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第一部 悪役令嬢未満、お兄様と結婚します!

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 目が覚めたら、わたしは学園の寮にいた。

 わたしが目を覚ますまでベッドのそばで待機してくれていたヴィルマによれば、あのあと騎士団が駆けつけて、火事の原因の調査がはじまったという。
 生徒も混乱していたのでオリエンテーションどころではなかったことと、いつまでも生徒が滞在していたら騎士団の仕事の邪魔になることから、昨夜のうちに生徒を学園の寮に帰還させたらしい。

 気絶していたわたしは、お兄様に抱っこされてここまで運ばれたそうだ。
 ここは女子寮だから、基本的に男性であるお兄様は立ち入り禁止なのに、わたしがいくら呼んでもゆすっても起きなかったから仕方がなかったという。

 ……あとでお兄様に謝って……ってああ‼ お兄様に会ったら、昨夜のことで怒られるじゃない!

 怒られるどころか、いろいろ質問されるだろう。そして賢くないわたしは、お兄様の追及をうまく逃れられるとは思えない。
 わたしはぐるぐる考えて、最終奥義を発動することにした。
 その名も「何も覚えていない作戦」だ。
 気絶したのをいいことに、昨日のことは何も覚えていませんと言う体を取るのである。
 そうと決めたわたしは、さっそく「何も覚えていない」演技を開始した。

「ヴィルマ、昨日は何があったのかしら? わたし、昨日のことがよく思い出せなくて……」

 すると、ヴィルマは胡乱気な顔になってじっとわたしを見つめて来る。

「何も? 何も覚えていないんですか?」
「そ、そうみたい……」
「魔物討伐に行った挙句に迷子になってさらに初級魔法を失敗して大恥をかいたことも、覚えていないんですか?」

 ……ヴィルマ、だからわたしは迷子になってないわよ‼ 初級魔法を失敗して大恥をかいたのは事実だけどね‼

 文句が喉元まで出かかったけれど、わたしはぐっと我慢して、頬に手を当てて困った顔をする。

「そ、そんなことがあったの?」
「……本当に覚えていないんですか?」
「え、ええ……」
「突然山火事の現場に行くと我儘をおっしゃって、何もない虚空に向かって上級魔法を放てという無茶なご命令をされたことも、覚えていないんですね?」

 ……その通りだけど結果的に山火事が沈静化したんだからいいでしょう⁉

 という文句も言えないので、わたしはわからない体を取りつつ、口をとがらせる。

「何を言っているの? わたしが山火事の現場に行くなんて言うはずがないじゃないの」

 そう、普段のわたしなら絶対に近づかない。なので、この言い返し方でいいはずだ。
 ヴィルマはしばらくわたしを見つめていたけれど、諦めたように嘆息した。

「わかりました。覚えていないんですね。ジークハルト様より、お嬢様がお目覚めになったら昨日のことを訊きたいから連絡を入れるようにと命じられておりましたが、覚えていないのならば仕方がありません。わたくしが行って説明してきます。お嬢様は、まだ体調が万全ではないかもしれませんので、一日大人しくして置いてください」
「ありがとう、ヴィルマ」

 これでお兄様の追求から逃れることができるだろう。
 あの場にいたアレクサンダー様にも、お兄様が説明してくれると期待しておこう。アレクサンダー様はわたしのことが嫌いだから、わたしに会いに来ることはないだろうし、たぶん大丈夫だ。

 ヴィルマが部屋から出て行くのを見届けてから、わたしはごそごそとベッドの中を探った。

 あのスマートフォン、あるかしら?

 昨夜わたしは、スマートフォンよりも自衛を優先して気絶したので、もしかしたらあの山に落としてきたかもしれないと思ったのだが、ベッドの中を探ると、枕の下にちゃんとあった。
 何故枕の下にあるのかについては考えないでおこう。

「えーっと。これ、わたしが前世で死ぬ前に使ってたものと同じ機種だよね?」

 画面が黒いままなので、電源を長押しして起動させてみる。
 すると、ディスプレイが白く光って電源が入った。

「わー、この世界にスマホがあるよ。なんか脳がバグる」

 いったいこのスマホは何なのだろうか。
 わくわくしながらスマホが立ち上がるのを待っていたわたしは、ホーム画面が開いたところで首を傾げた。

 見慣れたスマホのはずなのに、なんか違う。
 通話などのスマホに標準装備されているはずのアイコンは一切なく、あるのは一つのアイコンだけ。
 そう、ディスプレイの中央に、わたしがよく知る、乙女ゲーム「ブルーメ」のアイコンがあった。

 ……これだけ? いや逆に、これがあるのもおかしいのかしら?

