破滅回避の契約結婚だったはずなのに、お義兄様が笑顔で退路を塞いでくる!~意地悪お義兄様はときどき激甘~

狭山ひびき@バカふり160万部突破

文字の大きさ
上 下
24 / 83
第一部 悪役令嬢未満、お兄様と結婚します!

アレクサンダーとリッチーの意外なつながり 1

しおりを挟む
 ……え? なんでここにアレクサンダー様が?

 生真面目で堅物なアレクサンダー様と「雑貨屋リーベ」ほど似つかわしくない場所はない。

 わたしは一瞬幻覚でも見たのかと思って、ごしごしと目をこすった。
 だが、やはり店の入り口にはアレクサンダー様が立っている。
 そして彼は驚いたようにわたしを見、ぎゅっと眉を寄せた。……うん、本物だ。

 悲しいかな、アレクサンダー様のわたしに対する嫌悪感で本人かどうかを判断してしまう。
 多種多様なものが雑然と陳列されている雑貨屋リーベは、それほど狭い店ではないのだが、アレクサンダー様が一人増えただけで急に息苦しさを覚えるから不思議だ。

 ……さっさと買ってさっさと帰ろう。

 自然に、ごく自然に「ほほほほほ、アレクサンダー様ごきげんようそしてさようなら~」と彼の脇をすり抜けて店の外に出るのだ。
 リッチーからお釣りとワンピースの入った紙袋を受け取って早く逃げようと考えたわたしだったが、残念ながらその作戦はあっさり打ち砕かれる結果となった。
 何故なら、リッチーがわたしにお釣りを渡しながら、アレクサンダー様ににこやかに話しかけたからだ。

「あら~、アレクちゃん!」

 アレクちゃん⁉
 これほどアレクサンダー様に似つかわしくないあだ名があるだろうか⁉

 ギョッとしていると、アレクサンダー様が嫌そうに顔をしかめて、長い脚を動かしてこちらにつかつかと歩み寄って来た。

 ……なんで近づいてくるの⁉

 というか知り合い? もしかして常連? 嘘でしょう⁉

「その呼び方はやめてくれと前から言っているだろう。……マリア・アラトルソワ、ここに君がいるとは思わなかったよ」

 いやいや、それはわたしのセリフですよ。わたしが言うのもなんですけどね、こんな怪しげな雑貨屋にアレクサンダー様は何用で?
 滅茶苦茶気になるけど、わたしにはアレクサンダー様に理由を訊ねる勇気はない。

 リッチーがわたしの購入したワンピースの入った紙袋を握り締めて、「あらあ~」と華やいだ(ただし野太い)声を発した。どうでもいいが、そのワンピースを早う! それがなければ逃亡できない!
 せめてヴィルマにアレクサンダー様との間のクッションになってもらおうと探すも――いない⁉ あいつどこ行った⁉ と思ったら、店に陳列されている怪しげな薬を眺めていた。

 ……変なものを買うんじゃないわよヴィルマ。この店、本当に怪しいものがたくさん置かれているんだから‼

 ヴィルマのこの行動は、主と相手の会話の邪魔をしないための優秀な侍女の行動ととるべきか、もしくは主の危機を無視して能天気に遊んでいるダメな侍女の行動ととるべきか、わたしにはわからなくなってくる。
 ただ一つ言えることは、今まさにわたしはヴィルマの盾を必要としていると言うことだ。

 ……今すぐに戻ってきてヴィルマ‼

 わたしの心の念が通じたのか、ヴィルマがわたしの方を振り返った。
 持つべきものは長年仕えてくれている侍女よね――って、ちがーう! なに「心得てますよ」という顔で親指立ててるのよ‼ 違うのよ! 違うの‼ わたしは守ってほしいの‼ こういう時ばっかり「気の利く侍女」を演じなくていいの‼

 長年仕えてくれている侍女は全然以心伝心じゃなかった。
 わたしががっくりとうなだれていると、リッチーが「うふふ~」と意味深な感じで笑う。

「あら、もしかしてマリアちゃんのデートのお相手ってアレクちゃんかしら~?」
「「違う!」」

 わたしとアレクサンダー様の声が見事にハモった。
 リッチー、余計なことを言わないで! アレクサンダー様に、またよからぬことを企んでいるとか疑われたらどうするの!

「でもびっくりだわ~! まさかアレクちゃんとマリアちゃんがお友達だったなんて~」
「「違う!」」

 また、わたしとアレクサンダー様の声がハモる。
 リッチーはきょとんとした顔で首を傾げた。

「あら違うの? でも知り合いなんでしょう?」
「叔父上、あなたも貴族なんですからわかるでしょう。公爵家は国に五家しかありません。人数自体が少ないんですから顔くらい知っています。たとえ彼女がどうしようもない人間でも、顔と名前はわかるということです」

 ……叔父上⁉

 アレクサンダー様のその言葉の衝撃が大きすぎて、わたしの耳にはほかの言葉は入ってこなかった。なんか貶されたような気もするがそれどころではない。

 え?
 え⁉
 叔父上って言った⁉
 言ったよね⁉
 嘘でしょこのスキンヘッドのごつくて厳ついおネエなおっさんと、正統派イケメンなアレクサンダー様が、血縁者⁉
 遺伝子! 遺伝子仕事しろ‼ いくらなんでもおかしいだろ! 全然似てないじゃんか‼
 つーかそんな裏設定あったの⁉ もしかして課金しなくちゃ読めなかったイベントとか小話とかにあったのかしら?

 あまりの衝撃で頭がくらくらしてくる。
 ふらりとよろめいてカウンターに手をつくと、わたしを混乱の渦に叩き落した元凶リッチーが「大丈夫~? 貧血かしら~?」と心配そうな顔をした。
 そしてすぐさま、怪しげな薬が置かれている棚から、ピンク色の瓶を持って来た。中には液体が入っている。

「貧血にはこれはおすすめよ~! 一本飲むだけで貧血なんてあっという間に吹っ飛んじゃうくらいに元気になれるわ~! ただちょっと問題があって、しばらくの間興奮状態になるから鼻血が止まらなくなるのよね~」
「いらんわ‼」

 見た目通りの怪しい薬だった。
 なんつーものを公爵令嬢に勧めてるんだこの男(おネエ)は!

「あらそ~ぉ? じゃあ、アレクちゃんに上げちゃう♡」
「いりません。あまりふざけたことをしていると、母上に言いつけますよ」
「げ! 姉さんに告げ口はひどいわアレクちゃん‼ やめてちょうだい‼ このお店、没収されちゃうじゃないの‼」

 リッチーはアレクサンダー様の母方の叔父なのか~。
 前世の記憶に残っている情報によれば、アレクサンダー様のお母様は侯爵家の出だったはず。兄一人弟一人だったと思うから、その弟の方がリッチーなのね。
 侯爵家の方は長男が継いでいるはずだから、リッチーはこうして気楽な雑貨屋の店主をしているのかしら。侯爵の弟が怪しい雑貨屋の、おネエな店主というのもシュールだわね。

「うぅ、ひどいわ~。マリアちゃ~ん、甥っ子がいじめる~」

 リッチーが泣きまねしながらカウンターの外に出ると、わたしにひしっとしがみついてきた。
 分厚い胸筋と太い上腕二頭筋がかなり暑苦しい。

「聞いてマリアちゃん~。あたしね~、二十年くらい前に~、お父様に『お前のような気持ちの悪い息子はいらん』ってお家を勘当されちゃって~、そのときすでにナルツィッセ公爵家に嫁いでいた姉さんが拾ってくれたのよ~。そしてこうしてお店まで出させてくれたんだけど~、その姉さんが怖いのなんのって! ちょっと店の商品仕入れを趣味に走っただけなのに、あんまりふざけていると店を没収するわよって怒るの~! ひどいでしょ~?」

 ……いや、あまりひどいとは思わないわ。勘当のあたりは確かに可哀想だと思うけど、店を没収の当たりの話は普通よ、普通。この店の扱っている商品、本当にヤバいもの。

「くすん、でもいいの♡ だって今はマリアちゃんがいるんですもの♡ もし姉さんにお店を没収されたら、マリアちゃんが出資して新しいお店を作ってくれるんだもんね~♡」

 そんな約束はした覚えがありませんが⁉

「マリアちゃ~ん」と言いながら、わたしの頭に頬ずりしてくるリッチーの髭が地味に痛い。チクチクする。やめてほしい。

「リッチー、アレクサンダー様も、本気で言いつけようとはしていないと思うわ、きっと? そうですよねアレクサンダー様?」

 リッチーの甥っ子なら責任をもってわたしを髭のチクチク地獄から救ってくださいと、じっと見つめると、アレクサンダー様はわたしにちょっと同情的な視線を返してきた。

「……叔父上、わかりました。母上には言いつけませんから、そろそろマリア・アラトルソワ公爵令嬢を解放してやってくれませんか。……正直言って、猛獣が子ウサギにじゃれついているようにしか見えません」
「誰が猛獣よ‼」

 リッチーがぱっとわたしから離れて、キッとアレクサンダー様を睨む。
 しかし慣れているのか、アレクサンダー様はきれいさっぱりリッチーを無視した。

「叔父が大変失礼をした。君の買い物は終わったのだろう? では、さっさと帰りたまえ」

 その申し出はわたしとしてもありがたかったので、素直に受け入れようとリッチーにワンピースの袋をもらおうと手を伸ばす。
 が、リッチーはわたしのワンピースの袋を持ったまま、にっこりと微笑んだ。

「あら、せっかくですもの、マリアちゃんもアレクちゃんの話を聞いて行けばいいじゃない~。アレクちゃんがあたしの店に来るなんてすっごく珍しいもの。きっと、何か大変なことが起こったのよ。自分自身じゃ、どうしようもできないようなことがね」

 アレクサンダー様はものすごく嫌そうな顔になって、じろりとわたしを睨む。

 だからさ、わたし、悪くないよね⁉
 前も思ったけど、なんでわたしを睨むかな⁉


しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ヒロインがいない。 もう一度言おう。ヒロインがいない!! 乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。 ※ざまぁ展開あり

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

嫌われていると思って彼を避けていたら、おもいっきり愛されていました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のアメリナは、幼馴染の侯爵令息、ルドルフが大好き。ルドルフと少しでも一緒にいたくて、日々奮闘中だ。ただ、以前から自分に冷たいルドルフの態度を気にしていた。 そんなある日、友人たちと話しているルドルフを見つけ、近づこうとしたアメリナだったが “俺はあんなうるさい女、大嫌いだ。あの女と婚約させられるくらいなら、一生独身の方がいい!” いつもクールなルドルフが、珍しく声を荒げていた。 うるさい女って、私の事よね。以前から私に冷たかったのは、ずっと嫌われていたからなの? いつもルドルフに付きまとっていたアメリナは、完全に自分が嫌われていると勘違いし、彼を諦める事を決意する。 一方ルドルフは、今までいつも自分の傍にいたアメリナが急に冷たくなったことで、完全に動揺していた。実はルドルフは、誰よりもアメリナを愛していたのだ。アメリナに冷たく当たっていたのも、アメリナのある言葉を信じたため。 お互い思い合っているのにすれ違う2人。 さらなる勘違いから、焦りと不安を募らせていくルドルフは、次第に心が病んでいき… ※すれ違いからのハッピーエンドを目指していたのですが、なぜかヒーローが病んでしまいました汗 こんな感じの作品ですが、どうぞよろしくお願いしますm(__)m

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

私はざまぁされた悪役令嬢。……ってなんだか違う!

杵島 灯
恋愛
王子様から「お前と婚約破棄する!」と言われちゃいました。 彼の隣には幼馴染がちゃっかりおさまっています。 さあ、私どうしよう?  とにかく処刑を避けるためにとっさの行動に出たら、なんか変なことになっちゃった……。 小説家になろう、カクヨムにも投稿中。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

訳ありヒロインは、前世が悪役令嬢だった。王妃教育を終了していた私は皆に認められる存在に。でも復讐はするわよ?

naturalsoft
恋愛
私の前世は公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者だった。しかし、光魔法の使える男爵令嬢に汚名を着せられて、婚約破棄された挙げ句、処刑された。 私は最後の瞬間に一族の秘術を使い過去に戻る事に成功した。 しかし、イレギュラーが起きた。 何故か宿敵である男爵令嬢として過去に戻ってしまっていたのだ。

処理中です...