バーランド伯爵家の?」

「そ。彼ってまめよねぇ。何か目新しいものを見つけると必ず持ってくるのよ」

 それはスチュアートが密かにコレットに恋心を抱いているからだろう。

 コレットとスチュアートは同じ年ということもあり、幼いころからの顔見知りで仲がいい。スチュアートがコレットに花束やお菓子などを頻繁に贈っていることは遥香の耳にも届いていた。

 だが、気づいているのかいないのか、コレットは飄々とした態度でそれらのプレゼントを受け取るだけだ。

 最近は、月に一、二度、スチュアート主催の仮面舞踏会が開かれるようになったのだが、これも派手好きのコレットのためではないかと言われている。

 遥香は、どちらかと言えば無口な、けれども穏やかに微笑むスチュアートの顔を思い出した。スチュアートとコレットが並んでいるときは、ほとんどコレットがまくしたてるように話していることが多いのだが、彼はいつも優しくにこやかにその話に耳を傾けていて、少し破天荒なところのある姉には、落ち着いた彼がぴったりではないのかと思っている。

 王女と伯爵家の次男では、正直釣り合いが取れないというささやきも聞こえてくるが、コレットは長女とはいえ、上に兄も弟もいるので世継ぎではないし、それほど神経質に身分を言わなくてもいいのではないかと遥香は思っているのだが、国や大人の事情とは面倒なものらしい。

 コレットはスチュアートの貢ぎ物を、幸せそうに頬張った。

「んー! バターがきいていてとっても美味しいわ! ほら、リリーもお食べなさいな」

 コレットもまんざらではない気がするのだが、この姉はよくわからない。

 遥香は苦笑をかみ殺して、クルミやアーモンドがたくさん使われている焼き菓子に手を伸ばした。

「……ほんと。美味しいわ、これ。サクッとしているんだけど、口の中でふわっと崩れて溶けていくわ」

 感動に浸っていると、コレットが自分のことのように満足した表情を浮かべて「そうでしょう」と頷く。

「甘いものが苦手なくせに、こういうものを見つけてくるのが得意なのよねぇ。スチュアートってよくわかんないわ」

(それは、あなたが好きだからですよ、お姉様)

