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第一部 悪役令嬢未満、お兄様と結婚します!
眠り姫を救うために 5
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お城の閉架書庫は、地下にある。
貴重な本がたくさん納められているため、入り口の扉には常に鍵がかかっていて、扉の番の兵士が二人立っていた。
アレクサンダー様が事前に申請を出していたので、閉架書庫の管理人が鍵を開けてくれる。
わたしたちが閉架書庫に入っている間、管理人は入り口に近いところの席に座って待っていてくれるようだ。監視という意味ももちろんあるが、本の場所がわからなかったりした際にわたしたちを手助けするためである。
……それにしても、さすがお城の閉架書庫。圧巻だわ。
高い天井につくほどの重厚な本棚がぐるり入り口側を除く三方の壁すべてを覆い、上の方の本を取るための梯子がそれぞれの本棚にかけられている。
自分の身長の三倍はありそうな高さの梯子を見ると、高所恐怖症でなくても登るのを躊躇ってしまいそうだ。
部屋の中央には書見台と鎖付図書もあった。
本を閲覧するためのテーブルや椅子ももちろん置いてある。
閉架書庫は原則飲食禁止のため、休憩を取る際はいったん書庫の外に出て、隣に設けられている休憩のための部屋を使うようにと言われた。
指示を出せば、城のメイドが休憩の部屋にお茶や軽食を運んでくれるそうだ。
「さて、閉架書庫に来たはいいが、ここにある本を全部探すとなると、一年はかかりそうだ。君の直感は働かないのか、マリア・アラトルソワ」
これは一応、頼りにしてもらっていると考えてもいいのだろうか。
……わたしにはどの本棚のどのあたりに目的の本が納められているかはわかっているけれど、その場所にまっすぐ向かうと怪しまれるわよね?
わたしはぐるりと書庫の中を見渡して、遠回しに言ってみた。
「ホルガー侍医長の治癒魔法で治せなかったのならば、治癒魔法と素材を調合した、調合魔法薬を試してみるのがいいと思います」
魔法薬は、「エリクサー」のように治癒魔法で生み出せる薬と、その生み出した薬と素材を組み合わせてさらに調合する調合魔法薬の二種類がある。
主に調合魔法薬は、高度な治癒魔法が使えない魔法医が、己が生み出した魔法薬の性能を上げるために作るものだ。
だが、最高難度の「エリクサー」が生成できるホルガー様は、すべてが「エリクサー」で事足りてしまうため、わざわざ調合魔法薬を作らない。
……でも、アグネスを目覚めさせるには、最高難度の治癒魔法「エリクサー」と、入手が困難な最高の素材をあわせた、とんでもなく性能の高い調合魔法薬が必要なのよ。
世間一般の常識では、「エリクサー」以上の魔法薬は存在しないと言うことになっているから、それ以上のものを作ろうなんて考えないのよね。というか「エリクサー」が治せないものなんてないと言われているもの。死者を蘇生させる以外は何でもできると信じられているんだから。
ただ、ホルガー侍医長の力をもってしても、治癒魔法の最高峰である「エリクサー」を作るのは、一週間に一回が限度だと言われている。その魔法を使うにはかなりの負担がかかるそうなのだ。
魔力は根こそぎ持って行かれから、エリクサーを作った後丸一日以上はほかの魔法は使えない。さらには体に負荷がかかるから一週間は上級治癒魔法は使えなくなる。いろいろ制約があるため、ホルガー侍医長はよほどのことがなければ「エリクサー」を作らない。
だって、ホルガー侍医長がまともに魔法が使えない時に、王族の誰かにその力が必要になったりしたら大変だもの。
一応、余裕があるときに「エリクサー」を作って数本のストックは置いてあるらしいけど、逆にストックがあるから使う必要もないのよね。
そしてその「エリクサー」はよほどのことがない限り用いられることはない。
