上 下
77 / 129
黒い雪だるまの悪戯

6

しおりを挟む
 黒い雪だるまの妖精の謎を残したまま、雪まつりははじまった。

 日が沈むと、あたりに次々と小さくて柔らかな淡い金色の光が浮かび上がる。

 それはパチパチと瞬くように点滅して、ふよふよと動き回った。

 年に一度、雪まつりの夜だけ深い山奥から降りてくる――光虫たちだ。

「わあ……」

 マフラーに手袋、そして小さなウサギのような耳のついた真っ白い帽子をかぶったエレノアが、夜の闇に浮かび上がる幻想的な光景に目を輝かせた。

 闇の中を光虫たちが照らして、白銀の雪原と雪の像たちを照らし出す。

「サーシャ様! すっごくきれいです!」

 嬉しそうに振り返れば、たまらないというようにサーシャロッドに抱きしめられた。

「お針子の妖精たち、帰ったら褒美をやる……!」

 エレノアのうさ耳付き帽子を撫でながら、サーシャロッドがよくわからないことを言っている。

「フレイディーベルグ様も相当な変態だと思うけど、サーシャロッド様もある意味ちょっとやばいんじゃないかって思うのは俺だけかな」

 後ろの方でラーファオがぼそぼそと何かをつぶやいていたが、残念ながらエレノアの耳には入らない。ただ、隣で聞いていたリーファが、何とも言えないような複雑な表情を浮かべていた。

 エレノアたちが作ろうとした雪像は、残念ながら黒い雪だるまの妖精――通称、黒だるまによって完成前に破壊されてしまいここにはないが、破壊されずに残った数々の雪像が何とも美しい。

 門の左右に並ぶ氷の女性像にも、光虫の優しい輝きが透けて、キラキラとしてとてもきれいだ。

 エレノアはサーシャロッドと手をつないで、ゆっくりと雪像を見て回る。

 そして、その中にひときわ大きな雪像を見つけて、エレノアは立ち止まった。

「これは……お家、でしょうか?」

 大きな家の形をした雪像だ。すると、その近くにいた雪だるまの妖精が得意げに胸を張った。

「それは、めいきゅうでございます」

「迷宮?」

「さようでございます」

「中がめいろのようになっております」

「いりぐちはふたつ。べつべつのいりぐちからお入りになって、おたのしみくださいませ」

「中でごうりゅうできるようになっております」

「もちろん、めいきゅうですから、まいごにはおきをつけくださいませ」

「どうぞどうぞ」

 ぐいぐいと雪だるまの妖精に背中を押されて、エレノアはサーシャロッドと顔を見合わせた。

 どうやら入口が二つあり、それぞれが別々の入り口から入って楽しむ迷宮らしい。

「入ってみるか?」

 サーシャロッドに問われて、エレノアは少し考えてから頷いた。

 一時でもサーシャロッドと離れるのは心細いが、「迷宮」というものを楽しんでみたい気持ちが強い。

 見たところ、大きいとはいえ、びっくりするほど巨大でもない。少しの間心細いのを我慢するだけだ。

 エレノアは右から、サーシャロッドは左の入口から中に入る。

「いってらっしゃいませー!」

 陽気な雪だるまの妖精たちの声が、外で響いた。





 迷宮の中は少し暗かった。

 あちこちにライトがたかれているので、足元がおぼつかないほどではない。

 入ったものが滑ってけがをしないように配慮されているのか、歩く面には赤い絨毯が敷かれていた。

 迷宮の道幅は人が二人通るのがやっとなほどの細さ。

 おかげで視界のほとんどが真っ白で――うっかりしていると来た道もわからなくなるほどに迷いそうだ。

 まだ入って三分も立っていないのに、エレノアはすっかり不安になって、早くサーシャロッドに会いたいと気持ちが急く。

 道なりに進んでいくと、しばらくすると分かれ道に遭遇して、エレノアはへにょっと眉尻を下げた。

 ここの分かれ道の判断を間違えれば、サーシャロッドに会えないかもしれない。

(右? それとも……左?)

