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第一部 悪役令嬢未満、お兄様と結婚します!
王都の義賊 1
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日曜日、わたしは久しぶりに雑貨屋リーベに訪れていた。先月訪れて以来だから、一か月ぶりくらいである。
「あら~、マリアちゃんいらっしゃ~い」
チリン、と雑貨屋リーベのドアを開けると、相変わらずのふりふりエプロンを着た、スキンヘッドの厳ついおっさんが笑顔で振り向いた。
「リッチー、お久しぶり」
「お久しぶりです」
わたしに続いてヴィルマがぺこりと頭を下げた――と思ったら、すぐに店の中を物色しはじめる。
……ヴィルマ、言っておくけど、その尻尾が生えた下着なんて買わないわよ。
すかさず妙なものに手を伸ばすのがヴィルマだ。もちろんわたしは綺麗に無視である。
「そうだ、マリアちゃん! アグネスちゃんの件は本当にありがとうね! アグネスちゃんが目覚めてくれて、あたし、あたし……うぅ!」
アグネスが目覚めてから一か月近くが経過したというのに、リッチーは目をうるうるさせるとエプロンの裾で目じりを拭った。
リッチーによると、目覚めたアグネスは、体に不調もなく元気そのものだそうだ。
「それを言うなら、リッチーが黄金のリンゴを持っていたおかげよ。あれがなかったら、アグネス様を目覚めさせる調合魔法薬は作れなかったもの!」
「でも、もう一つの素材を集めようとして、マリアちゃん大怪我を負ったんでしょう? アレクちゃんから聞いたときは心臓が止まりそうになったのよ! 髪も少し燃えたって……ああっ、十センチくらい短くなってるじゃない!」
……目ざといわね、リッチー。
わたしはもともと髪が長いので、十センチそこら切ったところで、気づく人はなかなかいないと思うのだけど。
「アグネスちゃんの件のお礼に、あたしから何かプレゼントをさせてちょうだい。ちょうど新しい商品を入荷したところなの! ほら、これなんかどう? 唇に塗ると男性がキスしたくなっちゃう唇になれるリップよ! 実際に魔法がかかっていて、花に密に吸い寄せられるミツバチのように男の人が吸い付いてくるという……」
「怖いわ‼」
それはもう呪いの一種である。
わたしのツッコミに、リッチーがつまらなそうに口を尖らせた。
「あらそ~ぉ? じゃあ、こっちはどうかしら? サキュバスの力を封じ込めた目薬よ。この目薬を差して見つめると、男の人がメロメロに……ただ利きすぎ注意で貞操の危機があるらしいけど、まあ、些細な問題よね~」
「全然些細じゃないわ‼」
というか、いったいどこでそのような怪しいものを手に入れてくるのだろうか。
このままではリッチーに恐ろしいものをプレゼントと称して押し付けられる危険を感じたわたしは、さっさとここに来た目的を話すことにした。
「リッチー、最近目が疲れるのよ。目を温めたり冷やしたりできるアイマスクのようなものがほしいんだけど、いいものあるかしら?」
そう、先月から慣れないお勉強続きで、わたしは眼精疲労気味なのだ。今までまともに文字を読むということをしてこなかったわたしの目は軟弱すぎるらしい。
「アイマスクねえ……」
「普通の、ね。変な効果とかついてなくていいから、普通のアイマスクがほしいわ」
「そうねえ……、うーん、普通のアイマスクなんて、あったかしら~?」
……おかしなものばかりで普通のものがないとかどれだけですか。
リッチーが顎に手を当てて、くねくねと左右に頭を動かしながら棚を探しに行く。
そして、二つのアイマスクを持って戻って来た。
一つがピンク、一つが紫色のアイマスクである。……色からして、少々怪しい。
「この二つが、比較的まともなんじゃないかしら~?」
まとも、ということは「普通ではない」ということですね。ええ、そうだと思いましたよ。
「ちなみに、どっちがどんなアイマスクなの?」
怖いもの見たさというか、なんとなく気になって、二つのアイマスクの効果について訊ねてみてしまう。