 スチュアートの見えない努力がまったく通じていないようなので、遥香はこっそり彼に同情した。

「それはそうと、お姉様、急にお茶しましょうって、どうしたの? アリスの誕生日のことで相談かしら?」

 遥香が問えば、コレットは途端に顔をしかめた。

「やめてよ。どうしてアリスの誕生日でわざわざ時間を取るのよ。あんなものケーキとプレゼントを用意して一言おめでとうと言っておけばいいのよ」

 文句を言う割には「おめでとう」は言うのだなと、素直でない姉に苦笑する。

「じゃあ、今日はどうしたの?」

 首を傾げる妹に、コレットは「ふふふ」といたずらを思いついた時のような笑みを浮かべて、焼き菓子と一緒に持ってきていた箱を取り出した。

 綺麗にラッピングされているので、中が何なのか想像もつかない。

「開けてみて!」

 もらった遥香よりもワクワクした表情でコレットが言う。

 プレゼントをもらうようなことがあったかしら、と首をひねりながら遥香がリボンをほどいて箱を開けると、中から出てきたのは、派手な仮面だった。

 目元と鼻の部分だけを覆う仮面で、羽や宝石で飾り付けられている。

「……お姉様?」

 遥香は口元を引きつらせながら姉を見た。

 これは、最近流行りの仮面舞踏会で身に着ける仮面だ。

「んふー、いいでしょう? なかなかの仕上がりだと思うわ! 赤や金色は嫌がると思って、ベースは黒にしたのよ」

「お姉様……」

「文句は聞かないわよ」

 コレットは姉特有の少し高圧的な表情で微笑んだ。

「今度こそ連れて行くんだから。大丈夫よ、顔を隠しているだけで、舞踏会と何ら変わらないわ」

 仮面舞踏会には絶対に行かないと言っていたのに、姉は意地でも遥香を連れて行きたいらしい。

 遥香は弱り果てて、手元の仮面に視線を落とした。

「わたしが出席して、場の空気を壊したりしたら、スチュアートに申し訳ないわ」

「くだらない心配をしないの! それに、あなたには気晴らしが必要だわ。最近落ち込んでいること、わたしが気づいていないとでも思って?」

 コレットは部屋の隅に控えている侍女たちに聞こえないように声を落として、遥香の耳元でささやいた。

「クロード王子のことで、悩んでいるんでしょう?」

 遥香はびっくりして姉を見た。

「お姉様を甘く見ないでほしいわね。あの彼、一見人当たりはよさそうなんだけど、胡散臭いのよ。いい人の仮面をかぶって人と接するのは王子としての処世術だけど、どうもあなたの様子がおかしいから。彼、あなたには違う顔を見せているでしょう?」

 遥香は曖昧に笑った。姉のことをすごいと思うのはこういう時だ。彼女は人の顔や行動をよく見ている。こういうところは、世継ぎの王子である兄よりも、コレットの方が王に向いている気がする。

「国同士の問題だもの、婚約をどうこうすることはできないけどね、あなたは気晴らしをするべきよ。このままでは心を病んでしまうわ。仮面をつけて、王女リリーじゃない自分になって、一時でも今を忘れてみなさいな」

 なるほど、姉の言うことはもっともなように聞こえる。しかし、舞踏会ですら気後れする遥香が、仮面をつけて、どこの誰とも知れないひとと踊ることなんてできるのだろうか。

 コレットは妹の葛藤を見抜いたかのように、ぽん、と遥香の肩を叩いた。

「大丈夫よ、わたしもスチュアートも見ているようにするから。あなたは何を考えず、自分じゃない自分になって舞踏会を楽しんでいればいいのよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

愛人を切れないのなら離婚してくださいと言ったら子供のように駄々をこねられて困っています

永江寧々
恋愛
結婚生活ニ十周年を迎える今年、アステリア王国の王であるトリスタンが妻であるユーフェミアから告げられたのは『離婚してください」という衝撃の告白。 愛を囁くのを忘れた日もない。セックスレスになった事もない。それなのに何故だと焦るトリスタンが聞かされたのは『愛人が四人もいるから』ということ。 愛している夫に四人も愛人がいる事が嫌で、愛人を減らしてほしいと何度も頼んできたユーフェミアだが、 減るどころか増えたことで離婚を決めた。 幼子のように離婚はしたくない、嫌だと駄々をこねる夫とそれでも離婚を考える妻。 愛しているが、愛しているからこそ、このままではいられない。 夫からの愛は絶えず感じているのにお願いを聞いてくれないのは何故なのかわからないユーフェミアはどうすればいいのかわからず困っていた。 だが、夫には夫の事情があって…… 夫に問題ありなのでご注意ください。 誤字脱字報告ありがとうございます! 9月24日、本日が最終話のアップとなりました。 4ヶ月、お付き合いくださいました皆様、本当にありがとうございました! ※番外編は番外編とも言えないものではありますが、小話程度にお読みいただければと思います。 誤字脱字報告ありがとうございます! 確認しているつもりなのですが、もし発見されましたらお手数ですが教えていただけると助かります。

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。

金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。 前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう? 私の願い通り滅びたのだろうか? 前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。 緩い世界観の緩いお話しです。 ご都合主義です。 *タイトル変更しました。すみません。

【完結】4人の令嬢とその婚約者達

cc.
恋愛
仲の良い4人の令嬢には、それぞれ幼い頃から決められた婚約者がいた。 優れた才能を持つ婚約者達は、騎士団に入り活躍をみせると、その評判は瞬く間に広まっていく。 年に、数回だけ行われる婚約者との交流も活躍すればする程、回数は減り気がつけばもう数年以上もお互い顔を合わせていなかった。 そんな中、4人の令嬢が街にお忍びで遊びに来たある日… 有名な娼館の前で話している男女数組を見かける。 真昼間から、騎士団の制服で娼館に来ているなんて… 呆れていると、そのうちの1人… いや、もう1人… あれ、あと2人も… まさかの、自分たちの婚約者であった。 貴方達が、好き勝手するならば、私達も自由に生きたい! そう決意した4人の令嬢の、我慢をやめたお話である。 *20話完結予定です。

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

処理中です...