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第一部 悪役令嬢未満、お兄様と結婚します!

中間試験 2

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 と、誓ったはずなのだけど。

 ……うぅ、どうしてこうなったのかしら?

 わたしは今、白薔薇の庭にいた。放課後に、お兄様に呼び出されたのだ。
 四阿の中に二人きり。
 隣に座ったお兄様は、がっちりとわたしの肩に腕を回している。

 ……そう言えば、お兄様に会うの、十日ぶりくらいね~。学年が違うから、滅多に会わないものね~。でもどうして、十日ぶりに会ったお兄様は、こんなに不機嫌なのかしら~?

 ちらりと見上げたお兄様は、一応笑顔だ。だが、笑顔の中に黒いものが見え隠れしている気がする。そしてわたしは、長年お兄様の妹だったので、一見笑顔のお兄様が大変ご機嫌斜めであるとわかるのだ。

「お、お兄様、今日は、その、いきなり白薔薇の庭に行こうなんて、いったいどうしたんですか?」
「おや、マリアはおにいちゃまとここに来たくなかったのかな。おにいちゃま、傷ついちゃうよ」

 茶化した言い方をしているが騙されない。
 ひくーい声で言うお兄様にさーっと血の気が引いたわたしは、ぶんぶんと首を横に振った。

「そんなことないですわ! マリアは、お兄様と一緒に白薔薇の庭に来られて、とっても幸せです、お、ほほほほほ……」
「そうかい、それは安心したよ。……ところで」

 来た!

 お兄様の「ところで」という言葉に、わたしの背筋がピンと伸びる。

「最近やたらと、アレクサンダーがお前の周りをうろちょろしているようだね」

 お兄様が、わたしの肩に回した手の指にくるくるとわたしの髪を巻き付けて遊びだした。
 一見和やかだし、笑顔だし、ただじゃれているだけのように見えるけれど、わたしの警戒センサーが警報を鳴らしている。
 そして、もう逃げられない感も半端ない。
 ここに来た時点で、わたしはもうお兄様に捕まっているのだ。

 ……まあ、どんな状況であれ、わたしが優秀なお兄様から逃げるなんて不可能でしょうけど。

 お兄様が髪を指に巻き付けて遊ぶのをやめて、つつーっとわたしの首筋に手を這わした。
 細いチェーンを撫でて、口端を持ち上げる。

「ちゃんと首輪はつけているみたいだね」

 お兄様とデートした日に送ってもらった数々のアクセサリーのうち、わたしは今日ネックレスだけ身に着けていた。さすがに全部身に着けるには、あまりに高価すぎたためだ。
「首輪」という言い方は少々不穏な感じもしなくもないが、お兄様の機嫌がちょっぴり上向いた気がするのでよしとする。

 ……ネックレスをつけてきたわたし、グッジョブ‼

 お兄様の機嫌がちょっぴり上向いたのを見逃さず、わたしはこの隙に言い訳をすることにした。

「よ、よくわかりませんが、アレクサンダー様はわたしに怪我を負わせた責任感を感じていらっしゃるようで、わたしを守る騎士のような役割をなさっています! ちなみに、断じてわたしがお願いしたことではありませんからね!」

 だって、「ブルーメ」の攻略対象ですもの! 悪役令嬢のわたしが近づかない方がいいに決まっている! 下手に近づいてヒロインとの恋路を妨害したと思われたら断罪まっしぐらだ。君子危うきに近寄らず! わたしは攻略対象とは、極力関わりたくないのである。
 お兄様はチェーンで遊ぶのをやめて、わたしの顎に指先をかけると、くいっと上を向かせる。

「つまりアレクサンダーは、すっかりお前にたらしこまれたわけだな」
「ち、ちちち、違いますよ! 人聞きの悪いことを言わないでください! アレクサンダー様は、そう、責任感が強い方のなのですわ!」
「お前のその理論はいささか面白みに欠けるね」

 いえ、わたしは事実を述べただけで、ウケなんて狙ってませんよ‼

「はあ、お前は学園に入ってからずっとバカなことばかりしていたから安心していたんだが、ここにきて厄介な男を垂らし込んだってわけか。……さて、どうしてやろうかね。おにいちゃまは、浮気は許さないタイプなんだよ」
「ちょ、ちょちょちょちょっとお待ちくださいませお兄様! 言っている意味がわかりませんわ! そもそもわたしは浮気なんてしていませんし、それにわたしはお兄様と恋人同士ではありませんよ! 第一、お兄様がわたしが卒業するまでに結婚相手を見つけるように言ったんじゃないですか!」
「お前は何を勘違いしているのか知らないが、私は、お前が卒業するまでに結婚相手を見つけられなければ、私との結婚を契約とかではなく本当のものにすると言っただけだよ。結婚相手を見つけることを推奨したわけじゃない」

 ……それの何が違うんですか⁉

 お兄様との約束では、わたしは結婚相手を探していいんですよね⁉ 男性と少し仲良くなっただけで浮気だなんだと怒られるなら、そもそも結婚相手なんて探せませんよ!

「それからマリア、お前は忘れているのかもしれないが、以前私がアレクサンダーを選ぶのかと訊ねた時に、お前は否定したよね。なのにこれはどういう状況なんだろうね」

 だからそれは、アレクサンダー様が勝手に!

 ……というかお兄様、マリアは身に覚えのない浮気問題で責められるよりも、現在進行形でしなければならないことがあるんですよ!

 涙目でじろりとお兄様を睨むと、お兄様が片眉を上げた。

「なんだ、言いたいことがあるなら言ってみなさい」

 この隙を逃せば、また延々とアレクサンダー様の件でねちっこく追及されそうな気がしたわたしは、勢い込んで言った。

「お兄様、マリアはお勉強をしなければならないんです! このままでは中間試験で全部追試を受ける羽目になります! 身に覚えのない浮気疑惑で責められる前に、わたしにお勉強をさせてくださいませ‼ お勉強したいんです‼」

 お兄様は、わたしの口から「勉強がしたい」という単語が出たことに虚を突かれたように目を丸くして、それから頭が痛そうにこめかみを押さえた。

「……マリア、言いたくはないが…………全部追試を受ける羽目になるって、お前はいったい、どれだけおバカさんなんだい?」

 いい質問ですねお兄様!
 二学年がはじまって一か月と少し。
 すでに授業にまったくついていけていないくらいのおバカさんです‼


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