破滅回避の契約結婚だったはずなのに、お義兄様が笑顔で退路を塞いでくる!~意地悪お義兄様はときどき激甘~

狭山ひびき@バカふり160万部突破

文字の大きさ
上 下
12 / 82
第一部 悪役令嬢未満、お兄様と結婚します!

二日目 メインイベント魔物討伐 2

しおりを挟む
 どの班がどのあたりに魔物討伐に行くのかは、教師が決める。
 わたしたちはここから三十分ほど歩いた場所にある、湖とは反対側の山の中腹のあたりだった。

 湖畔地帯は王家直轄地でもあるので、定期的に騎士団が魔物討伐に赴いているため、強い魔物はほとんど生息していない。
 けれども、万が一のことを考えて、定められた場所以外には立ち入ることは禁止されていた。
 救命信号が上がった際に教師がすぐに駆け付けられるようにである。

 生徒にはそれぞれこのあたりの地図が配られて、班の討伐場所と、それから教師が立っている場所が記されていた。
 魔物討伐のルールは簡単で、グループで何でもいいから一匹の魔物を討伐し、魔物の体内にある魔石を持ち帰ってくるというものだ。

 これはオリエンテーションで試験ではないので、魔物の難易度は問わない。
 魔石さえ持ち帰れば後は自由時間なので、好きに遊んですごしていいと言われている。
 順調にいけば、往復一時間プラスアルファ十数分で終わるだろう。何といっても、うちの班にはお兄様とアレクサンダー様という、とっても強い魔法の使い手がいるのだから。

 お兄様は昨日宣言した通り、わたしのお守に徹するようで、わたしにべったりとくっついている。だがちょっとくっつきすぎだ。わたしの腰に腕を回す必要があるだろうか。

 ……うぅ、新入生二人の視線が痛いですよ。

 お兄様は大変人気者である。
 お兄様がわたしと結婚することを暴露したせいで、新入生二人は昨日からわたしを親の敵か何かのように睨んでいて、ちょっと怖い。

 ……わかるよ。わかるわかる。推しにはいつまでも独り身でいてほしいよね。その気持ちは痛いほどよくわかるけど、そんなに睨まれたらわたしの胃に穴が開きそうだから手加減してほしいなあ。

 どうやら、わたしが知らなかっただけで、わたしとお兄様が実の兄妹でないのは社交界では知られたことだったようだ。
 おかげでわたしとお兄様の結婚話は違和感なく受け入れられているようだが、そのせいで完全に敵視されている。
 アレクサンダー様はわたしがこんなに女の子二人に睨まれているというのに興味がないようで、配られた地図に目を落としていた。

「よし、さっさと行ってさっさと終わらせるぞ」

 アレクサンダー様はわたしが嫌いなので、早く班行動から解放されたいに違いない。討伐が終わった後の自由時間は、班で行動を共にしなくてもいいのだ。

「さあマリア、おにいちゃまと手を繋いでいこうねえ」

 こちらはこちらで、わたしを完全に幼児扱いしている。
 お兄様の意地悪は今にはじまったことではないが、新入生の前なのだ、少しくらいは先輩としての威厳があるところを見せたいのに、あんまりだ。

「お兄様、わたしは一人で歩けます」
「おや、そうかい?」
「そうです!」

 お兄様は残念そうな顔になると、わたしの手を放してくれた。けれども側からは離れない。
 討伐地までは歩いていくことになるが、討伐地に到着する前に魔物が出現する可能性も充分にある。
 その場合、途中で遭遇した魔物を討伐してその魔石をもって討伐の証としてもいいのだが、その場合でも教師が定めた討伐地には向かわなくてはならない。討伐地に到着した証として、生えているどれか適当な木にリボンを結び付けて帰らなければならないのだ。指示に従わず、適当に近い場所で魔物討伐を終えて指定された場所に向かわないというずるを防ぐ措置らしい。

「お前は本当に魔法が苦手だからね、一人でふらふらと歩き回ってはいけないよ。まあお前の場合、得意なものを見つける方が難しい気もするがね。ああでも、昨日のカレーは美味しかったよ」

 お兄様、それは褒めているのかしら、それとも貶しているのかしら?
 あまり褒められている気はしないが、カレーが美味しかったと言われると悪い気はしないわたしは、たぶんものすごく単純にできている。
 新入生二人は、お兄様が相手をしてくれないとわかったからだろうか、アレクサンダー様にまとわりついていた。

「アレクサンダー様、わたくしたちを守ってください~」と甘える新入生たちに、アレクサンダ―様は困った顔で微笑んでいる。

 ……わかっていたことだけど、わたしと比べてずいぶん態度が違うじゃぁないの!

 もしわたしが同じことを言ったならば、アレクサンダー様は絶対零度もかくやというまなざしでわたしを睨みつけるに違いない。
 これまでのわたしの行いが招いた結果とはいえ、わたしの乙女心は傷つきますよ。お兄様が同じ班だと知った時は「なんでだー!」と叫びたくなったけれど、お兄様がいてよかった。お兄様がいなかったら、わたしはぼっち確定だったよ。

「お兄様、わたしは魔法が得意ではないですが、お役に立てるように頑張ります」
「うんうん、全然期待していないけど、頼りにしているよ」

 ……くそう! そこは「がんばりなさい」って励ましてくれるところでしょう⁉ 期待してないけど頼りにしてるって、全然頼りになんてしてませんよね⁉

 どうしてわたしは、これまで真面目に勉強してこなかったんだろう。
 前世では家が貧乏で塾にも行けないどころか参考書すら買ってもらえなかったけど、今のわたしは公爵令嬢だ。望めば最高の学習が受けられる立場だったにもかからず、わたしは十七年間なにをしてきたのだろうか。
 もちろんわかっている。美を追求することに全力投球していたのだ。その探求心が少し勉強の方に向いていたら違ったのかもしれないのに、マリア、あんたは本当に残念な子だわ……。

 前世の記憶を取り戻しても、わたしがマリアだったことには変わりない。
 マリアの記憶も思考もすべてわたしの中にある。前世の記憶を取り戻したところで、マリアはわたしだ。そしてわたしはマリアだ。ただ、これまでの残念思考が、前世のわたしの思考と溶け合ったことで多少なりともまともになっただけである。

 ……だから本質的なところの「勉強嫌い」は変わっていないにはいないんだけど、さすがにこのままはまずい。今年からはちゃんとお勉強して、下の下の成績がせめて中の下くらいになるまでは頑張りたい。

 そこで、成績トップを目指すぞーと無謀な目標を掲げないのがわたしである。わたしは自分自身のスペックをよくよく理解しているからだ。自己分析によると、中の下がわたしの限界値だろう。
 アレクサンダー様が先導して、そのあとに新入生二人が続く。
 わたしとお兄様はそのあとを仲良く並んでついて行った。

 ……片道、徒歩で三十分。以前のわたしなら「このわたくしに歩けというの? いますぐ馬車を用意しなさい!」とか言っていそうね。もちろん前世の記憶を取り戻してレベルアップ(?)したわたしは、そんな顰蹙を買うようなことは言いませんけどね!

 ちょっと外へ行くにも馬車を使うお嬢様だったわたしは、体力がない。
 三十分歩くのも結構しんどいと思うのだが、頑張りますよ!
 そして、今日が終わった後は、ちゃんと体力づくりもするのだ。今のままでは貧弱すぎる。

「マリア、しんどくなったらお兄様に言うんだよ。『おにいちゃま、マリアを優しく抱っこして運んでくださいニャー』と言ったら運んであげるからね」

 誰が言うか‼

 本当、お兄様はわたしで遊びすぎる。
 契約結婚とは言え、今年の夏に妻になろうというわたしに対して、もっと優しくしようとは思わないのだろうか。

「お兄様、わたしだって歩くくらいできます! それに今日のわたしは一味違うのです! ほら! 見て下さい。疲れた時にいつでも水分補給ができるようにこうしてお水を持って来ているんですよ!」
「妙に重そうなリュックを背負っていると思ったらそんなものを持って来たのか。お前は本当にバカだね。非力なお前がそんなものを背負って歩いていたら、あっという間に体力の限界に達してへたり込むだろう。かしなさい」

 何故だ。褒められるはずが叱られたよ!
 お兄様がわたしからリュックを奪うと、肩に引っ掛けるようにして担ぐ。

「いったいどれだけの水を入れたんだ。やけに重たいじゃないか」
「五人分ですわお兄様!」
「……マリア、お前の優しさを踏みにじるようで、さすがの私も少々言いにくいが、何故五人分の水が必要なんだい? コップさえあれば、水くらい魔法で生み出せばいいじゃないか」

 ガーン‼
 そうだった。ここには魔法が得意なお兄様とアレクサンダー様がいたんだった!

