48 / 60
消えた二人目の遺体
3
しおりを挟む
朝食後、エリザベスは庭を歩いていた。
セルジオ博士に闇の宗教について話を聞くつもりだったのだが、彼と助手のフリップは、朝早くに出かけてしまっていたらしい。
執事のデビットに聞いたところ、晩餐には戻ると言っていたらしい。
エリザベスは、部屋に閉じこもって本ばかり読んでいるのも体に悪そうなので、軽い運動のつもりで庭を歩くことにしたのだ。
庭のアーモンドの花はもう終わっていて、かわりに、ラベンダーが青紫色の小さな花をつけはじめていた。ラベンダーは、緩い弧を描きながら庭の中を広がる石畳の小径に沿うようにして植えられていた。
「いい天気!」
エリザベスは、小径を歩きながら空に向かって大きく伸びをした。そのとき彼女は、反対側からこちらに歩いてくる黒髪の人物を発見した。オリバーだった。
「おはようございます、オリバー様」
「ああ、おはよう、ミス・エリザベス」
オリバーは柔らかく微笑んだ。キャリーの行方がわからなくなって、彼はいささか疲れていたようだったが、今朝の顔色は悪くなかった。
オリバーに少し一緒に歩かないかと誘われて、エリザベスは彼と並んで庭を歩くことにした。
「僕は、キャリーとの婚約を破棄しようと思うんだ」
お互い無言でしばらく歩くと、オリバーは唐突に言った。
「今回のことでいろいろ考えたんだけど、僕は、キャリーと一緒にいられそうもない」
エリザベスは驚いたが、そう語る彼の横顔はすっきりしていた。悩んで得た結論に、彼は満足しているかのようだった。
「僕はキャリーが何かするたびに苛立つくせに、彼女をどうにかすることができないし、喧嘩をしてまで彼女に言うことを聞かそうとも思わない。僕自身が疲れてしまうから。今まではそれでいいと思っていた。適当になだめて、機嫌を取って、そうしておけば彼女もおとなしくしているし、うまくいくと思っていた。でも今回のことで思い知らされたよ。彼女と向き合おうとしないし、するつもりもない僕では無理だとね」
オリバーの言葉は、言い訳のようでもあるし、懺悔のようでもあった。エリザベスは何を言ったらいいのかわからずに、黙ってその告白を聞いた。
「意外とね、婚約を破棄しようと決めたあとの方がすっきりするんだ。もちろん彼女の行方は心配だ。でも、どこか自分と切り離して考えることができて、今はひどく思考が冷静なんだ。――僕は薄情な人間なんだろうね」
エリザベスは首を横に振った。オリバーはキャリーに振り回されていた。彼がこうした結論に至ったからと言って、彼を責めることはできない。
「そんなことはないと思います」
エリザベスが答えると、オリバーは微苦笑を浮かべた。
「ありがとう。ごめんね、いきなりこんな話を聞かせてしまって」
「いいえ」
オリバーは足を止めると、エリザベスに向きなおった。
「レオは幸せ者だね。僕も、君となら毎日がとても幸せで楽しかったかもしれない」
エリザベスは返答に困って、眉尻を下げた。するとオリバーは声をあげて笑った。
「大丈夫! 横恋慕なんてしないよ! だってほら、見て」
オリバーは肩越しに振り向くと、邸の二階のある一点を指さした。そこの窓から、レオナードがこちらを向いて立っているのが見えた。
「まったく、レオはやきもち焼きだね。昔はあんなんじゃなかったんだけど。まあ、それだけ君が可愛くてたまらないんだろう」
オリバーはレオナードに向かって手を振りながら言った。
「手を振ってあげなよ。レオも、少しは安心するだろう」
そうかしら、とエリザベスは半信半疑だったが、言われた通りレオナードに向かって手を振った。
するとややあって、彼はひらひらと手を振り返してきたのだった。
セルジオ博士に闇の宗教について話を聞くつもりだったのだが、彼と助手のフリップは、朝早くに出かけてしまっていたらしい。
執事のデビットに聞いたところ、晩餐には戻ると言っていたらしい。
エリザベスは、部屋に閉じこもって本ばかり読んでいるのも体に悪そうなので、軽い運動のつもりで庭を歩くことにしたのだ。
庭のアーモンドの花はもう終わっていて、かわりに、ラベンダーが青紫色の小さな花をつけはじめていた。ラベンダーは、緩い弧を描きながら庭の中を広がる石畳の小径に沿うようにして植えられていた。
「いい天気!」
エリザベスは、小径を歩きながら空に向かって大きく伸びをした。そのとき彼女は、反対側からこちらに歩いてくる黒髪の人物を発見した。オリバーだった。
「おはようございます、オリバー様」
「ああ、おはよう、ミス・エリザベス」
オリバーは柔らかく微笑んだ。キャリーの行方がわからなくなって、彼はいささか疲れていたようだったが、今朝の顔色は悪くなかった。
オリバーに少し一緒に歩かないかと誘われて、エリザベスは彼と並んで庭を歩くことにした。
「僕は、キャリーとの婚約を破棄しようと思うんだ」
お互い無言でしばらく歩くと、オリバーは唐突に言った。
「今回のことでいろいろ考えたんだけど、僕は、キャリーと一緒にいられそうもない」
エリザベスは驚いたが、そう語る彼の横顔はすっきりしていた。悩んで得た結論に、彼は満足しているかのようだった。
「僕はキャリーが何かするたびに苛立つくせに、彼女をどうにかすることができないし、喧嘩をしてまで彼女に言うことを聞かそうとも思わない。僕自身が疲れてしまうから。今まではそれでいいと思っていた。適当になだめて、機嫌を取って、そうしておけば彼女もおとなしくしているし、うまくいくと思っていた。でも今回のことで思い知らされたよ。彼女と向き合おうとしないし、するつもりもない僕では無理だとね」
オリバーの言葉は、言い訳のようでもあるし、懺悔のようでもあった。エリザベスは何を言ったらいいのかわからずに、黙ってその告白を聞いた。
「意外とね、婚約を破棄しようと決めたあとの方がすっきりするんだ。もちろん彼女の行方は心配だ。でも、どこか自分と切り離して考えることができて、今はひどく思考が冷静なんだ。――僕は薄情な人間なんだろうね」
エリザベスは首を横に振った。オリバーはキャリーに振り回されていた。彼がこうした結論に至ったからと言って、彼を責めることはできない。
「そんなことはないと思います」
エリザベスが答えると、オリバーは微苦笑を浮かべた。
「ありがとう。ごめんね、いきなりこんな話を聞かせてしまって」
「いいえ」
オリバーは足を止めると、エリザベスに向きなおった。
「レオは幸せ者だね。僕も、君となら毎日がとても幸せで楽しかったかもしれない」
エリザベスは返答に困って、眉尻を下げた。するとオリバーは声をあげて笑った。
「大丈夫! 横恋慕なんてしないよ! だってほら、見て」
オリバーは肩越しに振り向くと、邸の二階のある一点を指さした。そこの窓から、レオナードがこちらを向いて立っているのが見えた。
「まったく、レオはやきもち焼きだね。昔はあんなんじゃなかったんだけど。まあ、それだけ君が可愛くてたまらないんだろう」
オリバーはレオナードに向かって手を振りながら言った。
「手を振ってあげなよ。レオも、少しは安心するだろう」
そうかしら、とエリザベスは半信半疑だったが、言われた通りレオナードに向かって手を振った。
するとややあって、彼はひらひらと手を振り返してきたのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
208
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる