上 下
49 / 68
第一部 悪役令嬢未満、お兄様と結婚します!

墓地の妖精 4

しおりを挟む
 ああ、まずいわ――と、わたしに絡みつく真っ黒い影を見ながら思う。
 これは、かなりまずい状況だ。
 ずぶりずぶりとわたしの体が影の中に飲み込まれていっている。
 もう、足の先は真っ黒くなって、自分の足が見えなくなっていた。

 ……このまま全部飲まれてしまったら、どうなるのかしら。

 脳裏をかすめた疑問に、わたしの全身から血の気が引いていく。

「マリア!」

 駆け寄って来たお兄様がわたしに向かって手を差し出した。
 お兄様の手を取ろうと手を伸ばすけれど、その腕に影が絡みついて、手の先から闇に飲まれてしまう。

「マリア! くそ!」
「だめ! お兄様!」
「よせジークハルト!」

 お兄様が影に触れようとしたのを見てわたしが悲鳴を上げるのとアレクサンダー様がお兄様の手首をつかんで後ろに引っ張るのは同時だった。
 おそらくこの黒い影はアンデットだと思う。
 しかも、先ほどわたしたちを取り囲んでいたアンデットとは比べ物にならないくらいに大きい。

「止めるなアレクサンダー!」
「止めるに決まっている! 不用意にあれに触れて、お前まで飲み込まれたらどうするんだ!」

 アレクサンダー様の言う通りだ。

 ……怖い、怖い怖い怖い怖い! でも、お兄様を巻き込んではダメ!

 わたしはカチカチと鳴る奥歯をぐっと食いしばった。

「お兄様、わたしは大丈夫ですから、このアンデットを何とかしてくださいませっ」

 影に飲まれていっているが、痛みはない。全部飲まれてしまったらどうなるかはわからないけれど、今のところ頭ははっきりしている。ただ怖いだけだ。

「何とかしろというが……」
「さすがにこの状況で君を守りながら魔法を使うのは難しいぞ!」

 お兄様とアレクサンダー様がわたしに触れていない部分の影に向かって、威力の大きくない下級魔法を放つが、影はわたしから離れない。

「多少わたしに当たってもいいですから、わたしごと――」
「「馬鹿を言うな‼」」

 わたしに当ててでも何とかしてくれと言いたかったのに、二人の声に遮られてしまった。

「私にお前を攻撃しろと?」
「私はもう二度と君に傷を負わせたくない」

 うぅ、ではどうしろと⁉

 お兄様とアレクサンダー様が下級魔法で地道にわたしから黒い影を削り取ろうとしていると、新しいアンデットたちが、ゆらゆらと集まって来はじめた。この墓地にはまだまだアンデットが残っていたらしい。

 ……なんでこんなにいっぱいいるのよ! ゴ〇ブリか‼

 わたしは泣きたくなってきた。
 お兄様とアレクサンダー様が近づいてこようとするアンデットたちを魔法で蹴散らすが、次から次に湧いて来てきりがない。

 ……もしかしてこの大きなアンデットが呼んでいるんじゃないでしょうね⁉

 それは直感だったが、この推測は間違っていない気がする。
 なんか、こいつが親玉っぽい気がするのだ。
 ということは、逆にこいつさえ何とかすれば、他の雑魚いアンデットたちはいなくなるのではなかろうか?

 ……正解かどうかはわかんないけど、試して損はなし!

 お兄様とアレクサンダー様がほかのアンデットに手を取られているので、不安で仕方がないが、この大きなアンデットはわたしが何とかせねばなるまい。

 ……できるか⁉ わたし、ファイアーボール二発しか打てないんだよ⁉

 わたしのレベルは二。習得魔法レベルは一。仕える魔法はファイアーボール一択で、魔力が十しかないから一発で魔力を五消費するファイアーボールは二発しか打てない。

 ……あとは意味不明な「仲間」がいるけど、一分召喚するごとに魔力が百いるし、「レベルが低いと言うことを聞いてくれません」って注意書きがあったからね!

 レベル二のわたしの言うことを、サラマンダーが聞いてくれるとは思えない。

 ……こういうのを、万事休すって言うのかしら⁉

 ぐずぐずしている間に、わたしの体は半分くらい影に飲まれていた。
 このままだと本当にまずい。
 お兄様とアレクサンダー様がほかのアンデットを相手取りつつ、隙を見てわたしを飲み込もうとしているアンデットに攻撃を当ててくれているけれど、二人ともわたしが怪我をしないように加減しているから、わたしから引きはがすには足りないみたいだ。

「マリア!」

 ……ああっ、まずいわ! 

 このまま飲まれ続けたら、お兄様が危険を顧みずに飛び込んでくるかもしれない。
 もしかしたら、わたしへの仲間意識に目覚めたらしいアレクサンダー様まで飛び込んでくるかも。
 そうなったら全滅だ。全滅する未来しか見えない。
 未来の悪役令嬢に巻き込まれて、悪役令嬢の兄と攻略対象の一人が、もしかしたら死んでしまうかもしれないのだ。

 ……そんなの絶対にダメ‼

 わたしだって死にたくないが、二人を巻き込むのはもっとだめだ。

 ……何か方法はないかしら? ああもうっ! 一か八かサラマンダーを召喚したいけど魔力が足りない! 何で一分に魔力が百も……一分?

 こういうのを、火事場の馬鹿力というのかしら?
 おバカさんなわたしの頭に、普段のわたしなら思いつかないであろう名案が浮かんだ。

 ……そうよ。一分以下なら、魔力が百じゃなくてもいいんじゃない?

 わたしの全魔力は十。

 ……一分の十分の一だから……ああっ、もう何秒だかすぐに出てこないけどとりあえず数秒はサラマンダーを召喚できるはずよ!

 半ばパニック状態のわたしは、六十秒割る十という単純計算ができなくなっているくらいに冷静ではなかった。
 だからこそ、こんな捨て身の作戦を思いついたのだろう。

 わたしは何も考えず、大声で叫んだ。

「サラマンダー‼ わたしごと、こいつを燃やしちゃってー‼」

 直後。

 わたしは、わたしを飲み込もうとしているアンデットともども、真っ赤な炎に包まれた。


しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

【完結】内緒で死ぬことにした〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を、なぜわたしは生まれ変わったの?〜  

たろ
恋愛
この話は 『内緒で死ぬことにした  〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜』 の続編です。 アイシャが亡くなった後、リサはルビラ王国の公爵の息子であるハイド・レオンバルドと結婚した。 そして、アイシャを産んだ。 父であるカイザも、リサとハイドも、アイシャが前世のそのままの姿で転生して、自分たちの娘として生まれてきたことを知っていた。 ただアイシャには昔の記憶がない。 だからそのことは触れず、新しいアイシャとして慈しみ愛情を与えて育ててきた。 アイシャが家族に似ていない、自分は一体誰の子供なのだろうと悩んでいることも知らない。 親戚にあたる王子や妹に、意地悪を言われていることも両親は気が付いていない。 アイシャの心は、少しずつ壊れていくことに…… 明るく振る舞っているとは知らずに可愛いアイシャを心から愛している両親と祖父。 アイシャを助け出して心を救ってくれるのは誰? ◆ ◆ ◆ 今回もまた辛く悲しい話しが出てきます。 無理!またなんで! と思われるかもしれませんが、アイシャは必ず幸せになります。 もし読んでもいいなと思う方のみ、読んで頂けたら嬉しいです。 多分かなりイライラします。 すみません、よろしくお願いします ★内緒で死ぬことにした の最終話 キリアン君15歳から14歳 アイシャ11歳から10歳 に変更しました。 申し訳ありません。

前世を思い出したので、最愛の夫に会いに行きます!

お好み焼き
恋愛
ずっと辛かった。幼き頃から努力を重ね、ずっとお慕いしていたアーカイム様の婚約者になった後も、アーカイム様はわたくしの従姉妹のマーガレットしか見ていなかったから。だから精霊王様に頼んだ。アーカイム様をお慕いするわたくしを全て消して下さい、と。 ……。 …………。 「レオくぅーん!いま会いに行きます!」

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

私はモブのはず

シュミー
恋愛
 私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。   けど  モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。  モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。  私はモブじゃなかったっけ?  R-15は保険です。  ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。 注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

婚約していないのに婚約破棄された私のその後

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「アドリエンヌ・カントルーブ伯爵令嬢! 突然ですまないが、婚約を解消していただきたい! 何故なら俺は……男が好きなんだぁああああああ‼」  ルヴェシウス侯爵家のパーティーで、アドリーヌ・カンブリーヴ伯爵令嬢は、突然別人の名前で婚約破棄を宣言され、とんでもないカミングアウトをされた。  勘違いで婚約破棄を宣言してきたのは、ルヴェシウス侯爵家の嫡男フェヴァン。  そのあと、フェヴァンとルヴェシウス侯爵夫妻から丁重に詫びを受けてその日は家に帰ったものの、どうやら、パーティーでの婚約破棄騒動は瞬く間に社交界の噂になってしまったらしい。  一夜明けて、アドリーヌには「男に負けた伯爵令嬢」というとんでもない異名がくっついていた。  頭を抱えるものの、平平凡凡な伯爵家の次女に良縁が来るはずもなく……。  このままだったら嫁かず後家か修道女か、はたまた年の離れた男寡の後妻に収まるのが関の山だろうと諦めていたので、噂が鎮まるまで領地でのんびりと暮らそうかと荷物をまとめていたら、数日後、婚約破棄宣言をしてくれた元凶フェヴァンがやった来た。  そして「結婚してください」とプロポーズ。どうやら彼は、アドリーヌにおかしな噂が経ってしまったことへの責任を感じており、本当の婚約者との婚約破棄がまとまった直後にアドリーヌの元にやって来たらしい。 「わたし、責任と結婚はしません」  アドリーヌはきっぱりと断るも、フェヴァンは諦めてくれなくて……。  

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

モブなので思いっきり場外で暴れてみました

雪那 由多
恋愛
やっと卒業だと言うのに婚約破棄だとかそう言うのはもっと人の目のないところでお三方だけでやってくださいませ。 そしてよろしければ私を巻き来ないようにご注意くださいませ。 一応自衛はさせていただきますが悪しからず? そんなささやかな防衛をして何か問題ありましょうか? ※衝動的に書いたのであげてみました四話完結です。

処理中です...