今回アグネスのためにそれの使用を頼み込んだらしいアレクサンダー様は、よほど無理を言ったのだと思う。国に五家しかない公爵家だからこそできるお願いだろう。
わたしの提案に、アレクサンダー様が腕を組む。
「つまり君は、エリクサー以上の魔法薬が存在する可能性があると、そう言いたいのか?」
「ないと証明することはできないと思いますよ。何事も、あると証明するより、ないと証明する方が困難ですもの」
ふっふっふっ、ちょっとカッコイイことを言ってしまったわ! まあこれは、前世のどっかのテレビドラマで聞いた言葉をそっくりそのままパクらせてもらっただけだけどね。
「……私はどうやら、君を見くびっていたようだ」
おっと? わたしの思いっきりパクりな発言を聞いて、アレクサンダー様が感心しちゃったわ。なんかアレクサンダー様の中のわたしの評価がちょっぴり上がったような気もする。
……ごめんなさいすみません、パクリなんです。わたしの言葉ではないんです。そんなに感心されると心苦しいので、適当に聞き流してほしかったです。
「では、調合魔法薬について書いてある本を探そう」
アレクサンダー様が閉架書庫の管理人に、調合魔法薬について書かれた本がまとめられている場所を確認しに行く。
わたしは場所を知っているけれど、入ったこともない閉架書庫に納められている本の場所を知っていたらおかしいので黙ってアレクサンダー様が確認するのを待った。
「あの角の棚の、下から七段目の棚のようだ。行こうか」
「はい」
わたしのゲーム知識と相違なかったので、わたしは素直にアレクサンダー様の後を追った。
「高いところにあるから、君は登らないように。危ないからな」
「わかりました」
アレクサンダー様が梯子を上って、七段目の棚から数冊の本を持ってくる。
そのタイトルを確認したわたしは、心の中で「うぐぅ」と唸った。
……ちが~う! これじゃない!
アレクサンダー様は五冊の分厚い本を抱えて降りてきたが、どれも対象の本ではなかった。
わたしは本棚を見上げて目を凝らす。
本のタイトルは「神々の禁忌」というちょっと怪しげものだ。
本の著者の名はないが、世界の創世記に神々が作ったというありとあらゆる伝説のものについて書かれている。
「ブルーメ」の世界の常識では、この世界は神々と巨人の戦いによって一度滅亡した。そして復活したのち、再び同じことが起こらないようにと、九つの世界はそれぞれのつながりを断たれ、行き来が困難となった。
住む世界の違う住人がほかの世界に行き来できるのは、唯一、ノルンの森を通してのみといわれている。
ノルンの三女神のお眼鏡にかなったものだけが、世界を移動することが可能となるのだ。
「神々の禁忌」に書かれている伝説のものは、世界が一度滅びる前。世界が復活する前に神々が作った神物について書かれたものである。
その中に、「エリクサー」を用いた調合魔法薬「神々の泪」がある。それこそが、アグネスを眠りから目覚めさせる薬だった。
「神々の泪」の解説には、こうある。
――「神々の吐息」に触れて眠りに落ちたものは「神々の泪」をもってのみ目覚める。
つまりは、アグネスはどこかで「神々の吐息」に触れたのだろう。ただ、ゲームではその詳細について語られていなかったのでわからない。もしかしたら、ノルンの森を通って人間の世界に遊びに来ている神の吐息がかかってしまったのかもしれないが、ゲームで語られていないことを、おバカなわたしが想像したところで正解を導き出せるとは思えないので、ここはスルーしよう。
重要なのは、アグネスを目覚めさせるのは「神々の泪」という薬で、その作り方は「神々の禁忌」という本に書かれていると言うことだ。
アレクサンダー様は本棚の右から五冊の本を取ったから、恐らく右側の本から読み進めていくつもりだろう。だが、「神々の禁忌」は本棚の左端にある。アレクサンダー様が読んでいくのを待っていたら、今日はたどり着けないだろう。
……ああっ、もう、じれったい!