 ここは「ブルーメ」の世界だ。それなのに手元のスマホに、乙女ゲーム「ブルーメ」のアプリのアイコンがある。

 いやいやいや、「ブルーメ」の世界にいるのに「ブルーメ」がプレイできるの? いやそれ、怖くない⁉

 そう思うものの、怖いもの見たさもあって、わたしはつい、アプリを起動させてしまった。
 すると、見慣れたオープニング映像が流れだす。


 世界は一つにして九つ。
 神の世界
 巨人の世界
 人間の世界
 氷の世界
 死者の世界
 炎の世界
 豊穣の世界
 光の妖精の世界
 闇の妖精の世界
 九つの世界は一つの世界でありながら、決して交わることはない。
 それらが交わることあれば、すなわちそれは世界の終焉を招くであろう。


 乙女ゲームのオープニングにしてはやけに壮大なはじまりだが、理由は、それぞれの世界に攻略対象がいるからである。

 初期攻略対象は人間の世界――つまりはわたしのいるこの世界のみだが、アプリがアップデートされてどんどん攻略対象が増えていき、他の八つの世界の住人も加わった。
 わたしが死んだときもまだまだ攻略対象が増やされている途中で、それに伴い、新しいストーリーも次々と解放されていっていた。

 WEBの攻略情報サイトによれば、最終的に世界の終焉をヒロインが救うという壮大なエンディングが作られるのではないかと推測していた人がいたけれど、本当かどうかはわからない。
 ただ、オープニングに「それらが交わることあれば、すなわちそれは世界の終焉を招くであろう」とあるように、可能性はゼロではないと思う。
 何故なら、ヒロインは人間の世界の王女様なのに、攻略対象として他の世界の住人が登場すると言うことは、世界同士が交わっていると考えていいだろうからだ。

 ……うえっ、世界の終焉とかやめてほしい。

 わたしはすでにこの世界に転生して生きている。
 世界の終焉なんて迎えられたら、たとえそれがヒロインの働きで防げたとしても、どれだけの被害が出るかわかったものではない。
 わたしや、わたしの大切な人たちが犠牲になるのは勘弁だ。

「って、あれ?」

 わたしは首をひねった。
 ゲームのオープニングが終わると、確か「マイページ」を作る画面が出るはずだ。
 ヒロインの外見をそこで設定でき、最初の攻略対象を選べたりする画面なのだが、何故かその「マイページ」の設定画面が現れなかった。
 代わりに表れたのは「ステータス」と「仲間」と「指示書」というアイコンである。

「何これ」

 このゲームでこんなアイコンはじめてみた。
 試しに「ステータス」を開けてみる。


 名前 マリア・アラトルソワ
 誕生日 四月一日
 称号 アラトルソワ公爵令嬢
 レベル 一
 魔力 五
 習得魔法レベル 0


 ちょっと待てー‼

 レベル一? 魔力五? 習得魔法レベル0⁉
 いやいや、もう少しくらいレベル高くない? 魔力多くない? 習得魔法0なんてことはないよね⁉

 ……いや、あるか。ファイアーボールで失敗したし。

 わたしはスマホを握り締めたまま、あまりに情けない自分のステータスにかくりとうなだれる。
 わたしも自分がダメな子だとは思っていたけれど、こうして数値で表されると恐ろしいほどの衝撃だ。
 しくしくと心の中で泣いたわたしは、その画面の下のあたりに「ポイント 三」と言う文字を見つけた。

 ……ポイント?

 よくわからないので、その横についていた「?」マークをクリックしてみる。
 するとポイントについての説明が現れた。
 これによると、ポイントは「レベル」と「習得魔法レベル」にそれぞれ振り分けが可能だそうだ。
 どのくらいのポイントを使えばレベルがアップするのかは、レベルの大きさによって変わるらしい。つまり、低いレベルほど上がりやすく、レベルが高くなるにつれ上がりにくくなると言うことだ。大半のゲームがそうなので、理解しやすい。

 ……えーっと、だからわたしは、この三ポイントを「レベル」か「習得魔法レベル」に振り分けられるってことよね?

 さて、どのように振り分けよう。
 わたしは少し考えて、来月の中間試験の存在を思い出した。
 中間試験には魔法の実技試験もある。一年生の時は実技試験はなかったが、二年生以上は中間、期末と必ず魔法の実技試験があるのだ。

 ……ファイアーボールも使えないわたし、絶望的じゃない?

 このままでは、わたしは実技試験で大恥をかく。
 そう思ったわたしは、迷わず三ポイントすべてを「習得魔法レベル」に振り分けた。


 習得魔法レベル 一


 ……おお! 上がった! 上がったよ‼

 0から一だが、大きな進歩だ。そして最初が0だったので、たった三ポイントでもレベルが上がってくれたに違いない。

 ……うん?

 レベルが一になった途端、習得魔法レベルの下に「詳細」のタブが現れた。
 ぽちっと押してみると、次の画面が現れる。


 火
 土
 水
 風


 試しに「火」をぽちっと押してみると、その中に、あった、ありましたよ! 「ファイアーボール」の文字が‼
 つまりわたしは「ファイアーボール」を習得できたと言うことですよね? そうですよね⁉ もう、あのしょぼしょぼファイアーボールじゃなくて、ちゃんとカッコイイやつが放てるんですね‼

 ベッドの上で小躍りしたくなるほどテンションが上がったわたしだったが、ファイアーボールの横に書いてあった「消費魔力」を見てうなだれた。


 消費魔力 五


 今のわたしの魔力全部かーい‼

 要するに、一発撃ったら魔力切れと言うことだ。
 ぐすん、でもいいもん。とりあえず習得できたんだから、今はそれを喜びたい。

 試しに他の「土」「水」「風」の項目を見てみたけれど、そこには何も書かれていなかった。習得魔法レベル一では習得できる魔法がなかったのだろう。
 この「ポイント」はどうやったら手に入るのかは、おいおい考察していくしかないが、ひとまず実技試験で何もできなくて赤っ恥をかく危険は回避できた。

 よくわからないけど、ありがとう、スマートフォン‼



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