59 / 60
アルゼースト・バーリー
6
しおりを挟む
居間に行くと、真剣な表情でチェス盤を覗き込んでいる二人がいた。エリザベスにチェスのルールはわからなかったが、二人の表情から勝負が緊迫していることを予想するのは容易だった。
エリザベスはレオナードとオリバーの勝負を邪魔しないように二人から少し離れたところにあるソファに腰を下ろした。
「オリバー、今回は君の負けだ。あと三手でキングが落ちる」
レオナードがほんのり余裕をのぞかせて言えば、オリバーは悔しそうに眉を寄せた。
「まだ決定打じゃない。ひっくり返せる」
「残念だが、ここで君が打ってくるだろう手に予想はついている。どの手で来ようと、君の負けは覆らないよ」
「くそっ」
オリバーは毒づいて天井を仰いだ。
「あの時クイーンを動かしたのが間違いだった」
「そうだろうな。君にしては珍しい失策だった」
「これで勝負は――、通算七十八対七十七、君が一勝リードか。負けたまま終わるのは悔しいな。もう一勝負だ」
オリバーの父であるモードミッシェル公爵はチェス好きだが、それは息子のオリバーにも遺伝していた。彼は近衛隊時代からレオナードとチェスに興じていて、引き分けや中断を含めると今回で通算百六十一回目。力量はいつも拮抗していて、勝ち負けに二勝以上の差がついたことはない。
レオナードもオリバーとチェスをするのは楽しみの一つであったが、今回は「やめておく」とオリバーの誘いを断った。
「俺の可愛いお姫様が呼びに来たからね、今日はここまでだ」
そう言ってレオナードが振り返ると、エリザベスは少し驚いた。邪魔をしないように、静かにソファに座っていたのに、どうして気がついたのだろう。
エリザベスは立ち上がって、二人のそばに寄った。
「邪魔をしてごめんなさい。わたしはたいした用事じゃないから、続けてもらってもいいのに」
レオナードの隣に腰を下ろすと、オリバーは駒を片付けながら微笑んだ。
「かまわないよ。ちょっと夢中になりすぎた」
「オリバーが夢中になるのはいつものことだろう?」
「そのセリフは、そっくりそのままお返しするよ」
仲のよさそうな二人に、エリザベスは小さく笑った。
レオナードはエリザベスが持っていた額縁に目を止めた。
「リジー、それは何?」
「ああ、うん。図書室にあったの。なんだか気になったから、見てもらおうと思って持ってきちゃった」
エリザベスは額縁の面面を上にしてテーブルの上においた。
額縁の中の絵を覗き込んだオリバーは、「なかなかいい男だね」と言った。
「気になったって言っていたけど、ミス・エリザベスは彼のような男性が好みなのかな?」
オリバーが茶目っ気たっぷりに言うと、レオナードが不機嫌になった。
「そうなのか? 君はこんな男が好きだと?」
「な、何を言っているのよ! そんなんじゃないわよ!」
「では、君の好みはどんな男なんだ? この絵のような男でないなら、オリバーのような優男か? それとも俺みたいな男か? もちろん君は、俺のような男だと答えてくれるって信じているけどね」
「もう、馬鹿っ」
エリザベスは目の前にオリバーがいるのも忘れて、顔を真っ赤にして怒った。
そして、くすくすとオリバーの笑い声が聞こえてきてハッとした。
(もう! 信じられない! 笑われちゃったじゃない!)
エリザベスは穴があったら入りたい気持ちで、両手で頬をおさえた。
しかしレオナードはまったく悪気のない様子で、エリザベスの持って来た額縁をくるりとひっくり返した。
「アルゼースト? これを書かれた日付は……、百年近く前みたいだね」
するとオリバーが、「ああ!」と思い出したように声をあげた。
「その名前は聞いたことがあるよ。おそらく、この邸の前の持ち主じゃないかな」
アルゼースト・バーリー。それは七十年ほど前に没した、この邸の前の持ち主の名前だった。
エリザベスはレオナードとオリバーの勝負を邪魔しないように二人から少し離れたところにあるソファに腰を下ろした。
「オリバー、今回は君の負けだ。あと三手でキングが落ちる」
レオナードがほんのり余裕をのぞかせて言えば、オリバーは悔しそうに眉を寄せた。
「まだ決定打じゃない。ひっくり返せる」
「残念だが、ここで君が打ってくるだろう手に予想はついている。どの手で来ようと、君の負けは覆らないよ」
「くそっ」
オリバーは毒づいて天井を仰いだ。
「あの時クイーンを動かしたのが間違いだった」
「そうだろうな。君にしては珍しい失策だった」
「これで勝負は――、通算七十八対七十七、君が一勝リードか。負けたまま終わるのは悔しいな。もう一勝負だ」
オリバーの父であるモードミッシェル公爵はチェス好きだが、それは息子のオリバーにも遺伝していた。彼は近衛隊時代からレオナードとチェスに興じていて、引き分けや中断を含めると今回で通算百六十一回目。力量はいつも拮抗していて、勝ち負けに二勝以上の差がついたことはない。
レオナードもオリバーとチェスをするのは楽しみの一つであったが、今回は「やめておく」とオリバーの誘いを断った。
「俺の可愛いお姫様が呼びに来たからね、今日はここまでだ」
そう言ってレオナードが振り返ると、エリザベスは少し驚いた。邪魔をしないように、静かにソファに座っていたのに、どうして気がついたのだろう。
エリザベスは立ち上がって、二人のそばに寄った。
「邪魔をしてごめんなさい。わたしはたいした用事じゃないから、続けてもらってもいいのに」
レオナードの隣に腰を下ろすと、オリバーは駒を片付けながら微笑んだ。
「かまわないよ。ちょっと夢中になりすぎた」
「オリバーが夢中になるのはいつものことだろう?」
「そのセリフは、そっくりそのままお返しするよ」
仲のよさそうな二人に、エリザベスは小さく笑った。
レオナードはエリザベスが持っていた額縁に目を止めた。
「リジー、それは何?」
「ああ、うん。図書室にあったの。なんだか気になったから、見てもらおうと思って持ってきちゃった」
エリザベスは額縁の面面を上にしてテーブルの上においた。
額縁の中の絵を覗き込んだオリバーは、「なかなかいい男だね」と言った。
「気になったって言っていたけど、ミス・エリザベスは彼のような男性が好みなのかな?」
オリバーが茶目っ気たっぷりに言うと、レオナードが不機嫌になった。
「そうなのか? 君はこんな男が好きだと?」
「な、何を言っているのよ! そんなんじゃないわよ!」
「では、君の好みはどんな男なんだ? この絵のような男でないなら、オリバーのような優男か? それとも俺みたいな男か? もちろん君は、俺のような男だと答えてくれるって信じているけどね」
「もう、馬鹿っ」
エリザベスは目の前にオリバーがいるのも忘れて、顔を真っ赤にして怒った。
そして、くすくすとオリバーの笑い声が聞こえてきてハッとした。
(もう! 信じられない! 笑われちゃったじゃない!)
エリザベスは穴があったら入りたい気持ちで、両手で頬をおさえた。
しかしレオナードはまったく悪気のない様子で、エリザベスの持って来た額縁をくるりとひっくり返した。
「アルゼースト? これを書かれた日付は……、百年近く前みたいだね」
するとオリバーが、「ああ!」と思い出したように声をあげた。
「その名前は聞いたことがあるよ。おそらく、この邸の前の持ち主じゃないかな」
アルゼースト・バーリー。それは七十年ほど前に没した、この邸の前の持ち主の名前だった。
0
お気に入りに追加
222
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!
Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜!
【第2章スタート】【第1章完結約30万字】
王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。
主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。
それは、54歳主婦の記憶だった。
その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。
異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。
領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。
1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します!
2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ
恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。
<<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>

遠くに行ってしまった幼なじみが副社長となって私を溺愛してくる
有木珠乃
恋愛
休日、入社したての会社の周りを散策していた高野辺早智。
そこで、中学校に入学するのを機に、転校してしまった幼なじみ、名雪辰則と再会する。
懐かしさをにじませる早智とは違い、辰則にはある思惑があった。
辰則はもう、以前の立場ではない。
リバーブラッシュの副社長という地位を手に入れていたのだ。
それを知った早智は戸惑い、突き放そうとするが、辰則は逆に自分の立場を利用して強引に押し進めてしまう。
※ベリーズカフェ、エブリスタにも投稿しています。

【完結】真実の愛のキスで呪い解いたの私ですけど、婚約破棄の上断罪されて処刑されました。時間が戻ったので全力で逃げます。
かのん
恋愛
真実の愛のキスで、婚約者の王子の呪いを解いたエレナ。
けれど、何故か王子は別の女性が呪いを解いたと勘違い。そしてあれよあれよという間にエレナは見知らぬ罪を着せられて処刑されてしまう。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」 これは。処刑台にて首チョンパされた瞬間、王子にキスした時間が巻き戻った少女が、全力で王子から逃げた物語。
ゆるふわ設定です。ご容赦ください。全16話。本日より毎日更新です。短めのお話ですので、気楽に頭ふわっと読んでもらえると嬉しいです。※王子とは結ばれません。 作者かのん
.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.ホットランキング8位→3位にあがりました!ひゃっほーー!!!ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる