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第一部 悪役令嬢未満、お兄様と結婚します!
白薔薇の庭 3
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「おやおや、困った子だねえ」
なんて言いながら、お兄様がわたしがぶちまけたアイスティーを魔法で掃除してくれる。
いやいや、困ったのはお兄様ですよ!
逢引きって! 逢引きって‼ なんて言葉を使うんですか!
まるでわたしが、悪いことをしているような、そんな言い方をしないでくださいませ!
「ほら、これで口を拭きなさい」
「あぅ……」
文句が言いたいのに、アイスティーをぶちまけてしまった罪悪感で何も言えない。
お兄様が渡してくれたハンカチで口を拭って、わたしは軽くお兄様を睨んだ。
視線で不満を訴えると、お兄様が肩をすくめる。
「もしやましいことがないなら、言えるはずだろう?」
「やましいことはありませんが、ナルツィッセ公爵家の機密事項に触れるため、お兄様でもお教えできません」
「またそれか。いったいお前は、アレクサンダーのどんな機密事項を知ったんだい?」
「アレクサンダー様のではなくナルツィッセ公爵家の、ですわ」
「どっちでも変わらない気がするけどね」
いーえ、変わります! だって「アレクサンダー様の機密事項」って言うと、なんかちょっといかがわしい雰囲気があるじゃないですか! アレクサンダー様の人には言えない秘密を、わたしが知っているなんて思われたくないです!
「じゃあ、土曜日に閉架書庫へ行ったのは、ナルツィッセ公爵家の機密事項のためだったと、そういうことだね。おかしいねえ、お前はナルツィッセ公爵家の人間ではなく、アラトルソワ公爵家の人間だというのに」
「うぐっ」
お兄様が、わたしの肩をとんと押して、ソファの背もたれに押し付ける。
「まさかお前、私が出した条件の相手に、アレクサンダーを選ぶつもりかい?」
お兄様が出した条件。
それはすなわち、わたしが学園を卒業するまでに結婚相手を見つけなかったら、お兄様との契約結婚が本物になるというあれだろう。
お兄様は、わたしが結婚相手にアレクサンダー様を選んだのかと訊いているのだ。
……まさか! あり得ませんよ! 攻略対象を相手に選ぶですって? そんなことをすれば悪役令嬢となって破滅ルートまっしぐらです!
わたしがブンブンと首を横に振ると、お兄様が半眼になって顔を近づけて来る。
……ちょ! 顔が近い! 近いですお兄様! 息が、お兄様の吐息が、頬にあたっています! なんかいい匂いがして頭がくらくらしちゃいますよ! お願いですから「歩く媚薬」は手加減というものを覚えてください! 心臓が止まる!
「本当かな。ここ最近、やけにアレクサンダーと距離が近いじゃないか。秘密を共有してみたり、一緒に勉強して見たり、果ては閉架書庫なんてね。お前はまったく興味がなさそうなのにそんなところまで付き合うなんて、よっぽどだと思うのだが」
「近くないですっ」
というか、お兄様が近いです!
わたしはドキドキしすぎて心肺停止の危機に、プルプルしながら弁明した。
「機密情報を知ったのは本当に偶然! たまたま! 成り行きです! そして一緒にお勉強を下のではなくて、ニコラウス先生が不在のための代役でアレクサンダー様が教えてくれただけです。補講です補講! 最後に閉架書庫は……ええっと、なんかよくわからないけどこれも成り行きです!」
「成り行きばっかりじゃないか」
「そうですけど……、そもそもお兄様は、わたしが計画的に行動できるタイプだと思いますか」
「…………なるほど、確かにその通りだ」
自分で言ったことだけど、そこで肯定されると悲しい。
「つまり注意すべきはお前ではなくアレクサンダーか。ふむ、あちらを何とかしないことには、今後も『成り行き』にお前が引っかかりそうだな」
あの~、意味がわからないのでもう少しわかりやすく……説明する気はなさそうですね。はい。
お兄様はわたしに顔を近づけたまま、凄みのある笑みを浮かべる。
「それで、ナルツィッセ公爵家の機密情報とは?」
「だ、だから機密情報は……」
「ここには私とお前だけ。そして私は口は堅い方だよ。……それともマリアは、体に聞かれる方がお好みかな?」
にぃっと口端を持ち上げたお兄様が、怪しげな手つきでわたしの頬に手を伸ばして、すーっと撫でていく。
そのままその手が制服のリボンに向かうのがわかったわたしは、恐怖なのかそれとも別の何かなのかわからないぞわぞわしたものが背筋に這い上がるのがわかったと同時に白旗を上げた。
「わかりました! わかりましたから、すとーっぷっ‼」
体に聞くとか、やめてくださいませ‼
わたし、本当に心臓麻痺で死んでしまいますっ。
なんて言いながら、お兄様がわたしがぶちまけたアイスティーを魔法で掃除してくれる。
いやいや、困ったのはお兄様ですよ!
逢引きって! 逢引きって‼ なんて言葉を使うんですか!
まるでわたしが、悪いことをしているような、そんな言い方をしないでくださいませ!
「ほら、これで口を拭きなさい」
「あぅ……」
文句が言いたいのに、アイスティーをぶちまけてしまった罪悪感で何も言えない。
お兄様が渡してくれたハンカチで口を拭って、わたしは軽くお兄様を睨んだ。
視線で不満を訴えると、お兄様が肩をすくめる。
「もしやましいことがないなら、言えるはずだろう?」
「やましいことはありませんが、ナルツィッセ公爵家の機密事項に触れるため、お兄様でもお教えできません」
「またそれか。いったいお前は、アレクサンダーのどんな機密事項を知ったんだい?」
「アレクサンダー様のではなくナルツィッセ公爵家の、ですわ」
「どっちでも変わらない気がするけどね」
いーえ、変わります! だって「アレクサンダー様の機密事項」って言うと、なんかちょっといかがわしい雰囲気があるじゃないですか! アレクサンダー様の人には言えない秘密を、わたしが知っているなんて思われたくないです!
「じゃあ、土曜日に閉架書庫へ行ったのは、ナルツィッセ公爵家の機密事項のためだったと、そういうことだね。おかしいねえ、お前はナルツィッセ公爵家の人間ではなく、アラトルソワ公爵家の人間だというのに」
「うぐっ」
お兄様が、わたしの肩をとんと押して、ソファの背もたれに押し付ける。
「まさかお前、私が出した条件の相手に、アレクサンダーを選ぶつもりかい?」
お兄様が出した条件。
それはすなわち、わたしが学園を卒業するまでに結婚相手を見つけなかったら、お兄様との契約結婚が本物になるというあれだろう。
お兄様は、わたしが結婚相手にアレクサンダー様を選んだのかと訊いているのだ。
……まさか! あり得ませんよ! 攻略対象を相手に選ぶですって? そんなことをすれば悪役令嬢となって破滅ルートまっしぐらです!
わたしがブンブンと首を横に振ると、お兄様が半眼になって顔を近づけて来る。
……ちょ! 顔が近い! 近いですお兄様! 息が、お兄様の吐息が、頬にあたっています! なんかいい匂いがして頭がくらくらしちゃいますよ! お願いですから「歩く媚薬」は手加減というものを覚えてください! 心臓が止まる!
「本当かな。ここ最近、やけにアレクサンダーと距離が近いじゃないか。秘密を共有してみたり、一緒に勉強して見たり、果ては閉架書庫なんてね。お前はまったく興味がなさそうなのにそんなところまで付き合うなんて、よっぽどだと思うのだが」
「近くないですっ」
というか、お兄様が近いです!
わたしはドキドキしすぎて心肺停止の危機に、プルプルしながら弁明した。
「機密情報を知ったのは本当に偶然! たまたま! 成り行きです! そして一緒にお勉強を下のではなくて、ニコラウス先生が不在のための代役でアレクサンダー様が教えてくれただけです。補講です補講! 最後に閉架書庫は……ええっと、なんかよくわからないけどこれも成り行きです!」
「成り行きばっかりじゃないか」
「そうですけど……、そもそもお兄様は、わたしが計画的に行動できるタイプだと思いますか」
「…………なるほど、確かにその通りだ」
自分で言ったことだけど、そこで肯定されると悲しい。
「つまり注意すべきはお前ではなくアレクサンダーか。ふむ、あちらを何とかしないことには、今後も『成り行き』にお前が引っかかりそうだな」
あの~、意味がわからないのでもう少しわかりやすく……説明する気はなさそうですね。はい。
お兄様はわたしに顔を近づけたまま、凄みのある笑みを浮かべる。
「それで、ナルツィッセ公爵家の機密情報とは?」
「だ、だから機密情報は……」
「ここには私とお前だけ。そして私は口は堅い方だよ。……それともマリアは、体に聞かれる方がお好みかな?」
にぃっと口端を持ち上げたお兄様が、怪しげな手つきでわたしの頬に手を伸ばして、すーっと撫でていく。
そのままその手が制服のリボンに向かうのがわかったわたしは、恐怖なのかそれとも別の何かなのかわからないぞわぞわしたものが背筋に這い上がるのがわかったと同時に白旗を上げた。
「わかりました! わかりましたから、すとーっぷっ‼」
体に聞くとか、やめてくださいませ‼
わたし、本当に心臓麻痺で死んでしまいますっ。
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