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幻惑草の秘密 1
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パーティーの後、離宮に帰ってディートリヒに王妃の体調が優れないため王妃の部屋に行くことになったと言うと、彼は少し不思議な顔をした。
「ええっと、王妃様はエレオノーラの聖女の力を欲して側にいてほしいって、そう言っているってこと?」
「はいそうです。癒しの力で癒してほしいんだそうです」
「……そう、なんだ。ああ、もちろん、そういうことなら私に異論はない、けど……」
ディートリヒの歯切れの悪い返事は気になったが、ともかく許可をもらったので、わたしは翌日からフランツィスカの部屋に行くことになった。
というのも、ディートリヒから許可をもらったと告げるや否や、今日から来てくれと言われたからである。どうやらアレクサンダーもフランツィスカもよほど不安なようだ。
どうせ城に行くなら、朝ディートリヒが城に向かうときに一緒に行けばいいと言われて、エレオノーラは彼とともに毎朝城へ向かい、彼が帰るころに一緒に離宮へ戻る生活を送ることになった。
だがわたしは、城に通うことによって発生する弊害に、気づけていなかったようだ。
……また来た。
わたしはため息をつきたくなるのをぐっと我慢して、顔に笑みを張り付けた。
王妃の部屋に行くと言っても特別何かすることがあるわけではなく、毎日フランツィスカと雑談してお茶を飲んで、体調に変化がないか確認して帰るのがわたしの日課だ。
そう聞くととても穏やかで平和な時間のように思えるが、いかんせん、この平和な時間をぶち壊す迷惑な人間がいる。それがジークレヒトだった。
部屋の扉を守っている女性騎士から来客を告げられてわたしが席を立てば、案の定、扉の奥にはバラの花束を抱えたジークレヒトが立っていた。
厚顔無恥なこの男は、わたしが城に通いはじめてから毎日のように花束を抱えてやってくる。
「……花を生けるところがありませんので、持って来ないでくださいとお願いしたはずですが?」
わたしはくんと鼻を動かして、バラの花に紛れている幻惑草の存在に気がつくと、空気を浄化する魔術を使った。
どういう思惑があるのかは知らないが、ジークレヒトは毎回花束の中に幻惑草を紛らせて持ってくる。
……この花束も後で処分ね。
もらった花束は毎回離宮へ持ち帰り、暖炉で焼却処分していた。幻惑草の影響を出さないためには燃やしてしまうのに限る。バラと幻惑草とを分けてバラだけ活けてもいいのだが、ジークレヒトからの贈り物を見るとディートリヒが嫌な顔をするのだ。だからすべて灰にする。……花には申し訳ないが。
「いけるところがないなら、吊り下げてドライフラワーにするのもおすすめだよ」
……そんなことをすれば幻惑草の影響が出るじゃないのよ! お断りよ!
幻惑草は乾燥させたものでも香りの影響を受けるのだ。だから燃やして灰にするに限るのだが、わかっているのかいないのか、飄々とそんなことをいうジークレヒトに腹が立つ。
「部屋中花だらけになりますから、遠慮いたします」
「この花の数が私の気持ちの数なのだから、ぜひ受け取ってほしい」
……ああ言えばこう言う男ね!
忌々しいことに、ジークレヒトはわたしが花束を受け取るまでこうして粘って立ち去らない。
フランツィスカの手前、いまのところ花束を渡す以外に何か仕掛けてくるようなことはないけれど、この花束のおかげで、フランツィスカや彼女の侍女たちには、すっかりジークレヒトがわたしに片思いをしているように思われている。
あまり長い間ジークレヒトの顔を見ていたくないので花束を受け取って追い返すと、いつも通り、侍女たちが好奇心丸出しな表情で口々に訊ねてきた。
「ジークレヒト様は本当にエレオノーラ様が好きなのね。どう、そろそろほだされてきたんじゃないかしら?」
「あらでも、エレオノーラ様の本命はディートリヒ様でしょう?」
「毎日こんなに熱烈に口説かれ続けたらそろそろ気持ちも揺れるんじゃないかしら?」
「どうするの、エレオノーラ様?」
王妃の侍女たちは、どうやら娯楽が少ないらしい。
面白そうなネタにはここぞとばかりに食いついてくる習性らしく、そして彼女たちが最も面白がっているのはわたしの恋路らしかった。
侍女たちに言わせれば、ディートリヒと同じ離宮で暮らしていながら彼と婚約していないのは、わたしに思うところがあるからだ、なのだそうだ。
侍女たちはその「思うところ」をディートリヒとジークレヒトの板挟みになって決めかねている、と言う方向へ発展させて盛り上がっている。
「あなたたち、エレオノーラを困らせるようなことを言うものではないわ」
フランツィスカがおっとりと微笑んで侍女たちを止めてくれた。
フランツィスカの体調は安定していて、今のところ流産の危機もなさそうだ。
彼女の妊娠については、まだ侍女たちにも伏せられているが、勘が鋭いものはどこかで気づくだろうから、タイミングを見て侍女たちには伝えると言っていた。
わたしはジークレヒトから押し付けられた花束を部屋の隅に置いて、香りの影響が出ないように結界の魔術で花束の周りを取り囲む。
そして、お茶を入れてのんびりと談笑をしている彼女たちのもとに戻ると、話に加わるふりをしながら、ジークレヒトは幻惑草をどこから仕入れているのだろうかと考えた。
……毎回だもの。絶対わざとでしょうけど、問題は幻惑草がどこにあるのかってことよ。
わたしは城の庭に生息している小動物たちにお願いして、敷地内の草木を調べてもらったけれど、城の敷地内にはそれらしいものは生えていなかった。
あと残るのは、ジークレヒトの離宮の庭だ。
ジークレヒトの離宮の庭も動物たちに調べてもらおうと思ったのだが、動物たちが彼の離宮に近づくことを嫌がったのだ。
ジークレヒトが神経質なのか、それともそこにいる使用人が神経質なのか、彼の離宮の敷地に動物が入り込むと、使用人たちがすごい形相で追いかけまわしてくるのだという。
それは動物たちを殺すことも厭わない勢いで、そのため動物たちは怯えて彼の離宮には近づきたくないのだそうだ。
……庭に入り込んできた動物を殺す勢いで追いかけまわすって、動物嫌いなのかしら?
中には動物に対してアレルギーを持っている人間もいるが、それにしても異常である。
……動物たちが調べられないのなら仕方がないわ。魔術で姿を消して、わたしが潜入してみるしかないわね。
広大な城の敷地を調べるのは一人では無理だが、ジークレヒトの離宮の庭を調べるくらいならわたし一人でも何とかなるだろう。
わたしはくすくすと楽しそうに笑う侍女たちに微笑み返しながら、今日の夜にでも、ジークレヒトの離宮の庭に忍び込もうと決めた。
「ええっと、王妃様はエレオノーラの聖女の力を欲して側にいてほしいって、そう言っているってこと?」
「はいそうです。癒しの力で癒してほしいんだそうです」
「……そう、なんだ。ああ、もちろん、そういうことなら私に異論はない、けど……」
ディートリヒの歯切れの悪い返事は気になったが、ともかく許可をもらったので、わたしは翌日からフランツィスカの部屋に行くことになった。
というのも、ディートリヒから許可をもらったと告げるや否や、今日から来てくれと言われたからである。どうやらアレクサンダーもフランツィスカもよほど不安なようだ。
どうせ城に行くなら、朝ディートリヒが城に向かうときに一緒に行けばいいと言われて、エレオノーラは彼とともに毎朝城へ向かい、彼が帰るころに一緒に離宮へ戻る生活を送ることになった。
だがわたしは、城に通うことによって発生する弊害に、気づけていなかったようだ。
……また来た。
わたしはため息をつきたくなるのをぐっと我慢して、顔に笑みを張り付けた。
王妃の部屋に行くと言っても特別何かすることがあるわけではなく、毎日フランツィスカと雑談してお茶を飲んで、体調に変化がないか確認して帰るのがわたしの日課だ。
そう聞くととても穏やかで平和な時間のように思えるが、いかんせん、この平和な時間をぶち壊す迷惑な人間がいる。それがジークレヒトだった。
部屋の扉を守っている女性騎士から来客を告げられてわたしが席を立てば、案の定、扉の奥にはバラの花束を抱えたジークレヒトが立っていた。
厚顔無恥なこの男は、わたしが城に通いはじめてから毎日のように花束を抱えてやってくる。
「……花を生けるところがありませんので、持って来ないでくださいとお願いしたはずですが?」
わたしはくんと鼻を動かして、バラの花に紛れている幻惑草の存在に気がつくと、空気を浄化する魔術を使った。
どういう思惑があるのかは知らないが、ジークレヒトは毎回花束の中に幻惑草を紛らせて持ってくる。
……この花束も後で処分ね。
もらった花束は毎回離宮へ持ち帰り、暖炉で焼却処分していた。幻惑草の影響を出さないためには燃やしてしまうのに限る。バラと幻惑草とを分けてバラだけ活けてもいいのだが、ジークレヒトからの贈り物を見るとディートリヒが嫌な顔をするのだ。だからすべて灰にする。……花には申し訳ないが。
「いけるところがないなら、吊り下げてドライフラワーにするのもおすすめだよ」
……そんなことをすれば幻惑草の影響が出るじゃないのよ! お断りよ!
幻惑草は乾燥させたものでも香りの影響を受けるのだ。だから燃やして灰にするに限るのだが、わかっているのかいないのか、飄々とそんなことをいうジークレヒトに腹が立つ。
「部屋中花だらけになりますから、遠慮いたします」
「この花の数が私の気持ちの数なのだから、ぜひ受け取ってほしい」
……ああ言えばこう言う男ね!
忌々しいことに、ジークレヒトはわたしが花束を受け取るまでこうして粘って立ち去らない。
フランツィスカの手前、いまのところ花束を渡す以外に何か仕掛けてくるようなことはないけれど、この花束のおかげで、フランツィスカや彼女の侍女たちには、すっかりジークレヒトがわたしに片思いをしているように思われている。
あまり長い間ジークレヒトの顔を見ていたくないので花束を受け取って追い返すと、いつも通り、侍女たちが好奇心丸出しな表情で口々に訊ねてきた。
「ジークレヒト様は本当にエレオノーラ様が好きなのね。どう、そろそろほだされてきたんじゃないかしら?」
「あらでも、エレオノーラ様の本命はディートリヒ様でしょう?」
「毎日こんなに熱烈に口説かれ続けたらそろそろ気持ちも揺れるんじゃないかしら?」
「どうするの、エレオノーラ様?」
王妃の侍女たちは、どうやら娯楽が少ないらしい。
面白そうなネタにはここぞとばかりに食いついてくる習性らしく、そして彼女たちが最も面白がっているのはわたしの恋路らしかった。
侍女たちに言わせれば、ディートリヒと同じ離宮で暮らしていながら彼と婚約していないのは、わたしに思うところがあるからだ、なのだそうだ。
侍女たちはその「思うところ」をディートリヒとジークレヒトの板挟みになって決めかねている、と言う方向へ発展させて盛り上がっている。
「あなたたち、エレオノーラを困らせるようなことを言うものではないわ」
フランツィスカがおっとりと微笑んで侍女たちを止めてくれた。
フランツィスカの体調は安定していて、今のところ流産の危機もなさそうだ。
彼女の妊娠については、まだ侍女たちにも伏せられているが、勘が鋭いものはどこかで気づくだろうから、タイミングを見て侍女たちには伝えると言っていた。
わたしはジークレヒトから押し付けられた花束を部屋の隅に置いて、香りの影響が出ないように結界の魔術で花束の周りを取り囲む。
そして、お茶を入れてのんびりと談笑をしている彼女たちのもとに戻ると、話に加わるふりをしながら、ジークレヒトは幻惑草をどこから仕入れているのだろうかと考えた。
……毎回だもの。絶対わざとでしょうけど、問題は幻惑草がどこにあるのかってことよ。
わたしは城の庭に生息している小動物たちにお願いして、敷地内の草木を調べてもらったけれど、城の敷地内にはそれらしいものは生えていなかった。
あと残るのは、ジークレヒトの離宮の庭だ。
ジークレヒトの離宮の庭も動物たちに調べてもらおうと思ったのだが、動物たちが彼の離宮に近づくことを嫌がったのだ。
ジークレヒトが神経質なのか、それともそこにいる使用人が神経質なのか、彼の離宮の敷地に動物が入り込むと、使用人たちがすごい形相で追いかけまわしてくるのだという。
それは動物たちを殺すことも厭わない勢いで、そのため動物たちは怯えて彼の離宮には近づきたくないのだそうだ。
……庭に入り込んできた動物を殺す勢いで追いかけまわすって、動物嫌いなのかしら?
中には動物に対してアレルギーを持っている人間もいるが、それにしても異常である。
……動物たちが調べられないのなら仕方がないわ。魔術で姿を消して、わたしが潜入してみるしかないわね。
広大な城の敷地を調べるのは一人では無理だが、ジークレヒトの離宮の庭を調べるくらいならわたし一人でも何とかなるだろう。
わたしはくすくすと楽しそうに笑う侍女たちに微笑み返しながら、今日の夜にでも、ジークレヒトの離宮の庭に忍び込もうと決めた。
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