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第一部 悪役令嬢未満、お兄様と結婚します!

赤く染まる山 2

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 今年のお嬢様は真面目ですね~(男性の部屋に夜這いに行かなくて)、とヴィルマに揶揄われながら就寝したわたしは、ふと、夜中に目を覚ました。
 よくわからないが、誰かに呼ばれたような気がしたからだ。
 深く寝入っていたはずなのに、覚醒したわたしの頭の中はひどくクリアだ。
 ベッドに上体を起こして何気なく窓の方を向いたわたしは、カーテン越しに、外が赤く光っていることに気が付いた。

「なに?」

 今は夜だ。それは間違いない。時計は深夜を指している。
 それなのに、外が赤いのは何故だろうか。
 ベッドから降りたわたしは、そーっとバルコニーに面している窓に近づいた。
 まるで燃えているように赤いカーテンを開いたわたしは、ひゅっと息を呑む。
 山が、真っ赤に燃えていたからだ。

 ……大変‼

 山火事だ。
 このままでは炎はどんどん燃え広がり、城までやってくるかもしれない。

 ……それに、

 何故、そう思ったのかはわからない。
 だがわたしはその理由を考えるより早く、夜着の上にガウンを羽織ると、何かに急き立てられるように部屋の外へと飛び出していた。

 行かなくてはならない。
 あの、燃え上がっている場所に、いますぐに。

 廊下に出ると、わたし以外にも山の異変に気付いた人が何人もいるようで、不安そうな顔で「火事?」「どうなるの?」「今すぐ学園に帰らせて!」と騒ぎ立てている声が聞こえる。
 不思議なもので、結構な大声で騒いでいるというのに、わたしは自分の部屋にいた時に彼らの声を耳にしなかった。普通は聞こえてきそうなものだが、どうなっているのだろうか。

「マリア!」

 ぱたぱたと城の玄関に向かって廊下を走っていたら、お兄様がわたしを呼ぶ声がした。
 足を止めて振り返ると、お兄様が焦った顔でこちらに駆けてくる。

「マリア、そんな格好で部屋の外に出て何を考えているんだ。というより、どこに行くつもりだ。部屋に戻っていなさい」
「そう言うお兄様こそ、どこに行くつもりですか?」

 お兄様は夜着姿ではなく、学園の制服をきっちりと着こんでいた。
 お兄様はわたしの肩に手を置いて目線をあわせるように上体をかがめる。

「私は火事の現場に様子を見に行ってくる。すでに先生たちが向かったが、あの勢いならば先生だけでは対処が厳しいだろう。アレクサンダーもルーカス殿下に報告したのちに向かうはずだ。なに、心配しなくとも、ルーカス殿下がすぐに騎士団に出動要請をかけると思う。私たちは火事がこれ以上燃え広がらないように足止めに行くだけだよ」

 火事は私たちが何とかするから、マリアは部屋で休んでいなさいとお兄様は言うけれど、どうしてかわたしは、お兄様の指示に従えなかった。

「わたしも行きます!」
「ダメだ。マリアでは足手まといになる」

 緊急事態だからだろう。いつものような揶揄い口調ではなく、お兄様は真面目な顔できっぱりと言う。

 ……でも!

 わかっている、初級魔法もまともに使えないわたしでは足手まといなことは。
 だが、行かなくてはならないのだ。
 燃えている山が――あの場所が、わたしを呼んでいる。そんな気がする。

「いいね、いい子で待っていなさい」

 山火事の勢いが激しいからだろう、お兄様はわたしの相手をしている時間も惜しいようで、もう一度念を押すと廊下を駆けて行った。
 廊下に立ち尽くしていると、しばらくしてアレクサンダー様も走って来る。
 アレクサンダー様はわたしを見つけて足を止めると、眉を寄せた。

「マリア・アラトルソワ、君はここで何をしている。今は緊急事態だ。妙な騒ぎは起こさないでくれ。部屋に戻り、おとなしくしておくように!」

 これまでのわたしの行いから、わたしがよからぬことでも企んでいると思ったのだろうか。
 厳しい顔で言うと、アレクサンダー様は再び走り出した。

 ……わたしが行っても、足手まとい、だけど。

 部屋に戻れと言われても、戻れない。
 やっぱり、わたしは行かなくてはならないのだ。
 理由はわからない。わからないけれど、

「お嬢様!」

 背後からヴィルマの声がする。
 わたしが部屋にいないことに気が付いて探しに来てくれたのだろう。

「ヴィルマ、わたし……行かなきゃ」

 つぶやき、一歩を踏み出そうとしたわたしの手を、ヴィルマが掴んだ。

「お嬢様」
「お願い、行かせて。行かないといけないの」

 この時、わたしは気が付いていなかった。
 ヴィルマを振り返ったわたしの赤紫色の瞳が、淡く光っていたことに。
 ヴィルマがひゅっと息を呑んで、それからきつく眉を寄せる。

「……お嬢様がどうしてあの場に行きたいのかはわかりません。わかりませんが、せめて着替えましょう。そんなひらひらした夜着姿では、炎が燃え移って大変なことになりますよ」

 ヴィルマが諦めたような顔で笑う。
 わたしはガウンを上に羽織っただけの自分の格好を見下ろして苦笑した。

「それもそうだわ。……ありがとう、ヴィルマ」

 てっきり止めると思っていたけれど、ヴィルマはわたしのことをよく理解しているから、今のわたしは何を言っても止まらないとわかったのかもしれない。

「その代わり、わたくしも行きますよ。わたくしはお嬢様の侍女で護衛ですからね」

 ヴィルマ、あんたは主を主と思っていない口の悪い侍女だけど、すっごく頼りになる最高の侍女よ‼
 わたしは笑顔で頷くと、着替えるために急いで部屋に戻ったのだった。


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