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厚顔無恥って言葉を知っていますか? 1
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わたしがディートリヒの暮らす離宮に来てから五日が経ったが、いまだに、わたしが聖女に選ばれた理由はわからず仕舞いだった。
なぜなら、どれだけ探っても、わたしの中に聖女の力を見つけることはできなかったからだ。
わたしが気がつかないほど小さな力だって可能性もゼロではないが、それが他人ならばいざ知らず、自分自身の体に宿っているものに気がつかないのはやっぱりおかしい気がする。
……魔力と聖力を間違えたのかしら?
最終的に行きついた答えは、これだった。
というかもう考えたってわからないのでそう言うことにしておきたい。
大変不本意なことに、聖女認定されてしまったから、わたしは世間一般的に「聖女」になってしまった。
いくら探って答えが出たとしても、その事実はもう覆しようがない。
憎きヘレナと同じように「聖女」と呼ばれるのは非常に腹立たしいが、ここはもう、大人になって諦めるしかないだろう。
聖女と呼ばれてもわたしはわたしだ。魔王の娘サンドリアを前世に持つ、エレオノーラ・クラッセンなのである。
「ディートリヒ様、おはようございます」
「おはようエレオノーラ。今日も私は城で仕事があるけど、エレオノーラはどうする?」
美味しそうな朝食の並ぶダイニングテーブルについて、わたしはちょっと考える。
「んー……昨日お願いした、リスとか鳥の巣箱を離宮の庭に設置してもいいですか?」
「もちろんそれは構わないけど、高いところに設置するときは庭師にやってもらうんだよ。落ちたりしたら大変だからね」
わたしはそれほどどんくさくないので大丈夫だと思うのだが、ここでごねると巣箱の設置自体を禁止されるかもしれない。
……ここは素直に頷いた方がいいわよね。ディートリヒ様、すっごく心配性だし。
退屈だからとキッチンに手伝いに行っただけで「包丁は危ないから!」と大騒ぎをするのである。小屋でも包丁は使っていたのに――邸のキッチンから一本盗んでおいたのだ――今さらだと思ったのだが、そういえばディートリヒの前で包丁を使ったことがなかったと思い出した。
……包丁を持とうとするだけであれなんだから、木の上から転がり落ちたりしたらどれだけ騒ぐかわかったものじゃないわね。
ディートリヒはわたしを守ると言ったけれど、それは対人に限らなかったようだ。過保護すぎる。
「わかりました。木の上につけるときは、庭師にお願いします」
「うん、絶対にそうして。目を離すとなんでも自分でしようとするから、気が気じゃないよ」
そういうが、自分でできることを人に頼むのは気が引けるのだ。
しかしわたしは学習したので、言い返したりしない。言い返せばわたしが理解するまで、何が危険で何が心配なのかを滾々と説教されるからだ。
……リスたちは冬眠明けまで移ってこないでしょうけど、鳥たちはこっちに来るって言ってたから急いで巣を用意してあげたいのよね。
時間があれば動物たちは自分で巣を作るけれど、移動してくるのであれば用意しておいてあげたいのだ。
「いつも通り夕方には戻るけど、本当に、危ないことはしないでね?」
「わかりました」
王太子候補であるディートリヒは、王太子として必要な教育はすべて終わったらしいが、代わりに政務に携わるようになって、以前よりもさらに忙しくなったらしい。
朝から夕方まで城で仕事をして、それ以外でも何か緊急な用事があればすぐに城に駆けつけなければならない。この離宮に住むようになったのは、だからだという。
ちなみに、こことは反対に位置する場所にある離宮はジークレヒトが使っているそうだ。
……ジークレヒトか。あいつ嫌いなのよね。
離れているとはいえ、同じ城の敷地内にジークレヒトがいるというのは少々落ち着かない。
しかしこれまでもユリアに会いに月に一度は伯爵家に来ていたので、それを思えば、使用人たちに守られているこの離宮の方が安全だし安心できる。
ディートリヒの離宮の使用人たちは、ほとんどが彼の実家であるケルヒェン公爵家から連れてこられたそうで、とても親切で優しい人たちばかりだった。
わたしの黒い髪や瞳にも嫌悪感を抱かず、笑顔で接してくれる。
主人ができた人間だと、使用人にも素晴らしい人材が集まるようだ。
初日に好きだと言われて戸惑ったけれど、あれ以来ディートリヒはこれまで通りに接してくれているので何も戸惑うことはない。
ここでの暮らしは、信じられないくらいに快適だった。
なぜなら、どれだけ探っても、わたしの中に聖女の力を見つけることはできなかったからだ。
わたしが気がつかないほど小さな力だって可能性もゼロではないが、それが他人ならばいざ知らず、自分自身の体に宿っているものに気がつかないのはやっぱりおかしい気がする。
……魔力と聖力を間違えたのかしら?
最終的に行きついた答えは、これだった。
というかもう考えたってわからないのでそう言うことにしておきたい。
大変不本意なことに、聖女認定されてしまったから、わたしは世間一般的に「聖女」になってしまった。
いくら探って答えが出たとしても、その事実はもう覆しようがない。
憎きヘレナと同じように「聖女」と呼ばれるのは非常に腹立たしいが、ここはもう、大人になって諦めるしかないだろう。
聖女と呼ばれてもわたしはわたしだ。魔王の娘サンドリアを前世に持つ、エレオノーラ・クラッセンなのである。
「ディートリヒ様、おはようございます」
「おはようエレオノーラ。今日も私は城で仕事があるけど、エレオノーラはどうする?」
美味しそうな朝食の並ぶダイニングテーブルについて、わたしはちょっと考える。
「んー……昨日お願いした、リスとか鳥の巣箱を離宮の庭に設置してもいいですか?」
「もちろんそれは構わないけど、高いところに設置するときは庭師にやってもらうんだよ。落ちたりしたら大変だからね」
わたしはそれほどどんくさくないので大丈夫だと思うのだが、ここでごねると巣箱の設置自体を禁止されるかもしれない。
……ここは素直に頷いた方がいいわよね。ディートリヒ様、すっごく心配性だし。
退屈だからとキッチンに手伝いに行っただけで「包丁は危ないから!」と大騒ぎをするのである。小屋でも包丁は使っていたのに――邸のキッチンから一本盗んでおいたのだ――今さらだと思ったのだが、そういえばディートリヒの前で包丁を使ったことがなかったと思い出した。
……包丁を持とうとするだけであれなんだから、木の上から転がり落ちたりしたらどれだけ騒ぐかわかったものじゃないわね。
ディートリヒはわたしを守ると言ったけれど、それは対人に限らなかったようだ。過保護すぎる。
「わかりました。木の上につけるときは、庭師にお願いします」
「うん、絶対にそうして。目を離すとなんでも自分でしようとするから、気が気じゃないよ」
そういうが、自分でできることを人に頼むのは気が引けるのだ。
しかしわたしは学習したので、言い返したりしない。言い返せばわたしが理解するまで、何が危険で何が心配なのかを滾々と説教されるからだ。
……リスたちは冬眠明けまで移ってこないでしょうけど、鳥たちはこっちに来るって言ってたから急いで巣を用意してあげたいのよね。
時間があれば動物たちは自分で巣を作るけれど、移動してくるのであれば用意しておいてあげたいのだ。
「いつも通り夕方には戻るけど、本当に、危ないことはしないでね?」
「わかりました」
王太子候補であるディートリヒは、王太子として必要な教育はすべて終わったらしいが、代わりに政務に携わるようになって、以前よりもさらに忙しくなったらしい。
朝から夕方まで城で仕事をして、それ以外でも何か緊急な用事があればすぐに城に駆けつけなければならない。この離宮に住むようになったのは、だからだという。
ちなみに、こことは反対に位置する場所にある離宮はジークレヒトが使っているそうだ。
……ジークレヒトか。あいつ嫌いなのよね。
離れているとはいえ、同じ城の敷地内にジークレヒトがいるというのは少々落ち着かない。
しかしこれまでもユリアに会いに月に一度は伯爵家に来ていたので、それを思えば、使用人たちに守られているこの離宮の方が安全だし安心できる。
ディートリヒの離宮の使用人たちは、ほとんどが彼の実家であるケルヒェン公爵家から連れてこられたそうで、とても親切で優しい人たちばかりだった。
わたしの黒い髪や瞳にも嫌悪感を抱かず、笑顔で接してくれる。
主人ができた人間だと、使用人にも素晴らしい人材が集まるようだ。
初日に好きだと言われて戸惑ったけれど、あれ以来ディートリヒはこれまで通りに接してくれているので何も戸惑うことはない。
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