 ……魔法が苦手なわたし基準で考えてたよ‼

「うぅ……、お兄様、かしてくださいませ。お水、捨てますから」
「せっかくお前が気を使って持って来たんだ。お兄様は力持ちだからこのくらいなんともない。捨てる必要はないよ」

 でも、魔法で水が生み出せるなら、わたしが持って来た水の出番はないはずだ。無駄に荷物を増やしただけである。わたし、残念すぎる!
 お兄様がぽんぽんと慰めるようにわたしの頭を撫でた。

「よしよし、お前はどうしようもない子だけど、優しい子だね」

 わたしのことを優しいなんて言うのは、お兄様とお父様とお母様くらいだろう。
 少なくとも学園の生徒の中でわたしを優しいなんていう人は誰もいないと思う。
 そのくらい、わたしは好き勝手に、他人の迷惑になることばかりしてきたから。

「……あのね、お兄様。実はお水の中に少しだけレモンと蜂蜜を落としてきましたの。疲労回復にいいんですよ」

 スポーツドリンクのようなものを作ろうかと思ったが、この世界の人は飲み慣れていないので嫌な顔をされるかもしれないと思って、レモンと蜂蜜で薄く味をつけただけにしておいた。

「おや、そうなのか。じゃあ、魔法で生み出す水よりも優秀じゃないか。なおさら捨てる必要はないねえ」

 お兄様は意地悪だけど、優しい。
 わたしは「えへへ」と笑うと、自分からお兄様と手を繋ぐ。

 そう言えば、お兄様にこんな風に甘えるのは、ずいぶんと久しぶりだなと思った。


しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

拉致られて家事をしてたら、カタギじゃなくなってた?!

satomi
恋愛
肩がぶつかって詰め寄られた杏。謝ったのに、逆ギレをされ殴りかかられたので、正当防衛だよね?と自己確認をし、逆に抑え込んだら、何故か黒塗り高級車で連れて行かれた。……先は西谷組。それからは組員たちからは姐さんと呼ばれるようになった。西谷組のトップは二代目・光輝。杏は西谷組で今後光輝のSP等をすることになった。 が杏は家事が得意だった。組員にも大好評。光輝もいつしか心をよせるように……

せっかく家の借金を返したのに、妹に婚約者を奪われて追放されました。でも、気にしなくていいみたいです。私には頼れる公爵様がいらっしゃいますから

甘海そら
恋愛
ヤルス伯爵家の長女、セリアには商才があった。 であれば、ヤルス家の借金を見事に返済し、いよいよ婚礼を間近にする。 だが、 「セリア。君には悪いと思っているが、私は運命の人を見つけたのだよ」  婚約者であるはずのクワイフからそう告げられる。  そのクワイフの隣には、妹であるヨカが目を細めて笑っていた。    気がつけば、セリアは全てを失っていた。  今までの功績は何故か妹のものになり、婚約者もまた妹のものとなった。  さらには、あらぬ悪名を着せられ、屋敷から追放される憂き目にも会う。  失意のどん底に陥ることになる。  ただ、そんな時だった。  セリアの目の前に、かつての親友が現れた。    大国シュリナの雄。  ユーガルド公爵家が当主、ケネス・トルゴー。  彼が仏頂面で手を差し伸べてくれば、彼女の運命は大きく変化していく。

魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完

瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。 夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。 *五話でさくっと読めます。

ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ヒロインがいない。 もう一度言おう。ヒロインがいない!! 乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。 ※ざまぁ展開あり

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

悪役令嬢に転生したので何もしません

下菊みこと
恋愛
微ざまぁ有りです。微々たるものですが。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...