わたしはアレクサンダー様が席に座って真剣に本を読んでいるのを確認すると、こそっと梯子に近づいた。
今なら梯子を上っても気づかないだろう。
……忠告を無視してごめんなさい。
心の中で謝りつつ、わたしは梯子に足をかける。
愚かなことに、この時のわたしは「マリア・アラトルソワ」が運動音痴であることを、すっかり忘れていたのだった。
貴重な本がたくさん納められているため、入り口の扉には常に鍵がかかっていて、扉の番の兵士が二人立っていた。
アレクサンダー様が事前に申請を出していたので、閉架書庫の管理人が鍵を開けてくれる。
わたしたちが閉架書庫に入っている間、管理人は入り口に近いところの席に座って待っていてくれるようだ。監視という意味ももちろんあるが、本の場所がわからなかったりした際にわたしたちを手助けするためである。
……それにしても、さすがお城の閉架書庫。圧巻だわ。
高い天井につくほどの重厚な本棚がぐるり入り口側を除く三方の壁すべてを覆い、上の方の本を取るための梯子がそれぞれの本棚にかけられている。
自分の身長の三倍はありそうな高さの梯子を見ると、高所恐怖症でなくても登るのを躊躇ってしまいそうだ。
部屋の中央には書見台と鎖付図書もあった。
本を閲覧するためのテーブルや椅子ももちろん置いてある。
閉架書庫は原則飲食禁止のため、休憩を取る際はいったん書庫の外に出て、隣に設けられている休憩のための部屋を使うようにと言われた。
指示を出せば、城のメイドが休憩の部屋にお茶や軽食を運んでくれるそうだ。
「さて、閉架書庫に来たはいいが、ここにある本を全部探すとなると、一年はかかりそうだ。君の直感は働かないのか、マリア・アラトルソワ」
これは一応、頼りにしてもらっていると考えてもいいのだろうか。
……わたしにはどの本棚のどのあたりに目的の本が納められているかはわかっているけれど、その場所にまっすぐ向かうと怪しまれるわよね?
わたしはぐるりと書庫の中を見渡して、遠回しに言ってみた。
「ホルガー侍医長の治癒魔法で治せなかったのならば、治癒魔法と素材を調合した、調合魔法薬を試してみるのがいいと思います」
魔法薬は、「エリクサー」のように治癒魔法で生み出せる薬と、その生み出した薬と素材を組み合わせてさらに調合する調合魔法薬の二種類がある。
主に調合魔法薬は、高度な治癒魔法が使えない魔法医が、己が生み出した魔法薬の性能を上げるために作るものだ。
だが、最高難度の「エリクサー」が生成できるホルガー様は、すべてが「エリクサー」で事足りてしまうため、わざわざ調合魔法薬を作らない。
……でも、アグネスを目覚めさせるには、最高難度の治癒魔法「エリクサー」と、入手が困難な最高の素材をあわせた、とんでもなく性能の高い調合魔法薬が必要なのよ。
世間一般の常識では、「エリクサー」以上の魔法薬は存在しないと言うことになっているから、それ以上のものを作ろうなんて考えないのよね。というか「エリクサー」が治せないものなんてないと言われているもの。死者を蘇生させる以外は何でもできると信じられているんだから。
ただ、ホルガー侍医長の力をもってしても、治癒魔法の最高峰である「エリクサー」を作るのは、一週間に一回が限度だと言われている。その魔法を使うにはかなりの負担がかかるそうなのだ。
魔力は根こそぎ持って行かれから、エリクサーを作った後丸一日以上はほかの魔法は使えない。さらには体に負荷がかかるから一週間は上級治癒魔法は使えなくなる。いろいろ制約があるため、ホルガー侍医長はよほどのことがなければ「エリクサー」を作らない。
だって、ホルガー侍医長がまともに魔法が使えない時に、王族の誰かにその力が必要になったりしたら大変だもの。
一応、余裕があるときに「エリクサー」を作って数本のストックは置いてあるらしいけど、逆にストックがあるから使う必要もないのよね。
そしてその「エリクサー」はよほどのことがない限り用いられることはない。
今回アグネスのためにそれの使用を頼み込んだらしいアレクサンダー様は、よほど無理を言ったのだと思う。国に五家しかない公爵家だからこそできるお願いだろう。
わたしの提案に、アレクサンダー様が腕を組む。