「あら、気になる? えっとねえ、こっちのピンクの方のアイマスクをして眠りにつくと、イケメンたちにちやほやされる素敵な夢を見られるのよ~。欲求不満な女の子にお・す・す・め」
「却下」
「ええ~」
リッチーがぶーっと口をとがらせる。
「これ、女の子にしか効かないのよ! あたしがつけても全然だめで~。マリアちゃんに使ってもらって効果のほどを教えてほしかったのに~」
いえね、リッチー。わたしは目が疲れているんです。目の疲れが、とりたいんです。怪しげな夢を見たいわけでは、決してない‼
「じゃあ、やっぱりマリアちゃんにはこっちかしらね~」
リッチーが不満顔で紫の方のアイマスクをわたしに渡した。
「……これは?」
「これをつけて眠ると、リラックスできるアイマスクなの。詳しいことはよくわかんないんだけど~、とってもリラックスできるおすすめグッズって、売ってた人が言ってたわ~」
……「詳しいことはよくわかんない」という部分が怖いですが、リラックスできるのはいいことだ。
というか、リッチーのお店では、他にまともなアイマスクは置いていないだろう。これが一番な気がするので、わたしは少し迷った末にこれを購入することにした。
「じゃあ、これをもらうわ。ヴィルマ、お財布……」
「ああ、いいのよ、さっきも言ったけど、お礼にマリアちゃんにプレゼントしたいの! この媚薬も合わせて……」
「媚薬はいらないわ」
「あらそ~ぉ? アイマスクだけだとあたしの気がすまないんだけど、マリアちゃんがそう言うなら、それだけプレゼントするわ」
ええ、そうしてください! 間違っても、媚薬も、ヴィルマが手に持っているどう考えても呪いのグッズにしか見えない顔の崩れた日本人形っぽい置物も、つけないでくださいね‼
リッチーがアイマスクを包んでくれたので受け取ると、彼はふと思い出したように眉を寄せた。
「今日もマリアちゃん、侍女の子と二人だけ?」
「ええ、そうだけど、どうかした?」
「いえね……、大丈夫だと思うんだけど~、最近ちょっと、このあたり物騒なのよ」
……物騒?
このあたりは王都の中でも治安が良い方だ。
そして、王都は全体的に、それほど治安は悪くない。
定期的に騎士や兵士が巡回しているし、犯罪もきちんと取り締まっているので、話題になるような大きな事件が起こることなんて、年に一、二回あればいいほうなのだ。
……でも、王都の墓地の結界が壊されてアンデットのたむろ場になってたし、いくら治安がよくても絶対に安全というわけじゃないわよね。
「魔物でも現れたの?」
「そうじゃないのよ~。マリアちゃん、義賊の黒豹って知ってる?」
「義賊……黒豹?」
はて、どこかで聞いたことがあるような。
……どこだったかしら?
思い出そうとしたけれど、すぐに思い出せそうになかったのでわたしは首を横に振った。
「ううん、知らないわ」
「まあ、そうよね。貴族のご令嬢が知っている名前じゃあないわよね。黒豹っていうのは、王都周辺を縄張りにしている義賊団で、正義の味方気取りで犯罪を犯している困ったやつらなんだけど~、最近ね、その黒豹が二つに分裂しちゃって、元黒豹同士のメンバーでバチバチやってるの。その争いに巻き込まれる人とかが出ていてね~、だいたい騒ぎを起こしているのは夜だから大丈夫だとは思うけど、あんまり人通りの少なそうなところにはいかない方がいいわよぉ~」
なるほど、それはまた迷惑な話だ。
だけど、わたしにはヴィルマがいますからね! ヴィルマはとっても強いので、チンピラ崩れの義賊なんかには負けませんよ。
「ありがとうリッチー、気を付けて帰るわ!」
「ええ、そうしてちょうだい。マリアちゃんにまたなにかあったら、あたし、今度こそ本当に心臓が止まっちゃうかもしれないもの~」
「またまた、大袈裟ね~」
「あら、本気よ~?」
わたしとリッチーは、ふふふ、と笑いあう。
またね、と手を振って、店を出た。
ここまで馬車を使って来たし、帰りも馬車なので危険はないだろう。
……でも、また買い物に来るときは用心しておきましょう。
妙な争いに巻き込まれるのはごめんである。
……それにしても、義賊黒豹ねえ。やっぱり、どこかで聞いたことがある気がするのよね。どこでだったかしら?
なにか、重要なことを忘れているような気がする。
だけどやっぱり思い出せなかったので、わたしは諦めて、さっさと待たせてあった馬車に乗り込むと、学園の寮に戻ったのだった。
「あら~、マリアちゃんいらっしゃ~い」
チリン、と雑貨屋リーベのドアを開けると、相変わらずのふりふりエプロンを着た、スキンヘッドの厳ついおっさんが笑顔で振り向いた。
「リッチー、お久しぶり」
「お久しぶりです」
わたしに続いてヴィルマがぺこりと頭を下げた――と思ったら、すぐに店の中を物色しはじめる。
……ヴィルマ、言っておくけど、その尻尾が生えた下着なんて買わないわよ。
すかさず妙なものに手を伸ばすのがヴィルマだ。もちろんわたしは綺麗に無視である。
「そうだ、マリアちゃん! アグネスちゃんの件は本当にありがとうね! アグネスちゃんが目覚めてくれて、あたし、あたし……うぅ!」
アグネスが目覚めてから一か月近くが経過したというのに、リッチーは目をうるうるさせるとエプロンの裾で目じりを拭った。
リッチーによると、目覚めたアグネスは、体に不調もなく元気そのものだそうだ。
「それを言うなら、リッチーが黄金のリンゴを持っていたおかげよ。あれがなかったら、アグネス様を目覚めさせる調合魔法薬は作れなかったもの!」
「でも、もう一つの素材を集めようとして、マリアちゃん大怪我を負ったんでしょう? アレクちゃんから聞いたときは心臓が止まりそうになったのよ! 髪も少し燃えたって……ああっ、十センチくらい短くなってるじゃない!」
……目ざといわね、リッチー。
わたしはもともと髪が長いので、十センチそこら切ったところで、気づく人はなかなかいないと思うのだけど。
「アグネスちゃんの件のお礼に、あたしから何かプレゼントをさせてちょうだい。ちょうど新しい商品を入荷したところなの! ほら、これなんかどう? 唇に塗ると男性がキスしたくなっちゃう唇になれるリップよ! 実際に魔法がかかっていて、花に密に吸い寄せられるミツバチのように男の人が吸い付いてくるという……」
「怖いわ‼」
それはもう呪いの一種である。
わたしのツッコミに、リッチーがつまらなそうに口を尖らせた。
「あらそ~ぉ? じゃあ、こっちはどうかしら? サキュバスの力を封じ込めた目薬よ。この目薬を差して見つめると、男の人がメロメロに……ただ利きすぎ注意で貞操の危機があるらしいけど、まあ、些細な問題よね~」
「全然些細じゃないわ‼」
というか、いったいどこでそのような怪しいものを手に入れてくるのだろうか。
このままではリッチーに恐ろしいものをプレゼントと称して押し付けられる危険を感じたわたしは、さっさとここに来た目的を話すことにした。
「リッチー、最近目が疲れるのよ。目を温めたり冷やしたりできるアイマスクのようなものがほしいんだけど、いいものあるかしら?」
そう、先月から慣れないお勉強続きで、わたしは眼精疲労気味なのだ。今までまともに文字を読むということをしてこなかったわたしの目は軟弱すぎるらしい。
「アイマスクねえ……」
「普通の、ね。変な効果とかついてなくていいから、普通のアイマスクがほしいわ」
「そうねえ……、うーん、普通のアイマスクなんて、あったかしら~?」
……おかしなものばかりで普通のものがないとかどれだけですか。
リッチーが顎に手を当てて、くねくねと左右に頭を動かしながら棚を探しに行く。
そして、二つのアイマスクを持って戻って来た。
一つがピンク、一つが紫色のアイマスクである。……色からして、少々怪しい。
「この二つが、比較的まともなんじゃないかしら~?」
まとも、ということは「普通ではない」ということですね。ええ、そうだと思いましたよ。
「ちなみに、どっちがどんなアイマスクなの?」
怖いもの見たさというか、なんとなく気になって、二つのアイマスクの効果について訊ねてみてしまう。
「あら、気になる? えっとねえ、こっちのピンクの方のアイマスクをして眠りにつくと、イケメンたちにちやほやされる素敵な夢を見られるのよ~。欲求不満な女の子にお・す・す・め」
「却下」
「ええ~」
リッチーがぶーっと口をとがらせる。
