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元魔王の娘が聖女とか笑えません! 2
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その日は朝から雪が降っていた。
今年に限って言えば、これが王都で降るはじめての雪である。
わたしはディートリヒが定期的に届けてくれるドレスの中で一番暖かそうなものに身を包み、さらに上から雪除けのためにフード付きの外套を羽織って、昼前からとぼとぼと大神殿に向かって歩いていた。
今日の午後から、王都に住まう貴族女性の聖女選定を行うそうだが、ゲオルグやカサンドラ、ユリアはわたしと同じ馬車に乗るのを嫌がった。
化け物と同じ馬車には乗れないと言うのである。
加えて、ユリアが「化け物は雪に濡れながら歩いて行けばいいじゃない」と言ったせいで、それに同調したカサンドラにより、わたしは雪の降る中を邸から歩いて大神殿へ向かう羽目になった。
わたしたちより先について待っていろとカサンドラが命じて、遅れたらどんな罵りを受けるかわかったものではなかったので、わたしは少し早めに出発した。
クラッセン伯爵家のタウンハウスから大神殿までは歩いて一時間程度だが、雪が薄く積もっている石畳は滑りやすくなっているので、三十分早く出たのは正解だった。
……雪が鬱陶しいけど、ここで魔術は使わない方がいいんでしょうね。
聖女選定に向かうのだ。
もしも大神殿に集まっている貴族令嬢の中に聖女がいたら、わたしが魔術を使ったことに気づかれるかもしれない。
寒いなあ、冷たいなあと思いながら、足元に注しつつ大神殿へ到着すると、そこにはすでにたくさんの馬車が停まっていた。王都にいる貴族令嬢が集まるのだから、馬車の数も半端ない。正直言って通行人はかなり迷惑だろう。
「ここに馬車を停めないでください!」
神殿で働く神官たちが停車している馬車に動くように注意して回っているのが見えた。神官も大変だ。
わたしは神殿の前の石階段の前でクラッセン伯爵家の馬車が到着するのを待った。
けれどもどういうわけか、クラッセン伯爵家の馬車でやってくるはずのユリアは、婚約者ジークレヒトのシュタウピッツ公爵家の馬車に乗ってやって来た。
公爵家の馬車だけあって、大神殿の前に停車していた馬車たちが慌てて移動し、場所をあける。
やがて馬車が停車すると、ジークレヒトにエスコートされながら、ユリアがまるですでに自分が聖女に選ばれたかのようなエラそうな態度で馬車から降りてきた。ゲオルグとカサンドラは同乗していないのであとから来るのだろう。
「あらあら皆様、雪の中をご苦労様」
ジークレヒトに手を引かれながら、ユリアがくすくすと笑う。
そして石階段の前で待っていたわたしに目をとめると、「まあ!」と大仰な声を上げて口元に手を当てた。
「見て、ジークレヒト様! 魔族がいるわ! 魔族が聖女選定ですって。なんて恥知らずなのかしら!」
……あー、このセリフは、どう考えてもわたしに向かって言っているんでしょうね。
わたしがこの場で待っていることはわかっていたはずなのに、わざと驚いた声を上げてお芝居なんて、ユリアはどうあってもわたしにいちゃもんをつけたいらしい。
「ああ本当だな。魔族が聖女に選ばれるはずがないのにな」
「ええ。神殿に入ったら、聖なる力で燃えて死んでしまうんじゃないかしら。記念すべき日に魔族の焼死体なんて、気持ち悪いったらないわ」
……こんな馬鹿げた芝居に付き合う必要はないわね。
待っていろと言うから待っていたのだが、その結果が緞帳芝居の悪役とは馬鹿馬鹿しいったらない。
わたしは二人を無視してさっさと神殿の中に入ろうと踵を返した。だが――
「まあ! 神聖な神殿に魔族が入ろうとしているわ! 大変!」
そう言ってユリアがいきなり駆けだすと、踵を返したわたしの背中を力いっぱい突き飛ばした。
「きゃあっ」
よろけたわたしは、石階段に積もっている雪のせいでつるりと滑って、そのまま階段の上で転んでしまう。
幸い、階段の下の段のあたりにいたので転がり落ちることはなかったけれど、膝や腕をしたたかに打ってしまってわたしは眉を寄せた。
「まあ見て! 魔族だから神殿に拒否されたわ!」
自分で突き飛ばしておいて、ユリアがわけのわからないことを言って笑う。
「お前はそこではいつくばっていろ。どうせ神殿に入ったところで聖女に選ばれるはずないのだからな」
「ええ、聖女はこのわたしですもの。魔族はそうして地べたにはいつくばっているのがお似合いよ」
ジークレヒトとユリアが声を上げて笑いながら神殿の石階段を上っていく。
イラっとしたわたしは、聖女選定なんて面倒臭いことは無視してこの場から退散しようかと思った。しかし、立ち上がろうとしたとき、誰かがわたしの背中を支えるように手を回して、わたしは目を丸くして振り返る。
「ディートリヒ様……」
「ごめん、遅くなった! 大丈夫かい? 怪我はしていない?」
走ってきたのだろう、ディートリヒの息が乱れている。
「ちょっと打っただけですから大丈夫ですけど……ええっと、どうしてここに?」
膝や腕の打ち身は、あとで治癒魔術で治せばいい。
分厚いドレスと、それから外套を羽織っていたおかげで擦り傷は負っていないし、幸いにしてひねってはいないので歩くのには問題なさそうだ。
「どうしてって、聖女選定の日だからね。……その、ジークレヒトたちが君に対して何かするんじゃないかって気が気じゃなくて。間に合わなかったけど……」
「それでわざわざ?」
目を瞬くと、ディートリヒはちょっとだけ恥ずかしそうに目を伏せた。
「あとは……その、昔約束しただろう? 聖女に選ばれたら、あそこから出て私と来てくれるって」
「ああ……」
そういえば、五年前にそんな約束をした気がする。
まさかディートリヒが覚えていたとは思わなかったので、わたしは驚いてしまった。
……わたしが選ばれることはないでしょうけど……。
でも、ユリアのせいで変に悪目立ちをしてしまったし、貴族令嬢や子息の中にディートリヒ以外に親しい人はいないので、彼が来てくれて嬉しい。
「歩ける?」
「はい、平気です」
「そう、じゃあ一緒に行こう。付き添いは禁止されていないからね」
そう言ってディートリヒが手を差し出してきたので、わたしは彼の手を取った。
石階段を足元に気を付けながらゆっくり上って、女神像がある礼拝堂へ向かう。
そこで、一人一人が女神像に触れていくのが聖女選定なのだそうだ。
……聖女なら女神像が光るらしいから、やっぱり魔術じゃないのかしら?
そんなことを思いながら、ディートリヒと礼拝堂に入ったときだった。
「なんでよ⁉ どうして光らないの⁉ わたしは聖女なのよ‼」
礼拝堂の奥、女神像のあるあたりから、ユリアの金切り声が聞こえてきた。
今年に限って言えば、これが王都で降るはじめての雪である。
わたしはディートリヒが定期的に届けてくれるドレスの中で一番暖かそうなものに身を包み、さらに上から雪除けのためにフード付きの外套を羽織って、昼前からとぼとぼと大神殿に向かって歩いていた。
今日の午後から、王都に住まう貴族女性の聖女選定を行うそうだが、ゲオルグやカサンドラ、ユリアはわたしと同じ馬車に乗るのを嫌がった。
化け物と同じ馬車には乗れないと言うのである。
加えて、ユリアが「化け物は雪に濡れながら歩いて行けばいいじゃない」と言ったせいで、それに同調したカサンドラにより、わたしは雪の降る中を邸から歩いて大神殿へ向かう羽目になった。
わたしたちより先について待っていろとカサンドラが命じて、遅れたらどんな罵りを受けるかわかったものではなかったので、わたしは少し早めに出発した。
クラッセン伯爵家のタウンハウスから大神殿までは歩いて一時間程度だが、雪が薄く積もっている石畳は滑りやすくなっているので、三十分早く出たのは正解だった。
……雪が鬱陶しいけど、ここで魔術は使わない方がいいんでしょうね。
聖女選定に向かうのだ。
もしも大神殿に集まっている貴族令嬢の中に聖女がいたら、わたしが魔術を使ったことに気づかれるかもしれない。
寒いなあ、冷たいなあと思いながら、足元に注しつつ大神殿へ到着すると、そこにはすでにたくさんの馬車が停まっていた。王都にいる貴族令嬢が集まるのだから、馬車の数も半端ない。正直言って通行人はかなり迷惑だろう。
「ここに馬車を停めないでください!」
神殿で働く神官たちが停車している馬車に動くように注意して回っているのが見えた。神官も大変だ。
わたしは神殿の前の石階段の前でクラッセン伯爵家の馬車が到着するのを待った。
けれどもどういうわけか、クラッセン伯爵家の馬車でやってくるはずのユリアは、婚約者ジークレヒトのシュタウピッツ公爵家の馬車に乗ってやって来た。
公爵家の馬車だけあって、大神殿の前に停車していた馬車たちが慌てて移動し、場所をあける。
やがて馬車が停車すると、ジークレヒトにエスコートされながら、ユリアがまるですでに自分が聖女に選ばれたかのようなエラそうな態度で馬車から降りてきた。ゲオルグとカサンドラは同乗していないのであとから来るのだろう。
「あらあら皆様、雪の中をご苦労様」
ジークレヒトに手を引かれながら、ユリアがくすくすと笑う。
そして石階段の前で待っていたわたしに目をとめると、「まあ!」と大仰な声を上げて口元に手を当てた。
「見て、ジークレヒト様! 魔族がいるわ! 魔族が聖女選定ですって。なんて恥知らずなのかしら!」
……あー、このセリフは、どう考えてもわたしに向かって言っているんでしょうね。
わたしがこの場で待っていることはわかっていたはずなのに、わざと驚いた声を上げてお芝居なんて、ユリアはどうあってもわたしにいちゃもんをつけたいらしい。
「ああ本当だな。魔族が聖女に選ばれるはずがないのにな」
「ええ。神殿に入ったら、聖なる力で燃えて死んでしまうんじゃないかしら。記念すべき日に魔族の焼死体なんて、気持ち悪いったらないわ」
……こんな馬鹿げた芝居に付き合う必要はないわね。
待っていろと言うから待っていたのだが、その結果が緞帳芝居の悪役とは馬鹿馬鹿しいったらない。
わたしは二人を無視してさっさと神殿の中に入ろうと踵を返した。だが――
「まあ! 神聖な神殿に魔族が入ろうとしているわ! 大変!」
そう言ってユリアがいきなり駆けだすと、踵を返したわたしの背中を力いっぱい突き飛ばした。
「きゃあっ」
よろけたわたしは、石階段に積もっている雪のせいでつるりと滑って、そのまま階段の上で転んでしまう。
幸い、階段の下の段のあたりにいたので転がり落ちることはなかったけれど、膝や腕をしたたかに打ってしまってわたしは眉を寄せた。
「まあ見て! 魔族だから神殿に拒否されたわ!」
自分で突き飛ばしておいて、ユリアがわけのわからないことを言って笑う。
「お前はそこではいつくばっていろ。どうせ神殿に入ったところで聖女に選ばれるはずないのだからな」
「ええ、聖女はこのわたしですもの。魔族はそうして地べたにはいつくばっているのがお似合いよ」
ジークレヒトとユリアが声を上げて笑いながら神殿の石階段を上っていく。
イラっとしたわたしは、聖女選定なんて面倒臭いことは無視してこの場から退散しようかと思った。しかし、立ち上がろうとしたとき、誰かがわたしの背中を支えるように手を回して、わたしは目を丸くして振り返る。
「ディートリヒ様……」
「ごめん、遅くなった! 大丈夫かい? 怪我はしていない?」
走ってきたのだろう、ディートリヒの息が乱れている。
「ちょっと打っただけですから大丈夫ですけど……ええっと、どうしてここに?」
膝や腕の打ち身は、あとで治癒魔術で治せばいい。
分厚いドレスと、それから外套を羽織っていたおかげで擦り傷は負っていないし、幸いにしてひねってはいないので歩くのには問題なさそうだ。
「どうしてって、聖女選定の日だからね。……その、ジークレヒトたちが君に対して何かするんじゃないかって気が気じゃなくて。間に合わなかったけど……」
「それでわざわざ?」
目を瞬くと、ディートリヒはちょっとだけ恥ずかしそうに目を伏せた。
「あとは……その、昔約束しただろう? 聖女に選ばれたら、あそこから出て私と来てくれるって」
「ああ……」
そういえば、五年前にそんな約束をした気がする。
まさかディートリヒが覚えていたとは思わなかったので、わたしは驚いてしまった。
……わたしが選ばれることはないでしょうけど……。
でも、ユリアのせいで変に悪目立ちをしてしまったし、貴族令嬢や子息の中にディートリヒ以外に親しい人はいないので、彼が来てくれて嬉しい。
「歩ける?」
「はい、平気です」
「そう、じゃあ一緒に行こう。付き添いは禁止されていないからね」
そう言ってディートリヒが手を差し出してきたので、わたしは彼の手を取った。
石階段を足元に気を付けながらゆっくり上って、女神像がある礼拝堂へ向かう。
そこで、一人一人が女神像に触れていくのが聖女選定なのだそうだ。
……聖女なら女神像が光るらしいから、やっぱり魔術じゃないのかしら?
そんなことを思いながら、ディートリヒと礼拝堂に入ったときだった。
「なんでよ⁉ どうして光らないの⁉ わたしは聖女なのよ‼」
礼拝堂の奥、女神像のあるあたりから、ユリアの金切り声が聞こえてきた。
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