「つまり君は、エリクサー以上の魔法薬が存在する可能性があると、そう言いたいのか?」
「ないと証明することはできないと思いますよ。何事も、あると証明するより、ないと証明する方が困難ですもの」
ふっふっふっ、ちょっとカッコイイことを言ってしまったわ! まあこれは、前世のどっかのテレビドラマで聞いた言葉をそっくりそのままパクらせてもらっただけだけどね。
「……私はどうやら、君を見くびっていたようだ」
おっと? わたしの思いっきりパクりな発言を聞いて、アレクサンダー様が感心しちゃったわ。なんかアレクサンダー様の中のわたしの評価がちょっぴり上がったような気もする。
……ごめんなさいすみません、パクリなんです。わたしの言葉ではないんです。そんなに感心されると心苦しいので、適当に聞き流してほしかったです。
「では、調合魔法薬について書いてある本を探そう」
アレクサンダー様が閉架書庫の管理人に、調合魔法薬について書かれた本がまとめられている場所を確認しに行く。
わたしは場所を知っているけれど、入ったこともない閉架書庫に納められている本の場所を知っていたらおかしいので黙ってアレクサンダー様が確認するのを待った。
「あの角の棚の、下から七段目の棚のようだ。行こうか」
「はい」
わたしのゲーム知識と相違なかったので、わたしは素直にアレクサンダー様の後を追った。
「高いところにあるから、君は登らないように。危ないからな」
「わかりました」
アレクサンダー様が梯子を上って、七段目の棚から数冊の本を持ってくる。
そのタイトルを確認したわたしは、心の中で「うぐぅ」と唸った。
……ちが~う! これじゃない!
アレクサンダー様は五冊の分厚い本を抱えて降りてきたが、どれも対象の本ではなかった。
わたしは本棚を見上げて目を凝らす。
本のタイトルは「神々の禁忌」というちょっと怪しげものだ。
本の著者の名はないが、世界の創世記に神々が作ったというありとあらゆる伝説のものについて書かれている。
「ブルーメ」の世界の常識では、この世界は神々と巨人の戦いによって一度滅亡した。そして復活したのち、再び同じことが起こらないようにと、九つの世界はそれぞれのつながりを断たれ、行き来が困難となった。
住む世界の違う住人がほかの世界に行き来できるのは、唯一、ノルンの森を通してのみといわれている。
ノルンの三女神のお眼鏡にかなったものだけが、世界を移動することが可能となるのだ。
「神々の禁忌」に書かれている伝説のものは、世界が一度滅びる前。世界が復活する前に神々が作った神物について書かれたものである。
その中に、「エリクサー」を用いた調合魔法薬「神々の泪」がある。それこそが、アグネスを眠りから目覚めさせる薬だった。
「神々の泪」の解説には、こうある。
――「神々の吐息」に触れて眠りに落ちたものは「神々の泪」をもってのみ目覚める。
つまりは、アグネスはどこかで「神々の吐息」に触れたのだろう。ただ、ゲームではその詳細について語られていなかったのでわからない。もしかしたら、ノルンの森を通って人間の世界に遊びに来ている神の吐息がかかってしまったのかもしれないが、ゲームで語られていないことを、おバカなわたしが想像したところで正解を導き出せるとは思えないので、ここはスルーしよう。
重要なのは、アグネスを目覚めさせるのは「神々の泪」という薬で、その作り方は「神々の禁忌」という本に書かれていると言うことだ。
アレクサンダー様は本棚の右から五冊の本を取ったから、恐らく右側の本から読み進めていくつもりだろう。だが、「神々の禁忌」は本棚の左端にある。アレクサンダー様が読んでいくのを待っていたら、今日はたどり着けないだろう。
……ああっ、もう、じれったい!
わたしはアレクサンダー様が席に座って真剣に本を読んでいるのを確認すると、こそっと梯子に近づいた。
今なら梯子を上っても気づかないだろう。
……忠告を無視してごめんなさい。
心の中で謝りつつ、わたしは梯子に足をかける。
愚かなことに、この時のわたしは「マリア・アラトルソワ」が運動音痴であることを、すっかり忘れていたのだった。
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