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ディートリヒ様は違うと思うのです 1

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 アレクサンダーは当面の間、侍医がフランツィスカに堕胎薬および避妊薬を飲ませたことについては公表しないと決定した。
 とはいえ、侍医を無罪放免にはできないので、彼女については極秘裏に尋問し、相応の処罰をするという。

 ……たぶん、尋問して口を割らせた後、自然死に見せかけて殺されるんでしょうね。

 生まれる前とはいえ、王妃の腹に宿った命は王子か王女かどちらかだ。フランツィスカの意に沿わぬ形で堕胎薬でそれを流すと言うことは、王族を殺害したと同意である。処刑が妥当なところだろうが、処刑にすると理由を公表しなければならない。今はまだこの事実を公表しないとアレクサンダーが決めたのならば、極秘裏に始末するのが妥当なところだと思われた。

 アレクサンダーに冷静さは戻ったけれど、彼が激怒していることには違いないのだ。どんな事情があったのかは知らないが、事情を訊いたところで侍医に温情は下らないだろう。
 もちろんわたしは、この件に口出しする資格もないし口出ししようとも思わない。
 だからアレクサンダーの決定には何も言わなかったけれど、問題はまだ残っている。

「そなたはディートリヒと仲がいいのだろう?」

 アレクサンダーのその一言で、彼が何を言いたいのか理解できた。
 わたしはディートリヒと仲がいい。彼の求婚は受け入れなかったけれど、彼を好ましいと思っているのは事実だ。
 しかし今回の件で、ディートリヒやその家族は容疑者に上がってしまった。
 彼だけではない。ジークレヒトとその家族、そしてディートリヒとジークレヒトをそれぞれ推している勢力もすべてが容疑者だ。

 ……そう考えると国の貴族の大半が容疑者に上がるわけだけど、まあ、仕方がないわね。

 次期王位争いの渦中にあるのだ。どちらが王につくかで、国の勢力図は大きく変わると考えていい。
 ここで第三の勢力――すなわち、国王夫妻の子で正当なる跡取りが誕生すれば、国はさらに混乱するだろう。
 ドゥルンケル国では王位継承は男子優先だが、王女であっても王配を置いて女王に就くことが可能だ。

 つまりは、国王夫妻に子が生まれた段階で、王位継承権はその子供が第一位になる。よほどのことがない限り、ジークレヒトやディートリヒに出る幕はない。
 これまでジークレヒトやディートリヒを推していた貴族たちは非常に困るだろう。
 例えばジークレヒトやディートリヒが王位を継いだタイミングで、何かしらのポジションを用意されることが約束されていた貴族たちは大いに慌てることになる。
 ディートリヒとジークレヒトで王太子の座を争っていることからわかる通り、国は今、それぞれの勢力で二分化されていると考えてもいい。

 ……この状況で正当な跡取りの誕生は、あまり歓迎されないでしょうね。

 王子もしくは王女の誕生を阻止したい人間は大勢いる。
 王妃の腹の子を堕胎させようとした犯人――侍医の裏にいる人物は、そうした人間の誰かだ。
 わたしはディートリヒと仲がいいが、それだけで彼や彼の周囲の人間が容疑者から外れることはない。

 ……ディートリヒ様がこんな残酷なことをするとは思えないけれど、容疑者である以上、不用意な情報は漏らせないわ。

「……ここでのことは、ディートリヒ様には内緒にしておくつもりです」
「そうしてもらえると助かる。……それから、これは命令ではなく頼みなのだが、可能であれば日中、王妃の側にいてやってくれないだろうか? 夜はわたしがそばにいるが、さすがに私も日中ずっとそばについていてやることはできない。エレオノーラがそばにいてくれると助かるのだが……」

 今回のことで、フランツィスカの周囲の人間――もっと言えば、城で働く人間に信頼がおけなくなったのだろう。
 ずっと信頼して体調管理を任せていた侍医に裏切られたのだ、侍女や騎士たちの中にも裏切者がいるかもしれないと疑心暗鬼になってしまう気持ちはわかる。
 そして、恐らくアレクサンダーの中で、王妃の腹にいる子の命を救い、王妃が堕胎薬や避妊薬を飲まされていたことに気がついたわたしは、一番信頼できる人間になってしまった。

「……ディートリヒ様に相談してからでないと、判断できません」

 わたしはディートリヒに保護されている身だ。彼に黙って決定はできない。

「王妃様の体調不良についてはディートリヒ様もご存じです。体調が優れないため、当面、聖女であるわたしがお側に控えることになったという方向でご相談してみます」
「……頼む」

 アレクサンダーはホッと息を吐き出して、不安そうな表情を浮かべているフランツィスカに視線を向けると、そっと彼女の手を握った。



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