元魔王の娘が聖女に転生っておかしくないですか?~前世でわたしを殺した勇者の末裔に言い寄られても困ります!~

狭山ひびき@バカふり200万部突破

文字の大きさ
上 下
22 / 42

権力争いとはかくも虚しき

しおりを挟む
「待て、どういう――」
「陛下、狼狽えられるのはわかりますがお静かにお願いします。それから、こちらの堕胎薬は王妃様がお望みになったものではありません。そうですよね?」

 同様のあまり大声を上げそうになるアレクサンダーを制して、わたしはフランツィスカに訊ねた。
 フランツィスカは強張った顔で大きく頷く。

「王妃様は、いつ頃に妊娠しているとお気づきになったんですか?」
「数日前よ。どうも体の様子がおかしくて……。気怠いというか、熱っぽいというか。それで侍医に診てもらったら、懐妊していると」

 フランツィスカはわたしとそれからわたしの手にある薬湯の残りを交互に見て、戸惑うように視線を動かした。

「どうして知らせなかった」

 アレクサンダーが責めるような響きのある声を出したので、わたしは「陛下」と彼を止める。ここでフランツィスカを非難してはいけない。アレクサンダーも動揺しているだろうが、フランツィスカはそれに輪をかけて動揺しているはずだ。
 フランツィスカはそっと目を伏せて、まつげを震わせながら続けた。

「その……わたくしは、子が流れやすい体質なのだそうなのです。だから陛下には、流れる危険が去るまではお伝えしない方がいいだろうと。落胆させてしまいますから……」
「と、侍医が言ったんですよね?」
「ええ……」
「侍医にそれを最初に言われたのはいつですか?」
「え?」

 フランツィスカは驚いたように顔を上げて、それからちょっと考えたあとで、「七年前ね」と答えた。

「ま、まてフランツィスカ。するとそなたは、以前にも懐妊したことがあるのか?」

 アレクサンダーはおろおろしながら言った。
 フランツィスカは子ができない。彼はずっとそう思っていて、だからジークレヒトとディートリヒを王太子候補にしたのだ。無事に生まれなかったにしても、フランツィスカが懐妊したことに驚きを隠せないようである。
 フランツィスカが悲しそうに顔を伏せたので、わたしは彼女のかわりに答えた。

「おそらくですが、七年前と三年前、じゃないでしょうか?」
「……どうしてわかったの?」
「先ほど陛下がハルネス様と三年前と七年前にも同じことがあったとお話していましたから。たぶん、三年前と七年前にも、こちらの薬が処方されたはずです」

 フランツィスカはハッと息を呑んだ。

「でも、だって……侍医は、その薬は子がお腹から流れるのを防ぐ薬だって……」
「違います」

 フランツィスカが両手で口を覆う。
 彼女の大きな目からぽろぽろと涙があふれると、アレクサンダーが慌てて彼女を抱きしめた。

「そんな……だって……」
「侍医が知らないはずはありません。おそらく故意的に、王妃様に堕胎薬を飲ませたのだと思われます」

 ひどいことをするものだと眉を寄せて、わたしは再度フランツィスカの腹部に手を当てる。……うん。大丈夫。一時は危なかったけど、ちゃんと持ちこたえた。お腹の中のこの子は強い子だ。
 アレクサンダーはしばらくフランツィスカを抱きしめていたが、侍医が連れていかれた扉を睨んで、低い声で「助かった、エレオノーラ」と呟く。
 ここから先はわたしが出る幕ではない。
 アレクサンダーが侍医を捕らえて吐かせるだろう。だからこれ以上は余計な言葉は必要ない。

「癒しをかけたので、子が流れる危機は回避されました。こればかりは確実にどうこう言える問題ではありませんが、安静にしていらっしゃれば、流れる危機も少ないと思います」
「では……」
「はい。ご安心ください。まだお腹にお子様はいらっしゃいますよ」

 アレクサンダーが目を見開いて、フランツィスカの腹に視線を向けた。
 フランツィスカが腹部に手を置くと、おずおずとその上に自分の手を重ねる。
 見つめあう国王夫妻を微笑ましく思って見ていたわたしは、ふと、飲みかけの薬湯のほかに、別の薬包が棚の上に置かれているのを見つけた。

「これは……?」
「ああ、それは、昔から飲んでいるものなの。その……子ができやすくなる薬なんですって。侍医が……」

 言いかけて、フランツィスカは息を呑む。
 わたしは大きく頷いた。
 フランツィスカに堕胎薬を飲ませるような侍医だ。この薬も、フランツィスカに説明した通り「子ができやすくなるもの」ではない可能性が高い。
 わたしはフランツィスカの許可を得て薬包を開き、鼻を近づけて匂いを嗅いだ。それから小指の先に少量をつけてぺろりと舐めて、ぐっと眉を寄せる。

