上 下
24 / 42

ディートリヒ様は違うと思うのです 2

しおりを挟む
 その後、アレクサンダーがまだフランツィスカの側についているというので、わたしは一人パーティー会場に戻ることになった。
 すると、大広間の扉の前で所在なさげに立っているディートリヒがいて、わたしは目を丸くしてしまった。

「ディートリヒ様、どうしたんですか?」

 はしたなくならない程度に小走りで駆け寄ると、ディートリヒがあからさまに安堵した顔を作る。

「時間がかかっているみたいだから心配になってね。大丈夫だった?」
「王妃様は大丈夫です。今は落ち着いていらっしゃって……」
「そうじゃなくて、君が、なんだけど」
「……え?」

 わたしはついぱちぱちと目をしばたたいた。

「陛下も王妃様もとてもお優しい人だとは知っているけど、その……」

 ……えーっと、もしかしなくても、わたしが何か言われたんじゃないかって心配していたってこと?

 わたしの外見はこのとおり「魔族」と揶揄される黒髪に黒目だ。まあ実際に、魔族からの転生者だし、もっと言えば魔力を持っているので「魔族」とくくっても間違いはないのかもしれないが、ディートリヒはわたしがまた傷つけられるのではないかと心配しているのだろう。

 ……ディートリヒ様は本当に優しいわ。

 やっぱり、彼が侍医に命じてフランツィスカに堕胎薬を飲ませたとは思えない。
 というか、侍医が処方していた避妊薬に魔族が暮らしていた土地でしか生息していなかった薬草が使われていた時点で、わたしの中の容疑者はジークレヒトかもしくは彼の周辺の誰かに特定されていた。

 とはいえ、確証が持てるまではディートリヒにフランツィスカの部屋で何があったのかを教えることはできない。
 ディートリヒ相手に秘密を作ってしまったようで、わたしは罪悪感を覚えてしまった。
 人間であれ魔族であれ、他人に秘密の一つも持たずに生きていくことはできないが、どうしてだろう、ディートリヒに秘密にするのがひどく後ろめたい。

 すでにわたしは自身の前世のことやこの体に流れる魔力のことでディートリヒに秘密を作っているというのに、いまさらその秘密が一つ増えるだけでどうしてこんなにも心苦しく感じるのだろう。

「陛下からも王妃様からもひどいことなんて言われていませんよ。ただ、そのことで少しご相談があるんですが、それは帰ってからでもいいでしょうか?」

 侍医の件は伏せて、昼に王妃のもとに通う許可をもらわなくてはならない。
 わたしの言い回しに、ディートリヒはこの場では言いにくいことなのだと瞬時に判断して、微笑んで手を差し出してきた。

「あと少しでパーティーも終わるよ。終わるころには陛下も戻られるだろうから、それまで座って休んでいよう」

 たぶん、アレクサンダーに呼ばれたわたしが何をしていたのかとか、王妃の容体とか、いろいろ聞きたいことがあるだろうに何も聞かないでいてくれるディートリヒは、きっと、わたしのことを信頼してくれているのだろう。
 こんなに信頼してくれているのに、わたしは、彼が勇者の末裔と言うだけで、最後の一線を引いてしまう。

 ……ああ、そうか。

 わたしがディートリヒに対して後ろめたく思う理由がわかった。
 わたしは、ディートリヒを信頼しきれずに秘密を作ってしまうことが後ろめたいのだ。彼を信頼したいのに信頼しきれない自分が、後ろめたくて仕方がないのである。

 たぶんだが、わたしはディートリヒを信頼したいのだと思う。

 そして、それができない臆病な自分が、情けなくて後ろめたくて、嫌なのだ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離婚ですね?はい、既に知っておりました。

杉本凪咲
恋愛
パーティー会場で、夫は離婚を叫ぶ。 どうやら私が他の男性と不倫をしているらしい。 全くの冤罪だが、私が動じることは決してない。 なぜなら、全て知っていたから。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

私があなたを虐めた?はぁ?なんで私がそんなことをしないといけないんですか?

水垣するめ
恋愛
「フィオナ・ハワース! お前との婚約を破棄する!」 フィオナの婚約者の王子であるレイ・マルクスはいきなりわたしに婚約破棄を叩きつけた。 「なぜでしょう?」 「お前が妹のフローラ・ハワースに壮絶な虐めを行い、フローラのことを傷つけたからだ!」 「えぇ……」 「今日という今日はもう許さんぞ! フィオナ! お前をハワース家から追放する!」 フィオナの父であるアーノルドもフィオナに向かって怒鳴りつける。 「レイ様! お父様! うっ……! 私なんかのために、ありがとうございます……!」 妹のフローラはわざとらしく目元の涙を拭い、レイと父に感謝している。 そしてちらりとフィオナを見ると、いつも私にする意地悪な笑顔を浮かべた。 全ては妹のフローラが仕組んだことだった。 いつもフィオナのものを奪ったり、私に嫌がらせをしたりしていたが、ついに家から追放するつもりらしい。 フローラは昔から人身掌握に長けていた。 そうしてこんな風に取り巻きや味方を作ってフィオナに嫌がらせばかりしていた。 エスカレートしたフィオナへの虐めはついにここまで来たらしい。 フィオナはため息をついた。 もうフローラの嘘に翻弄されるのはうんざりだった。 だからフィオナは決意する。 今までフローラに虐められていた分、今度はこちらからやり返そうと。 「今まで散々私のことを虐めてきたんですから、今度はこちらからやり返しても問題ないですよね?」

婚約破棄されたので、聖女になりました。けど、こんな国の為には働けません。自分の王国を建設します。

ぽっちゃりおっさん
恋愛
 公爵であるアルフォンス家一人息子ボクリアと婚約していた貴族の娘サラ。  しかし公爵から一方的に婚約破棄を告げられる。  屈辱の日々を送っていたサラは、15歳の洗礼を受ける日に【聖女】としての啓示を受けた。  【聖女】としてのスタートを切るが、幸運を祈る相手が、あの憎っくきアルフォンス家であった。  差別主義者のアルフォンス家の為には、祈る気にはなれず、サラは国を飛び出してしまう。  そこでサラが取った決断は?

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~

juice
ファンタジー
過去に名家を誇った辺境貴族の生まれで貴族の三女として生まれたミラ。 しかし、才能に嫉妬した兄や姉に虐げられて、ついに家を追い出されてしまった。 彼女は森で草を食べて生き抜き、その時に食べた草がただの草ではなく、ポーションの原料だった。そうとは知らず高級な薬草を食べまくった結果、体にも異変が……。 知らないうちに高価な材料を集めていたことから、冒険者兼薬師見習いを始めるミラ。 新しい街で新しい生活を始めることになるのだが――。 新生活の中で、兄姉たちの嘘が次々と暴かれることに。 そして、聖女にまつわる、実家の兄姉が隠したとんでもない事実を知ることになる。

GENERATION/MONSTERS

真夏の扇風機
SF
突如日本上空に天空都市が現れた事によりネットは大騒ぎ。  民放各社は我先と天空都市の特種を掴むため直行し、その報道は瞬く間に全国に広まった。 政府は天空都市を調査する為、半径10km圏内を立ち入り禁止するも、天空都市からこぼれ落ちた黒い液体より、文明は崩壊した。 そして、地球上に新たな生命体が誕生する。 人類は、それを【MONSTA】と名付けた。  

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

処理中です...