25 / 42
幻惑草の秘密 1
しおりを挟む
パーティーの後、離宮に帰ってディートリヒに王妃の体調が優れないため王妃の部屋に行くことになったと言うと、彼は少し不思議な顔をした。
「ええっと、王妃様はエレオノーラの聖女の力を欲して側にいてほしいって、そう言っているってこと?」
「はいそうです。癒しの力で癒してほしいんだそうです」
「……そう、なんだ。ああ、もちろん、そういうことなら私に異論はない、けど……」
ディートリヒの歯切れの悪い返事は気になったが、ともかく許可をもらったので、わたしは翌日からフランツィスカの部屋に行くことになった。
というのも、ディートリヒから許可をもらったと告げるや否や、今日から来てくれと言われたからである。どうやらアレクサンダーもフランツィスカもよほど不安なようだ。
どうせ城に行くなら、朝ディートリヒが城に向かうときに一緒に行けばいいと言われて、エレオノーラは彼とともに毎朝城へ向かい、彼が帰るころに一緒に離宮へ戻る生活を送ることになった。
だがわたしは、城に通うことによって発生する弊害に、気づけていなかったようだ。
……また来た。
わたしはため息をつきたくなるのをぐっと我慢して、顔に笑みを張り付けた。
王妃の部屋に行くと言っても特別何かすることがあるわけではなく、毎日フランツィスカと雑談してお茶を飲んで、体調に変化がないか確認して帰るのがわたしの日課だ。
そう聞くととても穏やかで平和な時間のように思えるが、いかんせん、この平和な時間をぶち壊す迷惑な人間がいる。それがジークレヒトだった。
部屋の扉を守っている女性騎士から来客を告げられてわたしが席を立てば、案の定、扉の奥にはバラの花束を抱えたジークレヒトが立っていた。
厚顔無恥なこの男は、わたしが城に通いはじめてから毎日のように花束を抱えてやってくる。
「……花を生けるところがありませんので、持って来ないでくださいとお願いしたはずですが?」
わたしはくんと鼻を動かして、バラの花に紛れている幻惑草の存在に気がつくと、空気を浄化する魔術を使った。
どういう思惑があるのかは知らないが、ジークレヒトは毎回花束の中に幻惑草を紛らせて持ってくる。
……この花束も後で処分ね。
もらった花束は毎回離宮へ持ち帰り、暖炉で焼却処分していた。幻惑草の影響を出さないためには燃やしてしまうのに限る。バラと幻惑草とを分けてバラだけ活けてもいいのだが、ジークレヒトからの贈り物を見るとディートリヒが嫌な顔をするのだ。だからすべて灰にする。……花には申し訳ないが。
「いけるところがないなら、吊り下げてドライフラワーにするのもおすすめだよ」
……そんなことをすれば幻惑草の影響が出るじゃないのよ! お断りよ!
幻惑草は乾燥させたものでも香りの影響を受けるのだ。だから燃やして灰にするに限るのだが、わかっているのかいないのか、飄々とそんなことをいうジークレヒトに腹が立つ。
「部屋中花だらけになりますから、遠慮いたします」
「この花の数が私の気持ちの数なのだから、ぜひ受け取ってほしい」
……ああ言えばこう言う男ね!
忌々しいことに、ジークレヒトはわたしが花束を受け取るまでこうして粘って立ち去らない。
フランツィスカの手前、いまのところ花束を渡す以外に何か仕掛けてくるようなことはないけれど、この花束のおかげで、フランツィスカや彼女の侍女たちには、すっかりジークレヒトがわたしに片思いをしているように思われている。
あまり長い間ジークレヒトの顔を見ていたくないので花束を受け取って追い返すと、いつも通り、侍女たちが好奇心丸出しな表情で口々に訊ねてきた。
「ジークレヒト様は本当にエレオノーラ様が好きなのね。どう、そろそろほだされてきたんじゃないかしら?」
「あらでも、エレオノーラ様の本命はディートリヒ様でしょう?」
「毎日こんなに熱烈に口説かれ続けたらそろそろ気持ちも揺れるんじゃないかしら?」
「どうするの、エレオノーラ様?」
王妃の侍女たちは、どうやら娯楽が少ないらしい。
面白そうなネタにはここぞとばかりに食いついてくる習性らしく、そして彼女たちが最も面白がっているのはわたしの恋路らしかった。
侍女たちに言わせれば、ディートリヒと同じ離宮で暮らしていながら彼と婚約していないのは、わたしに思うところがあるからだ、なのだそうだ。
侍女たちはその「思うところ」をディートリヒとジークレヒトの板挟みになって決めかねている、と言う方向へ発展させて盛り上がっている。
「あなたたち、エレオノーラを困らせるようなことを言うものではないわ」
