破滅回避の契約結婚だったはずなのに、お義兄様が笑顔で退路を塞いでくる!~意地悪お義兄様はときどき激甘~

狭山ひびき@バカふり160万部突破

文字の大きさ
上 下
29 / 85
第一部 悪役令嬢未満、お兄様と結婚します!

デートと妖精 3

しおりを挟む
 雑貨屋リーベで購入した水色のワンピースを身に着け、ナチュラルメイクを施したわたしは、お兄様と待ち合わせの場所――学園の正門前に向かった。
 正門の門柱に寄り掛かるようにして立っているお兄様は、恐ろしく目立っていた。

 青銀色のサラサラの髪。長い睫毛が影を落とす、切れ長の紫紺の瞳。
 濃い紫色のシャツに、ダークグレーのズボン。シャツのボタンが上から三つくらいあいているのはお約束。
 どこか気だるげに、しかしそれがまた艶っぽく、見る人(特に女性)の目を引き付けてやまない「歩く媚薬」の周りには、用もないのに大勢の女生徒がいた。

 ……あなたたち、今日はお休みなのに、お兄様の鑑賞ですか? いやまあ、気持ちはわかるけどね。

 たとえが悪いかもしれないが、前世で、もし推しのアイドルとか俳優だとかが東京タワーの下に立っているよ、という情報を入手したら見に行きたいと思うだろう。それと同じだ。
 お兄様が正門前に立っているよ、と聞けば、女の子たちが集まってくるのは必然なのである。

 ……うぅ、近づきにくいなぁ。

 ここで近づいて行けば、きっとわたしは針の筵のように女の子の鋭い視線にさらされるのだ。
 少し離れたところで躊躇って足を止めたわたしは、どうしたものかと悩む。
 すると、お兄様がふと顔を上げて、わたしの方を見た。

 ……え? 気づいたの⁉

 この距離で?

 お兄様はわたしを見てふっと口端を持ち上げて笑うと、軽く右手を上げた。

「マリア、こっちだよ」

 お兄様の呼びかけで、お兄様の周りにいた女の子たちの視線が一斉にこっちを向く。

 ……ひぃ!

 人生初のデートの待ち合わせのキュンとかドキドキとかを味わう暇もなく、わたしは心臓が縮みあがりそうな思いで駆けだした。
 こうなれば、一秒でも早くこの場から退散したい。

「マリア、そんなに走ったら転――」
「ほほほほほ! お兄様! さあ行きましょう!」

 がしっとお兄様の手を掴むと、わたしはそのまま走っていく。
 お兄様が「おやおや積極的だねえ~、嫌いじゃないよ、そういうの」などとふざけたこと言いながら、くすくすと笑って小走りでついてきた。

 わたしは結構本気で走っているのに小走りって!
 いや、リーチが違うのはわかってますけどね!

 お兄様は背が高いのでその分足も長い。
 子供のお遊戯に付き合うような生暖かい表情で、わたしを隣から見下ろした。

「それでマリア、どこに行くのかな? おにいちゃまとしては、王都で買い物でもと思っていたんだが、ほら、マリアが急ぐから馬車の前を通り過ぎてしまった」
「馬車があるなら先に言ってください!」

 わたしは急ブレーキさながらに足を止めると、ぐるんとお兄様に向き直った。

「そうは言うが、話も聞かずに走り出したのはお前だよ。だから、お前が悪い」

 めっ、とお兄様がわたしの額を指先で小突く。
 くそう! その通りだけどなんか悔しい!

 ほら行くよ、と手を差し出されて、わたしはお兄様と手を繋いで馬車が停めてある場所に戻った。
 うん、気づかなかったわたしも大概だわね。アラトルソワの家紋が入った黒塗りの馬車が、思いっきり止まっていたわ。

 戻って来たわたしたちを見て、顔見知りの御者が苦笑している。
 御者が馬車のドアを開けてくれたので、お兄様の手を借りて乗り込んだわたしは、そこで「うん?」と首をひねった。

 馬車の座席は向かい合わせになっている。
 だというのに、なぜお兄様はわたしの隣に座ったのだろう。反対側はがら空きですよ~?
 そしてそして、お兄様はさも当然のようにわたしの肩を引き寄せた。
 ふわりと香る、ちょっとエキゾチックなお兄様のシャンプーの香りに、わたしの体温がぐわわっと上がった。

 ……お兄様、そんなちょっとエロい香りを漂わせているから「歩く媚薬」とか呼ばれるようになったのだと思います! 今すぐにシャンプーを変えるべきです‼

 わたしの心臓が餅つきさながらに、どったんばったんと大きな音で騒ぎ出す。

 ……うぅ、恥ずかしくなってきた。相手はお兄様なのに。お兄様なのにぃ!

「マリア、どこか行きたい場所はあるかい?」
「い、いえ、とくには……」
「そうか。じゃあ、最初はお兄様のお買い物に付き合ってくれるかい?」
「も、ももも、もちろんです!」

 もうどこへなりともついて行きますから、デート初心者を相手に耳元で囁くように話しかけないでください!
 お兄様が座席から腰を浮かせて、御者台に続く窓を叩いた。

「ユヴェーレンに向かってくれ」
「かしこまりました」

 御者への指示を終えて、お兄様がわたしの隣に座りなおす。
 お兄様がきちんと座ったのを見届けてから、御者が馬車を発進させた。

「ユヴェーレンって、お兄様、宝石でも買うんですか?」

 ユヴェーレンは、王都にある宝石商の中でも老舗の有名店で、大勢の貴族が御用達にしているお店だ。
 アラトルソワ家にも、ユヴェーレンの外商が出入りしている。
 お兄様は意味深な顔でふっと笑って、わたしの頬に手を伸ばすと、くすぐるように手の甲で撫でる。

「お前との結婚が決まったからね。すぐに結婚するから正式な婚約発表はしていないが、お前が私の婚約者であることには変わりない。私は婚約者に石の一つも贈らないような、薄情者ではないつもりだよ」

 え⁉ つまりわたしのプレゼントを買いに行くってことですか⁉
 驚きのあまり目をまん丸くしてしまったわたしに、お兄様が楽しそうに「なんて顔をしているんだい」と噴き出す。

「もちろんだ。婚約者にはきちんと、所有の証をつけておかなくてはね。首にも、指にも、耳にもね」

 ……あ、あのぅ、お兄様に言わせると、婚約者家の贈り物がなんだかとっても危険でかついかがわしいもののように聞こえてくるのですけど気のせいでしょうか?

 買いに行くのって、宝石だよね?
 呪いの何かとかじゃ、ないよね?

 不安になって来たが、楽しそうなお兄様が止まるはずもない。
 むしろ止めようとしたらわたしへの被害が増大する気配しかしない。

 ……わ、わたしは賢いから、なんか嫌な予感がしても気づかないふりしておとなしくしておくんだー。わー、お兄様からのプレゼント、楽しみだな~、あはははは。

 お兄様、わたしとお兄様は結婚しますが、契約結婚ですよ。契約結婚ですからね? なんだか「首輪つけて繋いでおこう」的な危険な気配がぷんぷんしますが、絶対にやめてくださいね⁉
 やっぱり、破滅回避のためにお兄様との契約結婚を選んだのは間違いだったのではなかろうか。

 ――よくわかりませんが、わたくしは、お嬢様はいつも間違っていると思います。

 ふと、ヴィルマの声が脳裏に蘇る。
 わたしは、脳内のヴィルマに向かって、八つ当たりのように叫んだ。

 ……うっさいヴィルマー‼ でも、わたしだって、わたしだって、そんな気がしてきたわー‼




しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ヒロインがいない。 もう一度言おう。ヒロインがいない!! 乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。 ※ざまぁ展開あり

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話

下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。 御都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

処理中です...