19 / 42
二度目の幻惑草
しおりを挟む
……二回目となるとこれは偶然ではないわね。
わたしはこちらに歩いてくるジークレヒトを軽く睨みつけた。
ジークレヒトの後ろには、きつめの顔立ちの美人と、それからジークレヒトと似た雰囲気のある男性がいる。どうやら二人はジークレヒトの両親なのだろう。つまり、王姉グレータと、その夫フンベルト・シュタウピッツ公爵だ。
シュタウピッツ公爵夫妻は、わたしを一瞥しただけで自分たちの席に座ったが、ジークレヒトはなに食わぬ顔でこちらに近づいてくる。
「やあエレオノーラ。今日の君はとても綺麗だね」
そうしてわたしの手を取った挨拶をしようとしたジークレヒトの間に、ディートリヒが立ち上がると素早く回り込んだ。
ジークレヒトが眉を跳ね上げてディートリヒを睨む。
「何の真似だ?」
「それはこちらのセリフだ。席に座ったらどうだ? もうじき陛下もいらっしゃる」
ジークレヒトはなおも文句を言おうとしたが、ディートリヒが言った通り扉が開いて国王が入って来た。
ジークレヒトは仕方がなさそうにため息をつくと、国王に一礼して自分の席に座る。
……あら?
国王の隣には王妃の席が用意されているにもかかわらず、国王が一人でやって来たことにエレオノーラは首を傾げた。
「アレクサンダー、フランツィスカはどうしたの?」
ジークレヒトの隣に座るグレータが小声で訊ねたのが聞こえる。
アレクサンダー国王は、穏やかな顔で答えた。
「フランツィスカは体調を崩していましてね。とても参加できるような顔色ではなかったため休ませています。回復すれば顔を見せると思いますよ」
「王妃がそんなことでは困りますよ」
「そうは言いますが、王妃であっても人間ですよ、姉上」
「……まったく、あなたはそうやってすぐに妻を甘やかす」
グレータがあからさまにため息を吐いて首を横に振った。
アレクサンダーがどこか困ったように笑って、それからわたしたちの座る方へ視線を向ける。
「ようやく挨拶ができたね。聖女エレオノーラ」
「お会いできて光栄です、陛下」
わたしが慌てて立ち上がろうとするのを、アレクサンダーが手で制す。
「堅苦しいのはなしにしよう。あまり君に気を使わせると、ディートリヒがもう二度と君にあわせてくれなくなるかもしれない」
「息子はエレオノーラに夢中なんですよ、兄上」
ハルネスが笑いながらディートリヒのかわりに答えた。
ディートリヒは是とも否ともとれる曖昧な笑みを浮かべている。
「私には妃がいるから、エレオノーラを取ったりはしないよ」
「わかってはいても、このくらいの年齢のときは安心できないんですよ。兄上だって、昔はそうだったじゃないですか。覚えていますよ? 私にフランツィスカを取られるかもしれないと勘違いして文句を言いに来たのを。私にはヨゼフィーネがいるのにとあきれたものです」
「こら、今その話をする必要があるか?」
アレクサンダーがむっと口を曲げた。
「お前はすぐにそうやって昔の話をして私を揶揄う。まったく、そういうところが亡き父上そっくりだ。あーいやだいやだ」
わたしは目をしばたたいた。
アレクサンダーとハルネスはずいぶん仲がいいようだが、この場で軽口の応酬がはじまるとは思っていなかったからだ。
ディートリヒが「いつものことだから」と耳元でささやいて教えてくれる。
「父上があの通りだから、陛下は仕返しに私を揶揄って遊ぼうとするんだ。だからエレオノーラは陛下の言葉を真面目に聞いてはいけないよ」
いやいや、国王の言葉を真面目に聞いてはいけないと言われても困る。さすがにそれは不敬だろう。
「それはそうと、兄上。義姉上が体調が悪いって、どこか悪いんですか?」
「わからないが、先ほどから侍医に診せている。薬を飲んだから落ち着くと思うんだが、あまりにも青い顔をしていたから休ませておこうと思ってね。何、以前と同じだと思う。数日休めば落ち着くだろうから……」
アレクサンダーはそう言うが、妻のことが心配なのだろう、表情は暗い。
「すまないが、挨拶が終わったあとで少し中座させてもらう。ハルネス、私がいない間は頼むぞ」
「それはもちろん構いませんけど、以前と同じというと三年前と七年前のときのことですか? あの時義姉上は十日前後も寝込んだ気がしていますが……。やっぱりどこか悪いところがあるんじゃないですか?」
「私もそう思ったが、侍医が大丈夫だと言うんだ。何よりフランツィスカ本人が問題ないと言うのだから、私としてはこれ以上口出しできない。これ以上はこの話題はよしてくれ」
「……わかりました。差し出がましいことを言ってすみません」
ハルネスは納得していない顔だったが諦めたような顔で謝罪した。
わたしは二人の様子を見つめながら、小さく首をひねる。
……何もないのに、十日も寝込むことがあるのかしら?