「これ、女の子にしか効かないのよ! あたしがつけても全然だめで~。マリアちゃんに使ってもらって効果のほどを教えてほしかったのに~」
いえね、リッチー。わたしは目が疲れているんです。目の疲れが、とりたいんです。怪しげな夢を見たいわけでは、決してない‼
「じゃあ、やっぱりマリアちゃんにはこっちかしらね~」
リッチーが不満顔で紫の方のアイマスクをわたしに渡した。
「……これは?」
「これをつけて眠ると、リラックスできるアイマスクなの。詳しいことはよくわかんないんだけど~、とってもリラックスできるおすすめグッズって、売ってた人が言ってたわ~」
……「詳しいことはよくわかんない」という部分が怖いですが、リラックスできるのはいいことだ。
というか、リッチーのお店では、他にまともなアイマスクは置いていないだろう。これが一番な気がするので、わたしは少し迷った末にこれを購入することにした。
「じゃあ、これをもらうわ。ヴィルマ、お財布……」
「ああ、いいのよ、さっきも言ったけど、お礼にマリアちゃんにプレゼントしたいの! この媚薬も合わせて……」
「媚薬はいらないわ」
「あらそ~ぉ? アイマスクだけだとあたしの気がすまないんだけど、マリアちゃんがそう言うなら、それだけプレゼントするわ」
ええ、そうしてください! 間違っても、媚薬も、ヴィルマが手に持っているどう考えても呪いのグッズにしか見えない顔の崩れた日本人形っぽい置物も、つけないでくださいね‼
リッチーがアイマスクを包んでくれたので受け取ると、彼はふと思い出したように眉を寄せた。
「今日もマリアちゃん、侍女の子と二人だけ?」
「ええ、そうだけど、どうかした?」
「いえね……、大丈夫だと思うんだけど~、最近ちょっと、このあたり物騒なのよ」
……物騒?
このあたりは王都の中でも治安が良い方だ。
そして、王都は全体的に、それほど治安は悪くない。
定期的に騎士や兵士が巡回しているし、犯罪もきちんと取り締まっているので、話題になるような大きな事件が起こることなんて、年に一、二回あればいいほうなのだ。
……でも、王都の墓地の結界が壊されてアンデットのたむろ場になってたし、いくら治安がよくても絶対に安全というわけじゃないわよね。
「魔物でも現れたの?」
「そうじゃないのよ~。マリアちゃん、義賊の黒豹って知ってる?」
「義賊……黒豹?」
はて、どこかで聞いたことがあるような。
……どこだったかしら?
思い出そうとしたけれど、すぐに思い出せそうになかったのでわたしは首を横に振った。
「ううん、知らないわ」
「まあ、そうよね。貴族のご令嬢が知っている名前じゃあないわよね。黒豹っていうのは、王都周辺を縄張りにしている義賊団で、正義の味方気取りで犯罪を犯している困ったやつらなんだけど~、最近ね、その黒豹が二つに分裂しちゃって、元黒豹同士のメンバーでバチバチやってるの。その争いに巻き込まれる人とかが出ていてね~、だいたい騒ぎを起こしているのは夜だから大丈夫だとは思うけど、あんまり人通りの少なそうなところにはいかない方がいいわよぉ~」
なるほど、それはまた迷惑な話だ。
だけど、わたしにはヴィルマがいますからね! ヴィルマはとっても強いので、チンピラ崩れの義賊なんかには負けませんよ。
「ありがとうリッチー、気を付けて帰るわ!」
「ええ、そうしてちょうだい。マリアちゃんにまたなにかあったら、あたし、今度こそ本当に心臓が止まっちゃうかもしれないもの~」
「またまた、大袈裟ね~」
「あら、本気よ~?」
わたしとリッチーは、ふふふ、と笑いあう。
またね、と手を振って、店を出た。
ここまで馬車を使って来たし、帰りも馬車なので危険はないだろう。
……でも、また買い物に来るときは用心しておきましょう。
妙な争いに巻き込まれるのはごめんである。
……それにしても、義賊黒豹ねえ。やっぱり、どこかで聞いたことがある気がするのよね。どこでだったかしら?
なにか、重要なことを忘れているような気がする。
だけどやっぱり思い出せなかったので、わたしは諦めて、さっさと待たせてあった馬車に乗り込むと、学園の寮に戻ったのだった。
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