 エレノアは悩んで、左の雪の壁に小さく指のあとをつけた。もしも迷って同じ場所を回ってしまったとき、このあとで気がつくだろう。

 そして、エレノアは左に曲がると、そのままとぼとぼと進んでいく。

 ここで声をあげてサーシャロッドの名前を呼べば届くだろうが――、それはちょっとズルのような気がする。

 エレノアが歩くたびにかぶっている帽子のうさ耳がぴょこぴょこ揺れた。

 しばらく進むと、また分かれ道に行き当たり、エレノアは立ち止まる。

 今度は右と左とそして直進と三つに分かれていた。

 分かれ道にたどり着くたびに進む方向を変えていては、そのうちどこをどう進んだのかわからなくなりそうなので、同じ左に曲がることにする。

 雪でできたこの迷宮の大きさから言えば、そろそろサーシャロッドと出会ってもいいはずなのに、出会わないのは、道を間違えているのだろうかと不安を覚えながら進んでいると、案の定、エレノアの目の前には行き止まり。

「引き返さなきゃ……」

 エレノアは嘆息すると、くるりと踵を返し――、瞠目した。

「黒だるまの、妖精……」

 振り返ったその先にいたのは、黒だるまの妖精だ。

 いつからそこにいたのだろうか。まったく気がつかなかった。

 黒だるまの妖精はぴょんぴょんとその場で小さく跳ねている。その目が、にっこりと三日月の形に歪むのを見て、エレノアは後ずさった。

 背後には行き止まりの雪の壁。逃げ場はないが――、この黒だるまの妖精は、なんだか怖い。

 エレノアは背後の雪の壁に手をついて、大声でサーシャロッドの名を呼ぼうとしたが、それよりも早くに黒だるまの妖精が飛び掛かってきて――

「いやあああああ―――!」

 エレノアは、悲鳴を上げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【9話完結】お茶会? 茶番の間違いでしょ?『毒を入れるのはやり過ぎです。婚約破棄を言い出す度胸もないなら私から申し上げますね』

西東友一
恋愛
「お姉様もいずれ王妃になるなら、お茶のマナーは大丈夫ですか?」 「ええ、もちろんよ」 「でも、心配ですよね、カイザー王子?」 「ああ」 「じゃあ、お茶会をしましょう。私がお茶を入れますから」  お茶会?  茶番の間違いでしょ?  私は妹と私の婚約者のカイザー第一王子が浮気しているのを知っている。  そして、二人が私を殺そうとしていることも―――

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

【R18】悪役令嬢を犯して罪を償わせ性奴隷にしたが、それは冤罪でヒロインが黒幕なので犯して改心させることにした。

白濁壺
恋愛
悪役令嬢であるベラロルカの数々の悪行の罪を償わせようとロミリオは単身公爵家にむかう。警備の目を潜り抜け、寝室に入ったロミリオはベラロルカを犯すが……。

【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません  

たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。 何もしていないのに冤罪で…… 死んだと思ったら6歳に戻った。 さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。 絶対に許さない! 今更わたしに優しくしても遅い! 恨みしかない、父親と殿下! 絶対に復讐してやる! ★設定はかなりゆるめです ★あまりシリアスではありません ★よくある話を書いてみたかったんです!!

妹の妊娠と未来への絆

アソビのココロ
恋愛
「私のお腹の中にはフレディ様の赤ちゃんがいるんです!」 オードリー・グリーンスパン侯爵令嬢は、美貌の貴公子として知られる侯爵令息フレディ・ヴァンデグリフトと婚約寸前だった。しかしオードリーの妹ビヴァリーがフレディと一夜をともにし、妊娠してしまう。よくできた令嬢と評価されているオードリーの下した裁定とは?

初めての相手が陛下で良かった

ウサギテイマーTK
恋愛
第二王子から婚約破棄された侯爵令嬢アリミアは、王子の新しい婚約者付の女官として出仕することを命令される。新しい婚約者はアリミアの義妹。それどころか、第二王子と義妹の初夜を見届けるお役をも仰せつかる。それはアリミアをはめる罠でもあった。媚薬を盛られたアリミアは、熱くなった体を持て余す。そんなアリミアを助けたのは、彼女の初恋の相手、現国王であった。アリミアは陛下に懇願する。自分を抱いて欲しいと。 ※ダラダラエッチシーンが続きます。苦手な方は無理なさらずに。

王女の朝の身支度

sleepingangel02
恋愛
政略結婚で愛のない夫婦。夫の国王は,何人もの側室がいて,王女はないがしろ。それどころか,王女担当まで用意する始末。さて,その行方は?

処理中です...