フランツィスカがおっとりと微笑んで侍女たちを止めてくれた。
フランツィスカの体調は安定していて、今のところ流産の危機もなさそうだ。
彼女の妊娠については、まだ侍女たちにも伏せられているが、勘が鋭いものはどこかで気づくだろうから、タイミングを見て侍女たちには伝えると言っていた。
わたしはジークレヒトから押し付けられた花束を部屋の隅に置いて、香りの影響が出ないように結界の魔術で花束の周りを取り囲む。
そして、お茶を入れてのんびりと談笑をしている彼女たちのもとに戻ると、話に加わるふりをしながら、ジークレヒトは幻惑草をどこから仕入れているのだろうかと考えた。
……毎回だもの。絶対わざとでしょうけど、問題は幻惑草がどこにあるのかってことよ。
わたしは城の庭に生息している小動物たちにお願いして、敷地内の草木を調べてもらったけれど、城の敷地内にはそれらしいものは生えていなかった。
あと残るのは、ジークレヒトの離宮の庭だ。
ジークレヒトの離宮の庭も動物たちに調べてもらおうと思ったのだが、動物たちが彼の離宮に近づくことを嫌がったのだ。
ジークレヒトが神経質なのか、それともそこにいる使用人が神経質なのか、彼の離宮の敷地に動物が入り込むと、使用人たちがすごい形相で追いかけまわしてくるのだという。
それは動物たちを殺すことも厭わない勢いで、そのため動物たちは怯えて彼の離宮には近づきたくないのだそうだ。
……庭に入り込んできた動物を殺す勢いで追いかけまわすって、動物嫌いなのかしら?
中には動物に対してアレルギーを持っている人間もいるが、それにしても異常である。
……動物たちが調べられないのなら仕方がないわ。魔術で姿を消して、わたしが潜入してみるしかないわね。
広大な城の敷地を調べるのは一人では無理だが、ジークレヒトの離宮の庭を調べるくらいならわたし一人でも何とかなるだろう。
わたしはくすくすと楽しそうに笑う侍女たちに微笑み返しながら、今日の夜にでも、ジークレヒトの離宮の庭に忍び込もうと決めた。
「ええっと、王妃様はエレオノーラの聖女の力を欲して側にいてほしいって、そう言っているってこと?」
「はいそうです。癒しの力で癒してほしいんだそうです」
「……そう、なんだ。ああ、もちろん、そういうことなら私に異論はない、けど……」
ディートリヒの歯切れの悪い返事は気になったが、ともかく許可をもらったので、わたしは翌日からフランツィスカの部屋に行くことになった。
というのも、ディートリヒから許可をもらったと告げるや否や、今日から来てくれと言われたからである。どうやらアレクサンダーもフランツィスカもよほど不安なようだ。
どうせ城に行くなら、朝ディートリヒが城に向かうときに一緒に行けばいいと言われて、エレオノーラは彼とともに毎朝城へ向かい、彼が帰るころに一緒に離宮へ戻る生活を送ることになった。
だがわたしは、城に通うことによって発生する弊害に、気づけていなかったようだ。
……また来た。
わたしはため息をつきたくなるのをぐっと我慢して、顔に笑みを張り付けた。
王妃の部屋に行くと言っても特別何かすることがあるわけではなく、毎日フランツィスカと雑談してお茶を飲んで、体調に変化がないか確認して帰るのがわたしの日課だ。
そう聞くととても穏やかで平和な時間のように思えるが、いかんせん、この平和な時間をぶち壊す迷惑な人間がいる。それがジークレヒトだった。
部屋の扉を守っている女性騎士から来客を告げられてわたしが席を立てば、案の定、扉の奥にはバラの花束を抱えたジークレヒトが立っていた。
厚顔無恥なこの男は、わたしが城に通いはじめてから毎日のように花束を抱えてやってくる。
「……花を生けるところがありませんので、持って来ないでくださいとお願いしたはずですが?」
わたしはくんと鼻を動かして、バラの花に紛れている幻惑草の存在に気がつくと、空気を浄化する魔術を使った。
どういう思惑があるのかは知らないが、ジークレヒトは毎回花束の中に幻惑草を紛らせて持ってくる。
……この花束も後で処分ね。
もらった花束は毎回離宮へ持ち帰り、暖炉で焼却処分していた。幻惑草の影響を出さないためには燃やしてしまうのに限る。バラと幻惑草とを分けてバラだけ活けてもいいのだが、ジークレヒトからの贈り物を見るとディートリヒが嫌な顔をするのだ。だからすべて灰にする。……花には申し訳ないが。
「いけるところがないなら、吊り下げてドライフラワーにするのもおすすめだよ」
……そんなことをすれば幻惑草の影響が出るじゃないのよ! お断りよ!
幻惑草は乾燥させたものでも香りの影響を受けるのだ。だから燃やして灰にするに限るのだが、わかっているのかいないのか、飄々とそんなことをいうジークレヒトに腹が立つ。
「部屋中花だらけになりますから、遠慮いたします」
「この花の数が私の気持ちの数なのだから、ぜひ受け取ってほしい」
……ああ言えばこう言う男ね!
忌々しいことに、ジークレヒトはわたしが花束を受け取るまでこうして粘って立ち去らない。
フランツィスカの手前、いまのところ花束を渡す以外に何か仕掛けてくるようなことはないけれど、この花束のおかげで、フランツィスカや彼女の侍女たちには、すっかりジークレヒトがわたしに片思いをしているように思われている。
あまり長い間ジークレヒトの顔を見ていたくないので花束を受け取って追い返すと、いつも通り、侍女たちが好奇心丸出しな表情で口々に訊ねてきた。
「ジークレヒト様は本当にエレオノーラ様が好きなのね。どう、そろそろほだされてきたんじゃないかしら?」
「あらでも、エレオノーラ様の本命はディートリヒ様でしょう?」
「毎日こんなに熱烈に口説かれ続けたらそろそろ気持ちも揺れるんじゃないかしら?」
「どうするの、エレオノーラ様?」
王妃の侍女たちは、どうやら娯楽が少ないらしい。
面白そうなネタにはここぞとばかりに食いついてくる習性らしく、そして彼女たちが最も面白がっているのはわたしの恋路らしかった。
侍女たちに言わせれば、ディートリヒと同じ離宮で暮らしていながら彼と婚約していないのは、わたしに思うところがあるからだ、なのだそうだ。
侍女たちはその「思うところ」をディートリヒとジークレヒトの板挟みになって決めかねている、と言う方向へ発展させて盛り上がっている。
「あなたたち、エレオノーラを困らせるようなことを言うものではないわ」
フランツィスカがおっとりと微笑んで侍女たちを止めてくれた。
フランツィスカの体調は安定していて、今のところ流産の危機もなさそうだ。
彼女の妊娠については、まだ侍女たちにも伏せられているが、勘が鋭いものはどこかで気づくだろうから、タイミングを見て侍女たちには伝えると言っていた。
わたしはジークレヒトから押し付けられた花束を部屋の隅に置いて、香りの影響が出ないように結界の魔術で花束の周りを取り囲む。
そして、お茶を入れてのんびりと談笑をしている彼女たちのもとに戻ると、話に加わるふりをしながら、ジークレヒトは幻惑草をどこから仕入れているのだろうかと考えた。
……毎回だもの。絶対わざとでしょうけど、問題は幻惑草がどこにあるのかってことよ。
わたしは城の庭に生息している小動物たちにお願いして、敷地内の草木を調べてもらったけれど、城の敷地内にはそれらしいものは生えていなかった。
あと残るのは、ジークレヒトの離宮の庭だ。
ジークレヒトの離宮の庭も動物たちに調べてもらおうと思ったのだが、動物たちが彼の離宮に近づくことを嫌がったのだ。
ジークレヒトが神経質なのか、それともそこにいる使用人が神経質なのか、彼の離宮の敷地に動物が入り込むと、使用人たちがすごい形相で追いかけまわしてくるのだという。
それは動物たちを殺すことも厭わない勢いで、そのため動物たちは怯えて彼の離宮には近づきたくないのだそうだ。
……庭に入り込んできた動物を殺す勢いで追いかけまわすって、動物嫌いなのかしら?
中には動物に対してアレルギーを持っている人間もいるが、それにしても異常である。
……動物たちが調べられないのなら仕方がないわ。魔術で姿を消して、わたしが潜入してみるしかないわね。
広大な城の敷地を調べるのは一人では無理だが、ジークレヒトの離宮の庭を調べるくらいならわたし一人でも何とかなるだろう。
わたしはくすくすと楽しそうに笑う侍女たちに微笑み返しながら、今日の夜にでも、ジークレヒトの離宮の庭に忍び込もうと決めた。
45
お気に入りに追加
392
あなたにおすすめの小説

【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。
紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。
「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」
最愛の娘が冤罪で処刑された。
時を巻き戻し、復讐を誓う家族。
娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ
音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

リストラされた聖女 ~婚約破棄されたので結界維持を解除します
青の雀
恋愛
キャロラインは、王宮でのパーティで婚約者のジークフリク王太子殿下から婚約破棄されてしまい、王宮から追放されてしまう。
キャロラインは、国境を1歩でも出れば、自身が張っていた結界が消えてしまうのだ。
結界が消えた王国はいかに?

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。
当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。
しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。
最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。
それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。
婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。
だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。
これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる