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消えた二人目の遺体
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「警部、そんなに息を切らして、どうされたんですか?」
ボナー警部が息を切らせてそばまでやってくると、レオナードは不思議そうに訊ねた。
警部はレオナードの手首をつかむと、「ちょっと、ちょっとこっちへ」と言いながら引っ張った。
レオナードとエリザベスは顔を見合わせて、とりあえずボナー警部に従うことにした。
警部は町にある小さな駐屯所に二人を連れて行くと、狭い室内に押し込んだ。そこには先客がいて、それがセルジオ博士と助手のフリップだったのでエリザベスは驚いた。
ボナー警部は二人に椅子をすすめると、額に浮かんだ汗をぬぐった。
「いや、大尉がここにいてくれて助かりました。今から子爵のところへお伺いしようと思っていたものですから」
「なにかあったんですか?」
ボナー警部は眉を寄せて「ええ、まあ」と歯切れの悪い返事をした。
そして警部は、エリザベスとレオナードのために茶を煎れてくれようとしたが、その手つきが危なっかしかったので、エリザベスは手伝いを買って出た。
警部にかわって沸かした湯で紅茶を煎れると、レオナードと警部、自分の席にそれをおいた。セルジオ博士とフリップの手元にはすでに茶が用意されていた。
警部は王都に帰れないため、もともとあった駐屯所で生活しているらしい。ここには若い警官が一人住んでいたが、今は町の見回りに出ていていないという。
警部はエリザベスの煎れた紅茶で一息つくと、やっと口を開いた。
「今朝、一人の女性が遺体で見つかったんです」
エリザベスは嫌な予感がした。
レオナードも表情を強張らせて、ボナー警部に訊ねた。
「もしかして、キャリー嬢……?」
「ああ、いえ! ドーリー伯爵令嬢ではありません」
レオナードとエリザベスは二人そろって胸を撫でおろした。
「彼女の名前はドロシーと言って、まあ、あれです。俗にいう、娼婦というか、まあ、そんなことで生計を立てていた女性です」
ボナー警部はエリザベスに視線を向けて、言いにくそうに告げた。しかしエリザベスは「娼婦」が何なのかわからなかったため、わかったふりをして頷いておいた。
ボナー警部は続けた。
「ドロシーの遺体は今朝、彼女の家の寝室で見つかりました。死因はわかりませんが、近所の住人の証言によると、昨夜男が来ていたというので、その男が何か事情を知っているのではないかと探していたのです。遺体はそのまま彼女の家においておくわけにもいかなかったので、いったん教会に預けました。そして私は、昨夜訪れたという男を探したのですが、なんというか、彼女にはたくさんの客がいて、これがなかなか難航してしまいまして。先に遺体を見ることにしようと、私は教会に向かったのです。そうしたら――、男の死体と同様、ドロシーの遺体も忽然と消えていたのですよ」
「またですか」
レオナードは難しい顔をした。
「それで、遺体を持ちだした犯人はわかったんですか?」
「いえ、それが――」
ボナー警部はため息をついた。
「目撃情報はありました。ドロシーの遺体が教会に預けられて、私が捜査をしていた間、教会のあたりをうろうろしていた人影を見たという有力な情報が。しかし――」
「しかし?」
ボナー警部はここでセルジオ教授たちに視線を移した。セルジオ博士は、小さく咳ばらいをして、言った。
「教会の周りをうろうろしていたのは、お嬢ちゃんだったんですよ」
「お嬢ちゃん?」
「子爵の婚約者である、キャリー伯爵令嬢です」
エリザベスは目を見開いた。
ボナー警部が息を切らせてそばまでやってくると、レオナードは不思議そうに訊ねた。
警部はレオナードの手首をつかむと、「ちょっと、ちょっとこっちへ」と言いながら引っ張った。
レオナードとエリザベスは顔を見合わせて、とりあえずボナー警部に従うことにした。
警部は町にある小さな駐屯所に二人を連れて行くと、狭い室内に押し込んだ。そこには先客がいて、それがセルジオ博士と助手のフリップだったのでエリザベスは驚いた。
ボナー警部は二人に椅子をすすめると、額に浮かんだ汗をぬぐった。
「いや、大尉がここにいてくれて助かりました。今から子爵のところへお伺いしようと思っていたものですから」
「なにかあったんですか?」
ボナー警部は眉を寄せて「ええ、まあ」と歯切れの悪い返事をした。
そして警部は、エリザベスとレオナードのために茶を煎れてくれようとしたが、その手つきが危なっかしかったので、エリザベスは手伝いを買って出た。
警部にかわって沸かした湯で紅茶を煎れると、レオナードと警部、自分の席にそれをおいた。セルジオ博士とフリップの手元にはすでに茶が用意されていた。
警部は王都に帰れないため、もともとあった駐屯所で生活しているらしい。ここには若い警官が一人住んでいたが、今は町の見回りに出ていていないという。
警部はエリザベスの煎れた紅茶で一息つくと、やっと口を開いた。
「今朝、一人の女性が遺体で見つかったんです」
エリザベスは嫌な予感がした。
レオナードも表情を強張らせて、ボナー警部に訊ねた。
「もしかして、キャリー嬢……?」
「ああ、いえ! ドーリー伯爵令嬢ではありません」
レオナードとエリザベスは二人そろって胸を撫でおろした。
「彼女の名前はドロシーと言って、まあ、あれです。俗にいう、娼婦というか、まあ、そんなことで生計を立てていた女性です」
ボナー警部はエリザベスに視線を向けて、言いにくそうに告げた。しかしエリザベスは「娼婦」が何なのかわからなかったため、わかったふりをして頷いておいた。
ボナー警部は続けた。
「ドロシーの遺体は今朝、彼女の家の寝室で見つかりました。死因はわかりませんが、近所の住人の証言によると、昨夜男が来ていたというので、その男が何か事情を知っているのではないかと探していたのです。遺体はそのまま彼女の家においておくわけにもいかなかったので、いったん教会に預けました。そして私は、昨夜訪れたという男を探したのですが、なんというか、彼女にはたくさんの客がいて、これがなかなか難航してしまいまして。先に遺体を見ることにしようと、私は教会に向かったのです。そうしたら――、男の死体と同様、ドロシーの遺体も忽然と消えていたのですよ」
「またですか」
レオナードは難しい顔をした。
「それで、遺体を持ちだした犯人はわかったんですか?」
「いえ、それが――」
ボナー警部はため息をついた。
「目撃情報はありました。ドロシーの遺体が教会に預けられて、私が捜査をしていた間、教会のあたりをうろうろしていた人影を見たという有力な情報が。しかし――」
「しかし?」
ボナー警部はここでセルジオ教授たちに視線を移した。セルジオ博士は、小さく咳ばらいをして、言った。
「教会の周りをうろうろしていたのは、お嬢ちゃんだったんですよ」
「お嬢ちゃん?」
「子爵の婚約者である、キャリー伯爵令嬢です」
エリザベスは目を見開いた。
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