何かが引っかかったが、もちろんわたしが余計な口を挟めるはずもない。
少ししてパーティーのはじまる時間になると、アレクサンダーが立ち上がって挨拶をし、わたしを聖女だと紹介する。
そして挨拶を終えて数分後、ハルネスに言った通り、アレクサンダーはやや急ぎ足で会場を出て行った。
わたしはこちらに歩いてくるジークレヒトを軽く睨みつけた。
ジークレヒトの後ろには、きつめの顔立ちの美人と、それからジークレヒトと似た雰囲気のある男性がいる。どうやら二人はジークレヒトの両親なのだろう。つまり、王姉グレータと、その夫フンベルト・シュタウピッツ公爵だ。
シュタウピッツ公爵夫妻は、わたしを一瞥しただけで自分たちの席に座ったが、ジークレヒトはなに食わぬ顔でこちらに近づいてくる。
「やあエレオノーラ。今日の君はとても綺麗だね」
そうしてわたしの手を取った挨拶をしようとしたジークレヒトの間に、ディートリヒが立ち上がると素早く回り込んだ。
ジークレヒトが眉を跳ね上げてディートリヒを睨む。
「何の真似だ?」
「それはこちらのセリフだ。席に座ったらどうだ? もうじき陛下もいらっしゃる」
ジークレヒトはなおも文句を言おうとしたが、ディートリヒが言った通り扉が開いて国王が入って来た。
ジークレヒトは仕方がなさそうにため息をつくと、国王に一礼して自分の席に座る。
……あら?
国王の隣には王妃の席が用意されているにもかかわらず、国王が一人でやって来たことにエレオノーラは首を傾げた。
「アレクサンダー、フランツィスカはどうしたの?」
ジークレヒトの隣に座るグレータが小声で訊ねたのが聞こえる。
アレクサンダー国王は、穏やかな顔で答えた。
「フランツィスカは体調を崩していましてね。とても参加できるような顔色ではなかったため休ませています。回復すれば顔を見せると思いますよ」
「王妃がそんなことでは困りますよ」
「そうは言いますが、王妃であっても人間ですよ、姉上」
「……まったく、あなたはそうやってすぐに妻を甘やかす」
グレータがあからさまにため息を吐いて首を横に振った。
アレクサンダーがどこか困ったように笑って、それからわたしたちの座る方へ視線を向ける。
「ようやく挨拶ができたね。聖女エレオノーラ」
「お会いできて光栄です、陛下」
わたしが慌てて立ち上がろうとするのを、アレクサンダーが手で制す。
「堅苦しいのはなしにしよう。あまり君に気を使わせると、ディートリヒがもう二度と君にあわせてくれなくなるかもしれない」
「息子はエレオノーラに夢中なんですよ、兄上」
ハルネスが笑いながらディートリヒのかわりに答えた。
ディートリヒは是とも否ともとれる曖昧な笑みを浮かべている。
「私には妃がいるから、エレオノーラを取ったりはしないよ」
「わかってはいても、このくらいの年齢のときは安心できないんですよ。兄上だって、昔はそうだったじゃないですか。覚えていますよ? 私にフランツィスカを取られるかもしれないと勘違いして文句を言いに来たのを。私にはヨゼフィーネがいるのにとあきれたものです」
「こら、今その話をする必要があるか?」
アレクサンダーがむっと口を曲げた。
「お前はすぐにそうやって昔の話をして私を揶揄う。まったく、そういうところが亡き父上そっくりだ。あーいやだいやだ」
わたしは目をしばたたいた。
アレクサンダーとハルネスはずいぶん仲がいいようだが、この場で軽口の応酬がはじまるとは思っていなかったからだ。
ディートリヒが「いつものことだから」と耳元でささやいて教えてくれる。
「父上があの通りだから、陛下は仕返しに私を揶揄って遊ぼうとするんだ。だからエレオノーラは陛下の言葉を真面目に聞いてはいけないよ」
いやいや、国王の言葉を真面目に聞いてはいけないと言われても困る。さすがにそれは不敬だろう。
「それはそうと、兄上。義姉上が体調が悪いって、どこか悪いんですか?」
「わからないが、先ほどから侍医に診せている。薬を飲んだから落ち着くと思うんだが、あまりにも青い顔をしていたから休ませておこうと思ってね。何、以前と同じだと思う。数日休めば落ち着くだろうから……」
アレクサンダーはそう言うが、妻のことが心配なのだろう、表情は暗い。
「すまないが、挨拶が終わったあとで少し中座させてもらう。ハルネス、私がいない間は頼むぞ」
「それはもちろん構いませんけど、以前と同じというと三年前と七年前のときのことですか? あの時義姉上は十日前後も寝込んだ気がしていますが……。やっぱりどこか悪いところがあるんじゃないですか?」
「私もそう思ったが、侍医が大丈夫だと言うんだ。何よりフランツィスカ本人が問題ないと言うのだから、私としてはこれ以上口出しできない。これ以上はこの話題はよしてくれ」
「……わかりました。差し出がましいことを言ってすみません」
ハルネスは納得していない顔だったが諦めたような顔で謝罪した。
わたしは二人の様子を見つめながら、小さく首をひねる。
……何もないのに、十日も寝込むことがあるのかしら?
何かが引っかかったが、もちろんわたしが余計な口を挟めるはずもない。
少ししてパーティーのはじまる時間になると、アレクサンダーが立ち上がって挨拶をし、わたしを聖女だと紹介する。
そして挨拶を終えて数分後、ハルネスに言った通り、アレクサンダーはやや急ぎ足で会場を出て行った。
45
お気に入りに追加
392
あなたにおすすめの小説
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。
鍋
恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。
キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。
けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。
セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。
キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。
『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』
キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。
そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。
※ゆるふわ設定
※ご都合主義
※一話の長さがバラバラになりがち。
※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。
※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる