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男爵家の次は公爵家なんてもううんざり‼ 2
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ジルベールがセレアを見つけたのは、昨夜、カロン侯爵邸で開かれたパーティーでのことだった。
以前から、デュフール男爵家に聖女がいると言うのは噂になっていたが、よほど大切にしているのか、噂の聖女は滅多に社交界に顔を出さなかった。
そして、各家から縁談の申し込みが殺到する中、デュフール男爵はそれをのらりくらりとかわして、掌中の珠をただひたすらに守り続けているというのは有名な話だった。
はっきり言って、聖女という貴重な存在を男爵家に置いたままでいるのは危険ではないかと、他家から差し出すようにと圧力がかかったらしいということも聞いていた。
しかし男爵は、タウンハウスの警備をこれでもかと厳重にし、聖女を邸の奥深くに閉じ込めることで、デュフール男爵家でも充分に聖女を守れるのだということを示した。
おかげで最近ではそれほど騒がれなくなっていたけれど、デュフール男爵家の聖女を虎視眈々と狙う家が消えてなくなるわけではない。
ジルベールも、そんな貴族の一人だった。
ジルベールの視界の端では、聖女――セレアと言う名前だったか――が、バルコニーから庭を見下ろしている。
ハッと人目を引く鮮やかな赤銅色の髪に、細すぎるのではないかと心配になるような華奢な体つき。身長は高くもなければ低くもない女性の平均的だったが、顔が小さいからだろう、実際の身長よりも少し高く見える。
(あのハムの塊みたいな男爵とは似ても似つかないな)
噂では、セレアはデュフール男爵の愛人の子らしい。きっと彼の愛人はよほどの美人だったのだろうと、ジルベールはセレアの横顔を見つめながら考える。
何を考えているのだろうか、愁いを帯びた表情も気になった。
聖女は、この国には今、セレアを含めて三人しかいない。
聖女だった人間を含めればもう少し多いが、聖女の力は永遠ではなく、年を重ねるうちに自然と消えていくので、年を経た元聖女には、浄化の力は使えないのだ。
(……陛下から落とし込んでもらえれば、結婚はできるだろうが……いかんせん、家が悪い)
ジルベールは聖女が欲しかった。
けれども、王家に連なるレマディエ公爵家と、男爵家で、しかも没落寸前のデュフール家の間に縁を結ぶことは難しい。ましてやデュフール男爵は無能なくせに野心家で、何とかして貴族院の議席を勝ち取ろうとしていることはよく知られた話だった。
あの手の男に下手に権力を持たせると面倒くさいことになるし、デュフール男爵家の娘としてセレアを娶ったあとで男爵家が問題を起こせば、レマディエ公爵家が泥をかぶることになる。それだけは絶対に避けたかった。
けれど、聖女はどうしてもほしくて――
(やはりあの手しかないな)
デュフール男爵家と縁をつながずセレナを手に入れるには、セレナを拉致する以外に方法はない。そして折を見て、知人の貴族の養女にでもした後で結婚すれば、デュフール男爵家が何を言おうと無関係で押し通せる。多少強引なことは否めないが、ジルベールが王族に連なる公爵家であるからこそ使える手だった。権力にものを言わせ手奪い取る、と言い換えることもできる。
普段のジルベールは、権力を傘に他者を抑えつけるようなことはしないが、今回だけは別だった。ジルベールには、聖女を手に入れなければならない理由があるからだ。
レマディエ公爵家は、アングラード国の南に広大な領地を保有している。
しかし数年前から瘴気溜まりが発生していて、それが原因で魔物の被害に悩まされていた。
領地持ちの貴族が聖女を欲しがるのは、こういった領地に発生する瘴気溜まりの問題を何とかしたいからという理由が一番大きい。
聖女を有する家に聖女を借り受けるという手も取れなくないのだが、今、アングラード国には聖女がとても少ないのだ。
セレアを含め三人いるうちの一人は十歳で、もう一人は王太子妃。しかも王太子妃は妊娠中だ。出産後も子供が小さいうちは遠出なんてできない。
もちろん十歳の子供を聖女として酷使するのも嫌だったし、その子供を養女にしている公爵家は、やたらとその子を可愛がっているので、絶対に貸し出すはずがなかった。
デュフール男爵がセレアの存在をもっと公にしていて、聖女として貸し出してくれるならばここまで強引な手を取らなくてもよかったが、あのハムの塊は、決してセレアを他人に貸し出そうとはしなかったのだ。
おそらくだが、アングラード国の法律で、聖女の貸し出しに対して金銭的な要求をしてはならないというものがあるからだろう。
どう見てもケチそうなデュフール男爵は、無償で掌中の珠を貸し出すのを渋ったのだ。
しかも理由が「娘は体が弱いので」と言われれば無理は言えない。力を使いすぎて命を落とした聖女が過去にいたからだ。
貴重な聖女が力を酷使して命を落としたとなれば大変である。
だから相手が末端貴族であろうとも、誰も強く言えないのだ。
(今日を逃せば次はいつチャンスが巡るかわからないな……)
今はバルコニーにいるが、何とか一人になってくれないものだろうか。
ジルベールがセレアを見つめたまま作戦を考えていたときだった。
セレアに、デュフール男爵と、もう一人似たような体系のハム二号……もとい、中年男が近づいていくのが見えた。
(あれは……ボラン侯爵じゃないか)
エドメ・ボラン。
一応大臣職にあるが、金で地位を買ったのではないかともっぱらの噂で、たいして有能でもなく、そして好色で有名な男だった。
(なんであの男とデュフール男爵が一緒にいるんだ?)
ボラン侯爵は金と権力が大好きだ。まあそういう意味ではデュフール男爵と同類だが、少なくとも金も権力もないデュフール男爵と親しくするような男ではない。
(そうなると、狙いは聖女か……)
嫌な予感がする。
デュフール男爵はセレアに届くたくさんの縁談にもなかなか首を縦に振らなかったが、セレアは確か十七歳だ。いつまでも結婚させずに家に囲っておくことはできないだろう。そろそろ妥当なところで結婚相手を決めるはずで――
(まさか、あの男に嫁がせる気か⁉)
ジルベールは自分の想像にゾッとした。
デュフール男爵はセレアのことが可愛くて大切に家の中に隠していたのではなかったのか。
ボラン侯爵よりもまともな嫁ぎ先などごまんとありそうなものなのに、どういうことだろう。
驚いている間に、セレアがバルコニーから離れて、広間の出口へ向かうのが見えた。
ジルベールはさりげなくドリンクのお代わりを取りに行くふりをして、セレアの後を追いかける。
適度に距離を保ちながら観察していると、廊下に出てトワレットへ向かうかに見えたセレアが、突然ドレスの裾を大きく持ち上げて駆けだした。
(……は?)
ジルベールはぽかんとした。
セレアのあれは、どう見ても淑女の行動には見えなかったからだ。
(って、おいおい!)
どうなっているのか本当に意味がわからないが、ここで逃がしてなるものか。ようやく訪れたチャンスである。
慌てて追いかけたジルベールは、庭でさらに信じられないものを見た。
セレアが、木の陰に腹ばいになると、匍匐前進で移動しはじめたからだ。
(あれは本当に聖女か……)
もしかして、自分は噂に踊らされていただけで、セレアは聖女ではないのでないのかという疑問が浮かび上がってくる。
そんな疑念を持て余しながら、気の陰に隠れてじっとセレアを観察していたジルベールは、さらなる衝撃を受けた。
セレアの前に立ちはだかった彼女の異母兄――確かアルマンと言う名前だった気がする――が、突然セレアを抑えつけて襲い掛かったからだ。
(嘘だろう⁉)
異母とはいえ兄妹である。
ジルベールはくらくらと眩暈を覚えた。
しかしジルベールを驚愕させることは、これだけではなかった。
愕然としているジルベールの目の前で、セレアがアルマンの股間を容赦なく蹴り上げたのだ。
(…………あれは痛いな、うん)
悶絶するアルマンに、うっかり同情しそうになる。
思わずあれが自分だったらと想像して血の気が引いたジルベールだったが、激高したアルマンがセレアに殴り掛かったところで我に返った。
(って、呑気に観察している場合じゃないな!)
これはまずい。
ジルベールは急いで、しかし足音を殺してアルマンと、それから気絶しているセレアに近づくと、背後からアルマンの首筋に手刀を落とした。
「ぐえっ」
カエルが潰れたようなうめき声をあげたアルマンは、それだけであっけなく昏倒して崩れ落ちる。
(……やれやれ、さて……予定とは違うが、まあいいか)
目の前にはおあつらえ向けに気を失った聖女が転がっている。
ジルベールはセレアをひょいを抱え上げると、そのまま何事もなかったようにレマディエ公爵家の馬車に乗せて連れ帰ったのだった。
以前から、デュフール男爵家に聖女がいると言うのは噂になっていたが、よほど大切にしているのか、噂の聖女は滅多に社交界に顔を出さなかった。
そして、各家から縁談の申し込みが殺到する中、デュフール男爵はそれをのらりくらりとかわして、掌中の珠をただひたすらに守り続けているというのは有名な話だった。
はっきり言って、聖女という貴重な存在を男爵家に置いたままでいるのは危険ではないかと、他家から差し出すようにと圧力がかかったらしいということも聞いていた。
しかし男爵は、タウンハウスの警備をこれでもかと厳重にし、聖女を邸の奥深くに閉じ込めることで、デュフール男爵家でも充分に聖女を守れるのだということを示した。
おかげで最近ではそれほど騒がれなくなっていたけれど、デュフール男爵家の聖女を虎視眈々と狙う家が消えてなくなるわけではない。
ジルベールも、そんな貴族の一人だった。
ジルベールの視界の端では、聖女――セレアと言う名前だったか――が、バルコニーから庭を見下ろしている。
ハッと人目を引く鮮やかな赤銅色の髪に、細すぎるのではないかと心配になるような華奢な体つき。身長は高くもなければ低くもない女性の平均的だったが、顔が小さいからだろう、実際の身長よりも少し高く見える。
(あのハムの塊みたいな男爵とは似ても似つかないな)
噂では、セレアはデュフール男爵の愛人の子らしい。きっと彼の愛人はよほどの美人だったのだろうと、ジルベールはセレアの横顔を見つめながら考える。
何を考えているのだろうか、愁いを帯びた表情も気になった。
聖女は、この国には今、セレアを含めて三人しかいない。
聖女だった人間を含めればもう少し多いが、聖女の力は永遠ではなく、年を重ねるうちに自然と消えていくので、年を経た元聖女には、浄化の力は使えないのだ。
(……陛下から落とし込んでもらえれば、結婚はできるだろうが……いかんせん、家が悪い)
ジルベールは聖女が欲しかった。
けれども、王家に連なるレマディエ公爵家と、男爵家で、しかも没落寸前のデュフール家の間に縁を結ぶことは難しい。ましてやデュフール男爵は無能なくせに野心家で、何とかして貴族院の議席を勝ち取ろうとしていることはよく知られた話だった。
あの手の男に下手に権力を持たせると面倒くさいことになるし、デュフール男爵家の娘としてセレアを娶ったあとで男爵家が問題を起こせば、レマディエ公爵家が泥をかぶることになる。それだけは絶対に避けたかった。
けれど、聖女はどうしてもほしくて――
(やはりあの手しかないな)
デュフール男爵家と縁をつながずセレナを手に入れるには、セレナを拉致する以外に方法はない。そして折を見て、知人の貴族の養女にでもした後で結婚すれば、デュフール男爵家が何を言おうと無関係で押し通せる。多少強引なことは否めないが、ジルベールが王族に連なる公爵家であるからこそ使える手だった。権力にものを言わせ手奪い取る、と言い換えることもできる。
普段のジルベールは、権力を傘に他者を抑えつけるようなことはしないが、今回だけは別だった。ジルベールには、聖女を手に入れなければならない理由があるからだ。
レマディエ公爵家は、アングラード国の南に広大な領地を保有している。
しかし数年前から瘴気溜まりが発生していて、それが原因で魔物の被害に悩まされていた。
領地持ちの貴族が聖女を欲しがるのは、こういった領地に発生する瘴気溜まりの問題を何とかしたいからという理由が一番大きい。
聖女を有する家に聖女を借り受けるという手も取れなくないのだが、今、アングラード国には聖女がとても少ないのだ。
セレアを含め三人いるうちの一人は十歳で、もう一人は王太子妃。しかも王太子妃は妊娠中だ。出産後も子供が小さいうちは遠出なんてできない。
もちろん十歳の子供を聖女として酷使するのも嫌だったし、その子供を養女にしている公爵家は、やたらとその子を可愛がっているので、絶対に貸し出すはずがなかった。
デュフール男爵がセレアの存在をもっと公にしていて、聖女として貸し出してくれるならばここまで強引な手を取らなくてもよかったが、あのハムの塊は、決してセレアを他人に貸し出そうとはしなかったのだ。
おそらくだが、アングラード国の法律で、聖女の貸し出しに対して金銭的な要求をしてはならないというものがあるからだろう。
どう見てもケチそうなデュフール男爵は、無償で掌中の珠を貸し出すのを渋ったのだ。
しかも理由が「娘は体が弱いので」と言われれば無理は言えない。力を使いすぎて命を落とした聖女が過去にいたからだ。
貴重な聖女が力を酷使して命を落としたとなれば大変である。
だから相手が末端貴族であろうとも、誰も強く言えないのだ。
(今日を逃せば次はいつチャンスが巡るかわからないな……)
今はバルコニーにいるが、何とか一人になってくれないものだろうか。
ジルベールがセレアを見つめたまま作戦を考えていたときだった。
セレアに、デュフール男爵と、もう一人似たような体系のハム二号……もとい、中年男が近づいていくのが見えた。
(あれは……ボラン侯爵じゃないか)
エドメ・ボラン。
一応大臣職にあるが、金で地位を買ったのではないかともっぱらの噂で、たいして有能でもなく、そして好色で有名な男だった。
(なんであの男とデュフール男爵が一緒にいるんだ?)
ボラン侯爵は金と権力が大好きだ。まあそういう意味ではデュフール男爵と同類だが、少なくとも金も権力もないデュフール男爵と親しくするような男ではない。
(そうなると、狙いは聖女か……)
嫌な予感がする。
デュフール男爵はセレアに届くたくさんの縁談にもなかなか首を縦に振らなかったが、セレアは確か十七歳だ。いつまでも結婚させずに家に囲っておくことはできないだろう。そろそろ妥当なところで結婚相手を決めるはずで――
(まさか、あの男に嫁がせる気か⁉)
ジルベールは自分の想像にゾッとした。
デュフール男爵はセレアのことが可愛くて大切に家の中に隠していたのではなかったのか。
ボラン侯爵よりもまともな嫁ぎ先などごまんとありそうなものなのに、どういうことだろう。
驚いている間に、セレアがバルコニーから離れて、広間の出口へ向かうのが見えた。
ジルベールはさりげなくドリンクのお代わりを取りに行くふりをして、セレアの後を追いかける。
適度に距離を保ちながら観察していると、廊下に出てトワレットへ向かうかに見えたセレアが、突然ドレスの裾を大きく持ち上げて駆けだした。
(……は?)
ジルベールはぽかんとした。
セレアのあれは、どう見ても淑女の行動には見えなかったからだ。
(って、おいおい!)
どうなっているのか本当に意味がわからないが、ここで逃がしてなるものか。ようやく訪れたチャンスである。
慌てて追いかけたジルベールは、庭でさらに信じられないものを見た。
セレアが、木の陰に腹ばいになると、匍匐前進で移動しはじめたからだ。
(あれは本当に聖女か……)
もしかして、自分は噂に踊らされていただけで、セレアは聖女ではないのでないのかという疑問が浮かび上がってくる。
そんな疑念を持て余しながら、気の陰に隠れてじっとセレアを観察していたジルベールは、さらなる衝撃を受けた。
セレアの前に立ちはだかった彼女の異母兄――確かアルマンと言う名前だった気がする――が、突然セレアを抑えつけて襲い掛かったからだ。
(嘘だろう⁉)
異母とはいえ兄妹である。
ジルベールはくらくらと眩暈を覚えた。
しかしジルベールを驚愕させることは、これだけではなかった。
愕然としているジルベールの目の前で、セレアがアルマンの股間を容赦なく蹴り上げたのだ。
(…………あれは痛いな、うん)
悶絶するアルマンに、うっかり同情しそうになる。
思わずあれが自分だったらと想像して血の気が引いたジルベールだったが、激高したアルマンがセレアに殴り掛かったところで我に返った。
(って、呑気に観察している場合じゃないな!)
これはまずい。
ジルベールは急いで、しかし足音を殺してアルマンと、それから気絶しているセレアに近づくと、背後からアルマンの首筋に手刀を落とした。
「ぐえっ」
カエルが潰れたようなうめき声をあげたアルマンは、それだけであっけなく昏倒して崩れ落ちる。
(……やれやれ、さて……予定とは違うが、まあいいか)
目の前にはおあつらえ向けに気を失った聖女が転がっている。
ジルベールはセレアをひょいを抱え上げると、そのまま何事もなかったようにレマディエ公爵家の馬車に乗せて連れ帰ったのだった。
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