「……これも、侍医が持って来たと言いましたよね?」

 わたしは自分の声がずいぶんと低くなっているのに気がついた。
 だってこれは……、この薬に使われている薬草は、本来ならば人間界では手に入らない。
 幻惑草と同じく、魔力で成長する薬草で、千年前に魔族が生活していた場所にしか生えなかったものだったからだ。

 ……幻惑草といい、これといい、なんでこんなものがここに……。

 どちらにせよ、これを王妃に飲ませていた侍医は、この草に何の作用があるのかを理解していて処方していたということになる。
 今すぐ侍医を問い詰めたいところだが、侍医を問い詰めるのは国王の仕事でわたしの仕事ではない。ここで不用意に口を挟むことはできなかった。

「それはなんだ?」

 アレクサンダーが訊ねる。
 わたしはこの草の生息条件などは伏せて、効能だけを答えることにした。

「これは、妊娠させやすくする薬ではなく妊娠しにくくなる薬……避妊薬ですよ」
「ああ……!」

 王妃が声を上げて顔を覆う。
 信頼していた侍医がずっと昔から自分を欺いていたのだ、王妃にとっては耐えがたい事実だろう。
 アレクサンダーが怒りで顔を真っ赤に染めている。

「あのしれ者め‼ 今すぐに問い詰めてやる!」
「お待ちください」

 今にも部屋から飛び出して行きそうなほど憤っているアレクサンダーを、わたしは両手を前にかざして止めた。侍医の件はわたしが口を出すべきではないと思ったが、今のアレクサンダーは怒りで冷静な判断ができていないように思える。差し出口だとは思うが、彼が冷静に戻るように多少の助言は必要だろう。

「何故止める!」
「陛下、少し冷静になってください。避妊薬に堕胎薬……これは、侍医の独断であるとは思えません」
「だから問い詰めて吐かせると――」
「王妃様にお子ができなくて得をするのは誰でしょう」
「……は?」
「直接にしろ間接にしろ、もしかしたら本人たちが与り知らないところで起こってしまった悲劇かもしれませんが、王妃様にお子ができなくて得をする人間でわたくしが思いつくのは二人……いえ、二家です」

 アレクサンダーが瞠目して動きを止めた。

 そう――

 普通に考えれば、国王夫妻の間に子ができなくて得をするのは、王太子争いをしているジークレヒトとディートリヒだ。
 もちろんわたしは、ディートリヒや彼の両親がこんなことをするとは思っていない。
 けれども、本人たちが与り知らないところで、両者を推す勢力の誰かがこのような暴挙に及ぶ可能性もゼロではない。

 これを公表すれば、国に混乱を招くことになるだろう。
 犯人探しをするにしても慎重に動く必要がある案件だ。
 アレクサンダーもわたしの言わんとすることがわかったのか、愕然とした面持ちでベッドの縁に座りなおした。

「……そうだな。この件は、慎重に慎重を重ねて精査する必要がある」
「はい……」

 ジークレヒトやディートリヒが直接関与していなくて、彼らのどちらかを推す何者かが独断で動いてことであっても、ジークレヒトやディートリヒも無傷とはいかない。
 情報が下手に外部に漏れれば、国を挙げての犯人探しに発展する可能性もあり、下手をすれば国内が大きく乱れる可能性も出てくる。
 真相をうやむやにしろとは言わないが、暴くにしても慎重に、そして公表するのであればなおのこと配慮しなければならない問題だ。

 アレクサンダーは腹に溜まった怒りを吐き出すように大きく息を吐き、静かに「対応についてはこれから考えよう」と言う。

 本当は今すぐにでも犯人を捕らえて相応の処罰がしたいだろうに、そう言って怒りを抑え込む彼は、まさしく王だと思った。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

婚約破棄を喜んで受け入れてみた結果

宵闇 月
恋愛
ある日婚約者に婚約破棄を告げられたリリアナ。 喜んで受け入れてみたら… ※ 八話完結で書き終えてます。

私の療養中に、婚約者と幼馴染が駆け落ちしました──。

Nao*
恋愛
素適な婚約者と近く結婚する私を病魔が襲った。 彼の為にも早く元気になろうと療養する私だったが、一通の手紙を残し彼と私の幼馴染が揃って姿を消してしまう。 どうやら私、彼と幼馴染に裏切られて居たようです──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。最終回の一部、改正してあります。)

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

処理中です...